いい加減にしろ2(ニック視点)

「何を見たらって、そうにしか見えないだろっ」


 こいつこんな馬鹿な奴だったっけ?

 あれ、ポールってヴィオさんが居なくなったから落ち込んでたんだよな。

 ヴィオさんが居なくなって一ヶ月程過ぎて、それからのポールの様子を思い出していく。

 最初の数日は今にも泣きそうな顔で毎日過ごしていた。

 リナも一緒になって迷宮に行くようになって、ドニーに絡まれて守りの魔物を一人で狩る方法をヴィオさんがドニ―に教えてたって話を聞かされて、ええと、その頃は落ち込んでるだけに見えた。

 それが苛々し始めて、俺達とろくに話さなくなって、それに伴って朝なかなか起きて来なくなって……。

 あれ、ポールが明らかに落ち込んでいた様子から苛々に変わったのって、俺が朝の鍛錬初めてすぐ位からなのか?


「あんた、落ち込んでるのかと思って心配していれば、馬鹿じゃないの」


 リナが怒ってる。

 怒ってるから仕方ないんだろうけど、リナ、無茶苦茶怖いよ。

 いつも笑ってて明るくて優しいのがリナだ。

 怒る時も明るくて怖くない、リナって基本の性格が穏やかなんだなって俺はずっと思ってた。

 リナが怒る相手は殆どヴィオさんで「もお、ヴィオさんそういうとこですよ!」とかなんとか。怒ってるっていう感じで怒ってない、そんな感じの怒り方。

 こんな風に腕を組み相手を睨みつけて、心底怒ってるのを見るのってたℬん初めてだ。


「あんた今までどれだけ態度が悪かったか自覚してる? ヴィオさんが居なくなって悲しいのは皆同じなの。あんただけが悲しいんじゃないわ。自分だけ悲しくて辛くてなんて悲劇の主人公ぶるの止めてくれない? あんたに当たられるのはっきりって迷惑だし、鬱陶しいんだけど」

「俺がいつ悲劇の主人公ぶったんだよっ」

「してるでしょ! 毎朝毎朝泣き過ぎたような真っ赤な目して瞼腫らして、お酒飲む量も増えてるし、その分まともに食べてないし、剣は荒いし攻略も雑だし、皆にも八つ当たりしてるし言葉使い荒いし。ちゃんと寝てないでしょ。馬鹿じゃないの」


 え、泣き過ぎた様な目? 飲む量増えてた? え、食べてないっていつの話?

 リナが無茶苦茶早口で今までのポールの様子を延々と話し出すのを、俺はギョッとしながら聞いていた。


「な、なんで飲んでるって」

「何でも何も、ポール朝お酒臭いし、あんたがどこでお酒買ってるのか知ってるもの。酒屋のおじさんも心配してたわよ。それにあんたの部屋誰が掃除してると思ってんの。酒の壺ごろごろ部屋に転がしてたら嫌でも気が付くわよ」


 ああ、ポール部屋で飲んでたのか。

 最近ポールが夕食後すぐに自分の部屋にこもってたのは、そういう事なのか。


「そ、それは。あの、いいだろそんなの俺が俺の金で何をしようがリナに関係ないだろ」

「関係無いわよ。あんたが借金して仲間に迷惑掛けない限り文句を言うつもりは無かったわ。皆大人だしね。でも、一応言っておくとエール程度ならアルコール度数は低いと思うからそんなに神経質になる程じゃないと思うけどね。飲んだらその分体に負担になるの。二日酔いなんて状態回復異常の回復薬飲めば回復するけれど、それでも体には負担になってるんだから、長く冒険者続けたいなら深酒は止めた方がいいわ。ヴィオさんなんて殆ど飲んで無かったでしょ」


 アルコールってなんだろ。

 リナが言いたい事の半分も理解出来てない気がするけど、確かにヴィオさんはお酒飲むって殆ど無かった。

 あの見た目で酒が苦手なのかなって俺は密かに思ってて、それってなんかヴィオさんの弱点なのかなってちょっと微笑ましく思ってたとこもあるんだけど、もしかして意識して飲まない様にしてたのかな。


