ラウリーレンの置き土産

「消えてしまった?」

「いいえ、生まれ変わりない場合は消えるだけ、ラウリーレンの場合はそうではないから命が溶けて元の花に戻って行った。今ラウリーレンの命、魂は薔薇と共にある。生まれ変わりが出来る精霊の寿命が尽きる時、その精霊の元である植物がその精霊の前に現れるのはその為」


 ユーナの呟きに精霊王が答える。

 黒い薔薇は精霊王が出したんじゃなく、ラウリーレンの寿命が尽きかけていたから現れたってことか。

 俺には光になって消えた様に見えたんだが、つまり精霊王の足元に咲いている黒い薔薇にラウリーレンが戻れたんだな。

 あれ、でも黒い薔薇はラウリーレンに羽が戻る前に現れたよな。生まれ変わりが出来る精霊の寿命が尽きる時というなら、羽が戻ってからじゃなきゃ黒い薔薇は出てこないんじゃないのか? 何か理由があるんだろうか。


「花が散る」


 ふわりと風が吹き、薔薇の黒い花びらが舞い始める。

 宙に向かって舞い始めた花びらは、不思議と地面に落ちることは無く風に乗って高く高く空へと上って行く、精霊の国の上空を覆い尽くしそうな程の大量の花びらが上っていく。


「ラウリーレン、君は愚かなで我儘だった。深く深く契約者を想い続けた。ラウリーレン自身が犯した罪を償い、想いを浄化し生まれ変われ。風に乗り世界のすべてにその身を送り、再びその魂をこの地に戻せ。その身をその声を愛し生きた記憶、想い、全てを糧に強き優しき精霊となれ」


 精霊王の祈りは、やがて精霊の国中から聞こえ始めた。

 その祈りの声は、繰り返し繰り返し精霊の国中からラウリーレンへ向けて贈られていた。

 やがて花びらが精霊の国の空に名残を惜しむ様に留まり、そして遥か彼方へと漂い去っていった。

 精霊王の足元に咲いていた薔薇の花びらすべてが舞い上がると、薔薇の茎や葉はさっきのラウリーレンの様に透け始めやがて消えてしまった。


「花びらが遠くなっていく」

「花びらと共に空へとラウリーレンの魂が上りやがて花びらは空に溶けていく、そうしてこの世の魔素と混ざり合う。それでもあの子の意識はそのままで、次の生まれ変わりまでこの世を漂い続ける」


 ラウリーレンは羽を取り戻し、生まれ変わりが出来ると決まった。

 けれど今世の罪により、ラウリーレンの魂は罪を償うまで時間が掛かり、すぐには生まれ変われない。

 早くて百年、もしかするともっともっと先にならないと生まれ変われない。

 それは人族の俺には想像も出来ない長さだ。

 俺達が死んだ後、それよりももっともっと後にならないとラウリーレンは生まれ変われないんだから。


「ユーナ、ヴィオ」

「はい」

「私の精霊が迷惑を掛けた事、申し訳ありませんでした」

「ギルが謝る話じゃないだろ」

「でも、あの子は結局謝ることすらしませんでしたから」

「礼は言わないと言っていたが、そもそも謝ってもいなかったな」


 それについてはもう笑うしかない。

 羽を取り戻したラウリーレンは、寿命が尽きる瞬間「次は間違えない」とは言ったが結局自分が悪かったとも、俺達に申し訳なかったとも言いはしなかったんだ。

 だけど、あれが素直に謝罪して礼まで言うなんて想像出来ないし、それがラウリーレンなんだと納得してしまう。


「ラウリーレンらしくていいんじゃありませんか。ねえ、ヴィオさん」

「そうだな」

「それにしても、最後ラウリーレンが言っていた精霊の守りって」


 ラウリーレンのあれはお詫びなのか、なんなのか。

 精霊の守りだと言って、ラウリーレンが俺達の周囲を飛び金色の糸が俺達をぐるりと回った後体の中へと入って行った。

 悪いものだとは思いたくないが、なんだったのか分からない。


「精霊の守りというのは、そうですね簡単に言えば契約精霊との絆を強化するものと言えばいいだろうか」

「精霊との絆」

「ユーナの魔力が精霊にとって惹かれやすいものであるのは確か、つまりこれから先精霊がユーナを見つけ狙う事もあり得ない話ではない。私はすべての精霊が何をしているか分かっていても余程の事でなければそれを咎めたりはしない。精霊は自由な存在、魔力を貰うのは精霊にとっての日常だから、分かっていても見逃すだけだ」


