ラウリーレンへの裁き1
「ここは」
外に出てすぐに立ち止まってしまった俺に遮られたユーナは、俺の身体越しに見えた景色に戸惑いの声を上げた。
「精霊の国に続く森?」
「なんでよっ!」
「うわっ、暴れるな!」
迷宮の入口に立ついつもの番人はいない。
誰もいない場所、沢山の木々、そして遥か向こうに門が見える。
木々で視界が遮られているというのに、何故か遠くの門が見える。
このまま行けば精霊の国に辿り着くんだろうか、でもなんでラウリーレンは俺達をここに連れてきたんだ?
「ラウリーレン、なぜ俺達をここに?」
「ここじゃない、ラウリーレンは違うところに行くつもりだった。なんでお前までついて来たのよっ。お前はいらない、ユーナだけを連れて行くつもりだったのにっ!」
「俺がお前を捕まえてるのに、離れるわけ無いだろ。ユーナだけ連れて行かせるなんてするかよ」
ラウリーレンはジタバタと暴れているけれど俺の手から逃げられずに、キーキーと叫んでいる。
捕まえたままでいられるのはいいんだが、ここが精霊の国に続く森だとしたら俺達だけで町に戻るのは難しい。
なにせ前回はギルに連れてこられたのだ。
「暴れるなよ」
どうしようかと考えて精霊王を頼るしかないかと結論づける。
町に戻るよりも精霊の国の方がまだ楽に辿り着けそうだ。
一応ここは迷宮らしいっていうのに、ラウリーレンを捕まえたままじゃ戦えないからな。
「ヴィオさん、どうしますか」
「うーん、取次してくれるといいんだが」
「え?」
俺達はポポと契約しているから精霊の国には多分ギル無しでも入れる筈だが、いかんせん前回はギルの魔法陣で門の所まで運んでもらったからここからどの程度歩けば辿り着くのか分からない。
一つ方法といえば精霊王かギルを呼んでもらう事なんだが、可能かどうか分からないんだよなあ。
「門番に貰ったの覚えてないか?」
「門番? ああ、緑の実ですね」
「そうだ。ラウリーレン動くなよ」
何とか片手でラウリーレンを捕まえたまま、ユーナにマジックバッグを開けてもらい前回精霊の国の門番であるトレンドキングに貰った緑の実を取り出す。
どうやったらいいのか分からないが、取り敢えず呼びかけてみるか。
「ユーナ、用意だけしておいてくれ。門番、頼みがある。聞いてくれないか」
相手をしようとしか言われなかったからいきなり襲われるかもしれないが、その時はその時だ。
「呼びかけに応えてくれるでしょうか」
「分からない」
「なんでお前なんかがその実を持ってるのよ、人間なんかが持てるもんじゃないわ。ラウリーレンにそれを寄越せ! それを食べてラウリーレンは力を取り戻すの。ラウリーレンなら上手くそれを使えるのっ!」
トレントキングの実を見た途端、ラウリーレンが暴れ始める。
緑の実はトレンドキングの実でエルフは自分の能力を上げるためにこの実をトレンドキングから貰う者は多いとは言っていたが、精霊の能力も上がるのか?
