ラウリーレンへの裁き7
「お願い、ユーナ。ラウリーレンに魔力を頂戴。お願いよ」
ラウリーレンはユーナの足元に近づこうと動くけれど、あまりの異様さに怯えたユーナが後退る。
「どうして魔力くれないの、生命力くれないの。ラウリーレンは死にたくない。もうすぐ寿命が来ちゃうのに、またギルと離れなきゃいけないのにっ」
寿命? ラウリーレンは自分の寿命がどれくらい残っているか知っているのか?
だからこそ焦って、俺達を騙そうとしたのか。
「ラウリーレン」
ギルがラウリーレンの名前を呼んだ。
その声にラウリーレンが四つん這いのまま振り返る。
ギルの声。
だけど、それは無意識だったのかもしれない。
ギルの目はラウリーレンを見ていない、精霊王の周囲に咲き始めた黒い薔薇を見ている。
「黒い薔薇」
ギルの視線の先にあるものに気がついて、ラウリーレンの顔付きが変わった。
全てを悟った様な、全てを諦めたような顔で薔薇を見た後で、ラウリーレンは俺達を見て、精霊王を見て、ギルを見た。
精霊王はさっきラウリーレンは黒い薔薇から生まれたと言っていた。
精霊のすべてが花から生まれるのかどうかすら俺は知らなかったけれど、精霊王はラウリーレンが生まれた植物の名をさっき上げていた。
「羽を失ったラウリーレンは命が今尽きればもう生まれ変われない。何もしなければ次の生まれ変わりで最上位になれただろう。ギルはずっとお前の契約者であり続けた。次の生まれ変わりまできっとギルは待っていただろう。そうしたらお前はもうギルを残し寿命が尽きる不安から解放されたというのに」
精霊王は宙に浮かぶラウリーレンの羽を見つめながら言うのは、誰に向けてなのか。
黒い薔薇の花、それがなぜ精霊王の周辺に咲き始めたのか分からないが、今すぐにでもラウリーレンの命は尽きようとしているのか。
「ラウリーレン、私はあなたに魔力は渡さない」
そう言いながらユーナはマジックバッグから回復薬を取り出し、ラウリーレンの前にしゃがみ込むとあらぬ方向に曲がった手首に回復薬を振りかけた。
「なにするの。同情なんていらない」
「同情しているわけじゃないわ。そんなつもりはないけれど目の前に怪我をしている人がいて、治療出来る方法があればそうするでしょ」
上級の回復薬は精霊の怪我にも効くらしい。
回復薬に含まれた魔力が光り、ラウリーレンの手首が元に戻る。
「魔力は渡さない。私の契約した精霊はポポちゃんだもの。絶対に渡さないわ」
言いながらユーナはラウリーレンの体を持ち上げて、ギルの前へと歩いて行く。
「ギル、ラウリーレンはあなたが契約した精霊よ。魔力をあげて」
「ユーナ、私はもう」
「精霊王、ラウリーレンの羽はどうするつもりですか」
ラウリーレンを拒絶するギルを見つめたまま、ユーナは精霊王に尋ねる。
「そうですね、ユーナにあげましょうか」
「私に? そうしたら何をしてもいいですか」
「ええ。ユーナに任せますよ。ユーナがいらないのであればこれは燃やしますけれど、どうしますか」
ユーナはどうするつもりだろう。
精霊王は羽を燃やすつもりなのか、それはつまり精霊王はラウリーレンがもう生まれ変われないのを望むってことだ。
「ギル、ラウリーレンを」
無理矢理ラウリーレンをギルに押し付けて、ユーナは精霊王の前に立つ。
「羽を頂きます。私が何をしても精霊王は許可して下さるんですよね」
「ええ。ユーナに渡すのですから何をしてもいいですよ」
「分かりました。羽を頂きます」
精霊王から羽を受け取り、ユーナはギルとラウリーレンの前に立つ。
ユーナ、何をするつもりなんだ。
「ラウリーレン、私はあなたがポポちゃんにしたことを許せない。私とヴィオさんを騙そうとしたことよりも、生まれたばかりのポポちゃんにあんな酷いことをしたことをどうしても許せないわ」
ギルの手の上でラウリーレンはぼんやりと座り込んでいる。
もう涙は止まっているし、どこを見ているのか分からない目をしているが、なんだか体が透けてきてないか?