 確かに魔力を誰かから貰おうとするのは、人が木の実を採って食べる様な物なのかもしれないが、食べられる側になる方にとっては迷惑な話だ。

 それにしても、この世の精霊は皆ラウリーレンみたいな奴なんだろうか、だとしたらこれから俺達は苦労するかもしれない。

 だが、ラウリーレンにはユーナの魔力を大量に奪いたい理由があったよな。


「ラウリーレンはギルと契約しているからまだ理性があった方です。格が上のものでも契約者が見つからず野良精霊となっている者も多い。そういう物は通常は魔素を体内に吸収して生きてるが、他者の魔力を奪う事にも貪欲。契約の縛りがないので遠慮も無い。一応精霊と契約している者を害さないという掟はありますしそれを破れば生まれ変われないという罰はあるけれど、野良は寿命が尽きればそこで終わりだからあまり効果がある罰ですらない」


 それはなんて傍迷惑な存在なんだ。

 でも、それはおとぎに出て来る精霊そのものなんだよな。

 自由気儘に行きたいところに行き、自分が楽しいと思う事だけをし続ける。

 ただ、それが精霊の性質そのものだからと言って、自由にユーナの魔力を狙われたらたまったもんじゃないが。


「ラウリーレンの残したものは、ユーナとヴィオとポポの繋がり、つまり絆を強化する為の守り。最終契約をし守りまで行えば野良精霊ごときが奪うこと等もう出来はしないし、ポポは中位の精霊になっても強くはないものの、防御と浄化だけは得意なようだから、絆が強化されたことによって魔力を奪われなくなるだけでなく、ユーナとヴィオは呪いや魅了等は掛かりにくくなっている筈」

「それは、安心していい……えっ」


 精霊王の言葉に納得した様子のユーナは、自分の左手を見て驚いている。


「こ、これ。ヴィオさん?」

「どうした」

「手を、手を見せてもらえますか、左手」

「左手がどうしたんだ。なんだこれ」

「同じ。これ、これは」


 左手の薬指に見えたのは、指の付け根をぐるりと回る金の糸のようなものだった。

 入れ墨みたいなそれが俺の指にもユーナの指にもある。

 ユーナの世界では分からないが、入れ墨ってこの国じゃいいものとは言えない。

 入れ墨は罪人や奴隷等に入れられるものというのがこの世界の常識だし、罪人はどんな模様の入れ墨を入れるか決まっているが、奴隷の場合どこにどんな形の入れ墨を入れるか決めるのは奴隷の主人の好みだから決まりがあるわけじゃない。

 金色の入れ墨なんて見たことはないが、俺達の指にこれがあるのは、今後誤解を生むかもしれない。

 これは、困ったことになったな。


「それが精霊の守り。ポポが戻ってきてその守りは完成する」

「これはこのままですか、ここに?」

「精霊王、これ入れ墨に見えるぞ。このままはさすがに」

「そうだな、ふむ? そのままが困るのであればこうしよう。精霊、ラウリーレンが迷惑を掛けた詫びをしていなかったからな」


 すいっと精霊王の指が動き、金の入れ墨のような物は細い指輪に変わる。


「指輪、え、抜けない?」


 入れ墨が指輪に変化しホッとしている俺とは違い、ユーナは入れ墨以上に困惑している様に見える。

 何故ユーナがこんなに焦っているのか分からない。泣きそうな顔で必死に指輪を外そうとしている。


「ユーナ、ラウリーレンのその守りが嫌だったのか? だがそれはもう外れないずっとそのままだ」

「守りが嫌な訳じゃ、ただ左手、どうしてこの指に指輪なんて」

「どうした? 入れ墨の様に見えるのは困るだろうから指輪に変えた。それのなにが問題だ」


 ユーナが何故困っているのかわからない。ラウリーレンの残した守りが嫌なんじゃなければ何が問題なんだ。


「だって。……この指は」

「そこは心の臓に近い場所、だからこそ守りになる。他の指では意味が無い」

「そんな」


 しょんぼりと、ユーナは精霊王の顔と俺の顔を交互に見ながら項垂れて話さなくなってしまった。


「ユーナ」

「ヴィオさん、ごめんなさい」


 何がごめんなさいなんだろうか。

 分からないが、ユーナが傷付いているように見えて困惑する。

 ユーナは何が辛いんだ?