「大人しくしろラウリーレンッ!」
「うるさいっうるさい、うるさーいっ! 人間なんか精霊のおもちゃでしかないのに、なんでお前たちは逆らうのっ! ラウリーレンの糧となりなさいよ! 忌々しいっ!」
騒ぎ暴れるもののユーナから魔力は奪えていない様なのは、ユーナが以前ラウリーレンに魔力を与えないと宣言しているのが聞いているから何だろうか。
なんで宣言した程度でそれが成り立つのか分からないが、あれがあるからラウリーレンは魔力を奪えずポポの姿をしてユーナを騙そうとしたんだろう。
『呼んだか人間』
「え、ヴィオさん、枝がっ」
「この枝、トレントキングか。すまないトレントキング、お前と手合わせする為に呼んだんじゃないんだが頼みを聞いてもらえないか」
ユーナに実を預けると、両手でギャーギャー暴れるラウリーレンを抑え込みながら目の前に急に伸びてきた枝に向かい話しかける。
枝に話しかけるって何なんだと自分でも思うが、幻の様に見える精霊の国の門の方から伸びてきた枝だから、これがトレントキングのものなんだと信じるしかない。
『頼み、人が何を望む?』
「精霊王のところに行きたいんだ。こいつのことで俺達二人、精霊王の力を借りたいんだ」
何とも不思議な感じだが枝先に暴れるラウリーレンを見せると、シュルリと伸びた枝が器用にラウリーレンの身体を掴んだ。
「離せっ! 何するの、ラウリーレンに何をするのっ!」
『羽なしの精霊は恥ずべきもの。精霊王は悲しむだろうが仕方ないな。少し待て』
細い枝がシュルシュルと伸びてラウリーレンを取り囲み、ギルが以前ラウリーレンを閉じ込めていた様な籠に変わる。
「ヴィオさん」
「何とかなりそうだな」
暴れるラウリーレンをトレントキングの枝に引き渡せただけで少し肩の荷が下りたような気持ちになる。
精霊の事はイマイチ謎が多くて、俺達だけじゃ対処に困る。
「戻っていく?」
呼びかけに応えて現れた枝は、ラウリーレンの籠と共に門の方へ戻っていく。
抵抗するラウリーレンの声だけが森に響き続け、俺達はそれを呆然と見送るしかない。
「俺達は待つしかないのか」
「そうなるでしょうか」
お荷物なラウリーレンが居なくなったから、門に向かいこのまま進んでもいいがトレントキングを待つべきなんだろうな。
まさか呼びかけに応えてくれるとは思っていなかったが、魔物であるトレントキングと意思疎通出来る日が来るとはなあ。
ポール達に話たら驚くだろうな、なんてもう会う事もないのに考えてしまうのって馬鹿だよな俺。
『待たせた。精霊王会うと言っている』
「助かる。ありが……うわあっぁ!」
突然戻ってきた枝がシュルリと俺とユーナの身体を掴む。
咄嗟に剣に手が伸びたものの、切るわけにはいかなくて無抵抗なまま身体が持ち上げられるに従い苦笑いする。
トレントキングの枝に拘束されるなんて、こんな経験最初で最後にしたいが、精霊王に招かれた時も枝に拘束されたからこれは精霊の国に行く時の移動方法なんだと諦めた方がいいのかもしれない。
『仕方ないから羽なしを精霊王のところへ運んだが、本当なら羽なしは精霊の国には入れない』
「申し訳ないことを頼んだな」
『お前が悪いわけじゃない。あれは契約者がいる精霊、つまり契約者の罪だ』
契約者の罪、つまりギルの罪ということなのか。
ユーナと顔を見合わせながら、複雑な気持ちになる。
ラウリーレンが何故ユーナの魔力にここまで固執しているのか分からないが、羽を残してラウリーレンが姿を消したのをギルが悲しんでいるのを知っているだけに、ギルを責めたいとは思えないんだ。
『お前達も精霊と契約しているのだから、知る義務がある。精霊の羽は力そのものそれを無くすのは愚かな精霊のすること』
「愚かな精霊」
『片羽だけでも恥ずべきこと。ラウリーレンは両方無くした』
ギルは確かに罰としてラウリーレンから片羽を奪った。
ラウリーレンは自分の格を落とす為に自ら羽をむしり取った。
それは似ている様で全く違う行いに見えるが、羽は今もギルが持っている筈だ。
あの羽はどうするのだろう、ラウリーレンに戻すことが出来るんだろうか。
「羽は戻せるのか」
『戻す? 何故、契約者が罰したからラウリーレンは羽を失った』
「片方はそうだ。だがもう一つはラウリーレンが自らしたことだ」
『それは取られるよりも愚かなこと。精霊が自ら羽を取るのは一度死ぬのと同じことだ。それはつまり今まで生まれ変わり続け得た力を自ら捨てるのと同じ』
ギルは確かにラウリーレンは自分の格を落とす為に羽を捨てたと言っていた。
それがどれだけの事なのか、俺にはよく理解出来ていないがトレントキングの反応から精霊としてはあり得ない行いなんだと分かる。
『生まれたばかりの精霊には羽がない。ある程度の力をつけた精霊だけが羽を持てるんだ。あれは精霊と契約者と精霊王との絆の証、理由は知らないがそれを自ら捨てるのは契約者と精霊王を捨てたのと同じ。力がどれだけあっても精霊は精霊でしかない。精霊王の庇護下にある者がしていいことではない』
「精霊王の庇護下」
『精霊王は精霊達すべてを見守り慈しむ。その精霊王の庇護が不要だと切り捨てたようなもの。精霊の慈愛を不要だと言ったのと同じ、とても愚かな行いだ』
静かすぎる森の上空を運ばれる俺達は、トレントキングの冷ややかな声をただ聞いていることしか出来なかったんだ。
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