「ヴィオさんは酒が弱かっただけだろ」

「はあ、馬鹿ねえ。ヴィオさんは飲んだ次の日動きが鈍くなるのが嫌で飲んで無かったのよ。あの人は迷宮攻略に悪影響出そうな事極端に避けてたからね。言っておくけどあの人ザルどころか枠よ。底なしよ。前世蛇か何かなんじゃないのって感じに本当は飲めるんだからね。ドワーフと飲み比べして勝つ位強いわよ」


 リナの言葉に、俺は今日最大に驚いて目を見開いた。

 ドワーフと飲み比べして勝つ? そんなの人族が可能なのか?

 ドワーフっていうのは、この世の酒を飲み干すって言われてるくらい酒飲みの種族だぞ。それに勝つなんてヴィオさんどれだけ飲むんだよ。


「そんな筈ないよ。俺飲んでるとこなんて殆ど見たことない」

「あっそ、悪いけど私は何度か見てるわよ。ヴィオさん笑顔のまま大量のお酒を水みたいに飲むんだから。それでそのまま魔物も狩るの、見てて怖すぎるのよ。あの人」


 怖すぎると言いながら、リナがヴィオさんを語る時の目は優しいと思う。

 俺達皆ヴィオさんを好きだし頼りにしてるけれど、リナが思ってる気持ちは多分俺達とは違うんだと思う。

 リナはヴィオさんを怒っていても本気じゃないし、怒ってても優しいし甘えてる。

 それって俺には幻の母親を見てる気持ちで、夫婦ってこんな感じなのかな、父親と母親ってこんな感じなのかなって二人を見て思っていたんだ。


「ヴィオさんてお酒苦手なのかと思ってたけどさ、違うのか」

「違うわよ。あの人は飲めないんじゃなく飲まないの。あの人の基準は迷宮攻略の妨げになるかならないかなのよ。動きが鈍くなるお酒なんて、避ける物以外の何になるのよ。本当ヴィオさんって迷宮に呪われてるんじゃないかって感じよね。攻略命でその為に何でもする感じ、異常すぎるわよね」


 そう言ってるリナの顔はやっぱり優しい。

 リナってヴィオさんが大好きなんだって分かる。

 それが男女のそれなのか、仲間としてなのか誰かを好きになった経験が無い俺には判断付かないけれど、リナはヴィオさんを大切に思っていると分かるんだ。


「あんなストイックに日常の行動すべて節制して生きろとは言わないわよ。でもね、あんな飲み方は体を壊すから駄目。短期間ならいいけど、ずっとは駄目。それは仲間として言わせて貰うわ。皆でずっと活動していきたいから言わせて貰う。あんたはもう少し自分を大切にするべきだし、仲間を大切だと思っているなら、もう少し考えて行動するべきよ」

「リナ」

「……そんなの、俺の勝手だろ」


 リナがどれだけポールを思って言っているのか、俺にはそれが分かって何も言えずにいるのに、ポールはそのリナの気持ちを否定して、拒絶していたんだ。


「勝手、そうなの。そう思うの?」

「勝手だろ、リナは俺なんかどうでもいいし、皆のことだってそう思ってんじゃないのか。ドニーと仲良くしてさ、あいつのとこに行くつもりなんじゃないのか」

「何言ってんの、何を見てそんなこと」

「だってドニーが何を言っても何をしても、リナはドニーを否定したりしないじゃないか、ニックと毎朝二人で出かけて、リナはいつでも元気で平気そうで、なんでなのか俺には分からない」


 えええ、ポールってリナがドニーと仲が良いの知ってたのか?

 え、俺と二人で毎朝出かけてるのも知ってた? それって鍛錬してるのを知ってたってことで良いんだよな。それともそれで恋人って誤解してるのか?

 ポール、何をどう思ってるのか、俺には理解出来ないよ。


「あーーーっ。ポールが馬鹿過ぎて辛いわ」


 戸惑う俺を余所に、リナは声を張り上げたんだ。

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