迷宮攻略とユーナの魔法7

「ヴィオさん、何か気配が」

「ああ、おかしい。俺が様子を見て来るユーナはここにいろ」


 上の層に続く階段の途中で魔物の気配を感じた。

 こんな事ありえない話だ。

 階段を上りながらユーナに留まる様に言っても、頑固者のユーナが頷く筈は無かった。


「一緒に行きます。置いていかれる方が怖いです」

「それなら、帰還の……」


 嫌がるユーナを説得しようとして振り返った俺は遅まきながら退路が断たれているといると気が付いた。


「階段が消えた」

「え、嘘」


 ユーナの後ろには何も無かった。

 階段も壁も何もない、真っ暗闇に思わずユーナの腕を引き寄せ背後に庇う。


「ヴィオさん、階段がまた消えてっ。なんで」


 ユーナの声に暗闇を睨みつけながら、一段階段を上る。

 

「また消えた」


 一段、また一段上る度にそれまであった部分が消えていく。

 そうしてすべての階段が消えて、俺達は十五層の中に入るしか無くなった。

 

「扉」

「これは、守りの層の扉。ここは十五層だってのに」


 明らかな異常事態に引き返したくなるけれど、もう一歩も後ろに下がれない状況では扉を開くしかない。

 

「ユーナすぐに魔法を放てるように準備いておけ、魔力は大丈夫だな」

「は、はい」


 ユーナをここに残していきたいが、扉を開いた瞬間に足元が消える可能性がないわけじゃない。


「扉を開いたらすぐに中に入るんだ。いいな三つ数えて扉を開く」

「はい」

「じゃあ、開くぞ。三、二、一」


 扉を開いた瞬間、臭いがした。

 これは昨日と同じ、あの臭いだ。

 魔物寄せの香に似ている、だけど違う臭い。


「一つ目熊」


 扉を開いた向こうには、一つ目熊の大群がいた。

 

「これ、なに」


 どんっと背中を押された感触に振り返るとそこには扉が無く、岩の壁しか無かった。


「衝撃波!」


 ユーナを背に庇いながら衝撃波を放つ。

 たった一振りの衝撃波で、大量にいた一つ目熊が倒れていく。

 強さは三十層の守りの魔物である一つ目熊と変わらない様子に、俺は少しだけ安堵するものの、すぐにまた視界に現れた一つ目熊とその後ろのオークキングに剣を構える。


 十五層は普通の層だ、普通なら守りの魔物はいないし広さも他の層と同じ。

 だがここは守りの魔物のいる層と同じ作りに見える。

 だが、守りの魔物の層とは違う、例えばここが三十層でそこに辿り着いてしまったのなら出るのは一つ目熊だけの筈だ。

 二十層の守りの魔物であるオークキングが出るなんておかしいんだ。


「衝撃波! ユーナ、俺の後ろから出るなよ」

「は、はい」


 壁を背に俺達は前に進めない。

 一つ目熊とオークキングの大群の背後に出口が見えるのに、一刀で屠った魔物達が倒れて素材に変わった瞬間また現れるんだ。


「衝撃波! 衝撃波!」

「風の刃!」


 衝撃波が届かない場所にまで現れ始めた一つ目熊にユーナが風の魔法を放つ。

 この層は、三十層よりも広いのかもしれない。

 あの層は奥まで衝撃波が届いていたし、ここまで大量の魔物は出なかった。


「ユーナそのまま、俺がもらした奴をやれるか」

「はい。大丈夫です! 火は怖いから風を使います!」


 ユーナは俺の動きを妨げない場所から風の魔法を放ち続ける。

 俺は俺で衝撃波を使い続ける。

 攻撃範囲は聖剣の舞の方が広いが、それを使うとユーナを攻撃に巻き込んでしまうし、剣神の憤激は威力があるがもの凄く精神力と体力を使う技だから何度も使えないから、どれだけ魔物の出現が続くのか分からない今の状況で使っていいもんじゃない。


「一体どれだけ出続けるんだ」

「分かりません。じゃまだから素材一度回収します」


 あり得ない話だが、素材が山となっていてユーナの魔法の邪魔になっている。

 ユーナは攻撃魔法の合間に素材を回収し、また攻撃魔法を放つという器用な事を始めた。

 それを横目に見ながら俺は衝撃波を放ち続ける。


「臭いが薄くなった?」

「え」

「衝撃波! 魔物の出現が止まった?」


 最後のオークキングをユーナの風魔法が狩り終えると、突然魔物の出現が止まった。後に残ったのは回収前の大量に床に落ちた素材。

 呆れる程の熊の手、熊の皮、オークキングの肉、剣、鎧。そして大量の魔石。


「これ、どういう」

「ユーナ、タスケテ、ユーナ、ヴィオ」


 茫然と辺りを見渡す俺とユーナの元に現れたのは、ぼさぼさの羽のポポだった。


「ポポちゃん?」

「タスケテ、シンジャウヨ。タスケテユーナ」


 よろよろと自分の足で俺達の前に歩いてくるポポは、今にも倒れそうだ。

 でも何故ここにポポがいる?