「でも、これは返すわ。ラウリーレン」
「ユーナ、ですが」
「精霊王、ラウリーレンは命が尽きたらすぐにまた生まれてくるんでしょうか」
「いいえ、ラウリーレンは罪を犯して格を自ら下げました。生まれ変わるとしたらラウリーレンの魂はその罪を償う為に通常の生まれ変わりより長い長い時が必要になるでしょう。百年、二百年、その位の時間は掛かるかもしれません」
そんな長い時間が掛かるのか。
エルフは長命だが、ラウリーレンが生まれ変わったとして、その頃ギルはまだ生きているんだろうか。
「長い時間が掛かるんですね」
「ええ。ラウリーレンの意識はこの世のどこかを漂い続け、さ迷い続けます。その間契約者の近くには寄れずただ意識があるだけです。生まれ変わりが近くなると精霊の多くはこの国に戻り、好みの花に魂を寄せ生まれ変わりの準備をするのです。そこで長い時間を過ごす間に新しい体が出来上がります」
「ずっと意識はあるのか」
「ラウリーレン位の格があれば生まれ変わりまでずっと意識を持ったままですよ」
意識があるままずっと漂い続けるのか、そうして誰とも話せず勿論ギルにも近付けず生まれ変われる時を待ち続けるのか。
「もしも羽が無ければ?」
「命が尽きたらそこで体も意識も無くなります。精霊の本当の死です」
「ありがとうございます、理解しました。ギル、羽をラウリーレンに戻してあげて」
「でも、ユーナ」
「これだけギルに執着しているラウリーレンが最短でも百年ギルから離れなくちゃいけなくて、ラウリーレンが生まれ変わった時ギルがまたラウリーレンと契約するとは限らないんでしょう? だったらそれは十分ラウリーレンの罰になると思うの」
ギルに羽を突き付けながら、ユーナは意外と酷い事を言う。
「ユーナ、羽を返すなんてあなたラウリーレンを許すのと同じよそれ、あんた馬鹿じゃないの? ラウリーレンに何されたか本当は分かってないんじゃないの!」
羽を戻されるというのに、ラウリーレンは何故かユーナに噛みついている。
「私、結構いい性格しているのよ。百年後なんて私はもう生きていないわ。だからラウリーレンが生まれ変わった時に今の事を反省していてもしていなくても分からないから、いいのよ。だって生まれ変われるまでラウリーレンはギルに会えないんでしょう? だったらそれ以上の罰なんかないじゃない。ラウリーレン、私はあなたを許さないしずっと覚えているわ」
それが本当に罰になるのか? 生まれ変われない方が罰になるんじゃないかと思うんだが。
「お礼なんか言わないわよ」
「言われたくないもの。ギル、早く羽を戻してあげて」
「……ですが、ユーナ」
「だってラウリーレンの体が透けてきているわ。精霊王、ラウリーレンはもう……」
さっきよりもラウリーレンの体は透けている。
「ギル、羽を」
「……ありがとうございます。ユーナ」
ギルはそっとラウリーレンの背中に羽を戻した。
どういう理屈で羽が戻るのか分からないが、羽は確かにラウリーレンの背中に戻りふわりとラウリーレンの体は宙に浮かびあがったんだ。
「ラウリーレンの羽、羽が、羽が」
「ラウリーレン」
「ラウリーレンは謝らない。だけど、受けた恩は返すわ。もう最後だもの」
光に包まれて、向こうが透ける程になってしまったラウリーレンはユーナと俺の周囲をくるくると飛び始めた。
「なにを」
「これは守り、精霊の守りよ。馬鹿なユーナ、お人よしの馬鹿なユーナ、ヴィオも馬鹿でお人よし、あんた達二人は似てるわ。だからラウリーレンみたいなのを引き寄せる。そのための守り、ふふふ、呪いかしら」
光の糸が俺達をぐるりと回り、体の中に入ってくる。
「さよなら。次は間違えない。次があるなら、ギル……あい……」
ラウリーレンは黒い薔薇に吸い込まれる様に消えていった。
「ラウリーレン……私の」
ギルの声も一緒に消えて行ったんだ。
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