「だって。……ヴィオさんは私の事なんか……私だってまだそんな。え、あ、ひょっとして」

「どうした、ユーナ」

「なんでもありません。なんでも、ごめんなさい。ギルさん、ラウリーレンがくれたものを嫌だなんて我儘言って、ごめんなさい。気遣って指輪にしてくれたのに、申し訳ありません」


 辛いのか困ってるのか泣きたいのか、何を我慢しているのか分からない顔でユーナはじっと左手の指輪を見た後で、ギルに謝り、精霊王に謝り、そして。


「ヴィオさん、ごめんなさい」

「俺は何も」

「指輪が嫌なら元に戻してもいいですが、入れ墨を入れた様にみえるし、人の国でそれは目立つだろう」

「大丈夫です。でも違う意味というのは?」

「入れ墨を持つ者には意味がある。それにあれは発光しているし、あのままだと、育つからな」

「育つ、模様が」


 さっきは一本の金の線が、くるりと指の根元に巻き付いているだけだった。言われてみれば少し光っていた様に思う。

 指輪にも一本の線が模様の様に浮かんでいる。


「育つというのは、まさかここから枝葉が出るとかですか」

「そうではない。今は一本だけだが絆が強くなればそれが二本になり三本になり最後には綱のように絡み合う様になる。ただの人がそんなものを入れ墨の様に入れていたらどう思う?」

「好意じゃなくて呪いですね。それなら指輪にしていただいたのは、とてもありがたいと思うべきですね」


 ユーナは指輪を撫でながら、疲れた様に笑うしかなかった。





「なあ、ユーナ本当はなんで嫌なんだ」


 あれから俺達は二人だけで迷宮に飛んだ。

 何せ俺達は迷宮に入って出ていない。

 大量のオークキングの魔石があるから、せめて二十層に行ってと思ったら、ここにはユーナが一緒だと飛べず、もしかしたらユーナが入ったことがある層じゃないと駄目なのかと十四層に飛んだ。

 それから二十層までを目指して進んだ。

 大量にオークキングと一つ目熊を狩り続けたのと、十五から十九層まで魔法で狩り続けたお陰なのか、ユーナは風属性と水属性の中級魔法を一つずつ使える様になってしまった。


「あの、嫌な気持ちになるかもしれませんが」


 二十層に向かう階段を登りながら、ユーナは話しにくそうにしている。


「無理に話さなくていいんだぞ」

「いえ、私の馬鹿なこだわりが問題なだけなので」

「こだわり」

「私が暮らしていたところでは、揃いの指輪を左手の薬指に身に着けるのは、夫婦という意味があるんです」

「は?」


 思わず立ち止まり、左手を凝視した。

 指輪にそんな意味があるのか?


「そうじゃないかと思いましたが、やっぱりこの世界には無いんですね」

「無いな。貴族は瞳の色の宝石を贈るとかあるらしいが」

「瞳の色の宝石、それはロマンチックですね」

 

 ロマンチック? それはどういう意味だ。

 というか、結婚の意味。

 つまり、俺とユーナが夫婦って。

 それは、ユーナが嫌がる理由も分かる。

 

 そうだよな、俺が相手なんて嫌だよな。 

 おい、何落ち込んでんだよ。

 俺はオッサンでユーナの保護者だと自分で決めてたじゃないか。

 

「精霊王も流石に異世界の結婚なんて知らないだうから、悪意があってのことじゃないんだが、ユーナには悪い事をしたな」

「そういうわけじゃ」

「ただ、あれは入れ墨に見えるし、しかも変化するらしいからあのままは流石に問題があったと思うんだ」

「そうですね」

「それに入れ墨の方がこの世界では問題なんだよ。入れ墨が入っているのは奴隷か罪人、罪人は国でどんなものを入れるか決まっているからまだいいが、奴隷はそうじゃない。目立つところに入れ墨が入っているのはつまり奴隷だって思われる可能性があるんだよ」


 ユーナは俺の言葉に目を見開いたんだ。


 ※※※※※※

ギフトありがとうございます。

最新の小話あんなヤンデレで、申し訳ないです……。


 



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