「どうしたの、ポポちゃん。どうしてここに?」


 何故かポポはユーナの前で動きを止めた。

 何かに阻まれそれ以上近づけない様に見える姿の異常さが、ポポを心配しているユーナには伝わっていない様だ。


「ポポ、どうやって来た」

「ユーナタチノケハイオッテ、ポポココニトンデキタヨ。ユーナタスケテ、ユーナ、早く魔力チョウダイッ」

「魔力? 分かったわ。私の手に乗って」

「ユーナ駄目だ!」


 ポポに手を伸ばそうとするユーナの動きを止め、ポポに剣を向ける。


「ヴィオさん? 何をしてるんですか、ポポちゃんを攻撃するつもりですか!」

「落ち着けユーナ、おかしいだろ。なんでここにポポがいる。魔力を絶対に渡すな」

「でも、あんなに弱っているのに。ポポちゃんが死んじゃうかも」


 ユーナが心配するのも無理はない程に目の前にいるポポは弱って見える。

 だけどおかしいんだ。

 こんなのはおかしい。


「落ち着け、あれはおかしい。ユーナ、ポポはこの迷宮に入ったことが無いんだぞ。精霊だって入ったことが無ければ一層から入るしかないんだ。ここに飛んでくるなんて出来ない筈なんだ」

「じゃあ、ポポちゃんは」

「あれはポポじゃない。何か分からないが、ポポじゃない」


 ポポに見えるが、ポポじゃない。

 剣を向け、弱々しく見せながらそれはユーナに近づこうとして失敗している。


「なんで近寄れないのっ」


 声が変わった。

 よくよく見れば、ポポに見える何かには翼が無かった。

 ポポの翼、小さな小さなそれが背に無かったんだ。


「お前はなんだ。ユーナの魔力は渡さないぞ! 絶対に」

「私が魔力を渡すのはポポちゃんだけ、私達の契約精霊のポポちゃん以外には魔力を渡さない!」

「ポポでしょ、ポポ以外のなんだっていうの、これはあの下位、下っ端の精霊以外のなんだっていうの! ぎゃあああっ」


 無理矢理ユーナに近づこうとして、それは何かに阻まれてそして。


「雷?」


 何かの光に当たりそれは倒れた。

 倒れて、そしてポポの姿は無くなって、そして。


「ラウリーレン」

「なんで、ラウリーレンに魔力をくれないの。ユーナの魔力、それがあればラウリーレンはっ!」


 光に当たったポポだったものは、ラウリーレンの姿になった。

 ラウリーレンがポポに化けていたのか、でもなんでポポに?


「ラウリーレンには魔力は渡さないって私前に言いましたよね」

「だから何。お前みたいな人間にその魔力は勿体ないの。その魔力はラウリーレンが使う方がいいの。ラウリーレンこそが持つべき魔力なの! 寄越せ寄越しなさいよ。ラウリーレンがその魔力を使って、その魔力をラウリーレンの力に!」


 ふらふらとしながらラウリーレンはユーナに近づこうとして、やっぱり何かに阻まれている。なんだ、これ見えない何かがユーナを守っている?


「捕まえられる?」


 ギルがラウリーレンは自分で羽をむしり取り消えたと言っていた通り、ラウリーレンは飛べない様だった。

 そして、それはポポの姿をしていても同じだったんだと遅まきながら気が付いた。


「離せ、離せ、離せっ!」

「大人しくしろラウリーレン。なんだってお前はユーナを狙うんだ」


 剣を鞘に戻し、両手でラウリーレンを掴んでしまうと剣が持てないがユーナにさせるわけにはいかないから仕方ない。


「ユーナ、もし魔物が出たら頼むな」

「分かりました」


 あれだけ出現した一つ目熊もオークキングの姿も無い。

 広さが違うだけで、ここは守りの魔物の部屋の様だった。


「あそこから出られるのか」


 不安はあるが、外に出なければ話にならない。

 暴れるラウリーレンを両手でがっちりと掴んだまま、俺はユーナと共に迷宮の外へ出たのだった。

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