動き出せ1(ニック視点)

「凄いなリナ、今日二十層まで行けるとは思って無かったよ」


 二十層の守りの魔物を狩った俺達は、意気揚々と転移の門を使い迷宮の外に出たんだ。

 ヴィオさんがパーティーを抜けてこの町を出てから一ヶ月とちょっと過ぎた。

 ヴィオさんがいなくなって、腑抜けていた俺達は下に見ていた冒険者のドニーに馬鹿にされ追い打ちを掛けられた。

 落ち込むだけ落ち込んだ後、リナが自分も中級になったと聞かされて一緒に迷宮攻略を始める様になったんだ。

 リナは中級迷宮に入るのは初めてだから、勿論今俺達が攻略中の森林の迷宮に入るのも初めてだ。だから一層からの攻略だ。

 ヴィオさんがいなくなったのは冒険者ギルド内でも噂になっていて、ドニー以外の奴らには遠巻きに見られている感じだった。

 俺達のパーティーはやぶさはヴィオさんありきのパーティーだと陰口を叩かれる位に俺達はヴィオさんに頼りきりで、その自覚は無かったけれど依存してたんだと最近になって痛感する様になった。

 リナが攻略に混ざり始め一層から改めて攻略し始めると、一層でも苦戦してしまう事が度々あって落ち込んだけれど、今は仕方がないと自分に言い聞かせた。

 なにせ前衛が剣士のポールと盾役の俺しかいない。

 大抵迷宮の攻略は六人から多いと十人程度のパーティーで動く事が多いというのに、俺達は元々五人で攻略を進めていてヴィオさんが抜けて四人になった。

 今リナが入って五人に戻ったけれど、それだって少ないと言えば少ないしヴィオさんって魔法以外は大抵の事が出来たからヴィオさんの抜けた穴はやっぱり大きすぎたんだ。


「二十層の魔物、リナの攻撃力減退の魔法のお陰で楽に狩れた気がするわ」

「トリアが中級の攻撃魔法を覚えたから戦力が上がったんじゃない」

「それもあるかな。パーティー資金から魔導書買うお金出して貰ったんだし、これから頑張るわ」


 俺達の前を歩くリナとトリアの声は明るい。

 回復役のトリアは、元々少し攻撃魔法が使えていたんだけれど最近は攻撃魔法も頻繁に使う様になって来た。

 魔力が馬鹿みたいに多いリナが入ったことで、補助魔法も回復魔法もリナが担当出来るからトリアが攻撃魔法を使える方が効率が良いってことになったんだ。

 だから武器や防具等を買う時の為に貯めているパーティー資金から中級の攻撃魔法の魔導書を何冊か買って、トリアに覚えて貰ったんだ。

 魔力が多いリナは攻撃魔法の適性が無いと言っていたから知ってたけれど、やっぱり攻撃魔法の魔導書は開くことが出来なかった。

 どれだけ魔力が多いのかと言えば、一日補助魔法や回復魔法を使い続けているのに一度も魔力回復薬を飲まなくても大丈夫なんだ。驚きだよ。トリアが同じことやったら多分一日で魔力回復薬十本は飲むんじゃないかな。


「パーティー資金かなりあるから、皆も必要な物があったら遠慮せずに言ってね。無駄使いは駄目だけど必要な物はどんどん買って攻略に役立てようね」

「じゃあ、俺上級魔法の魔導書買って欲しい! ギルドに依頼してもいいかな」

「上級魔法の魔導書ってすぐに手に入るものなの?」

「うーん。めったに迷宮でも出ないし、あっても上級は覚えている属性の中級魔法の熟練度が高くないと適性があっても開けないらしい」


 魔法使いのジョンはそれでも上級魔法の魔導書が欲しいらしい。

 ギルドに依頼したら開けなくても買うしかないんだけど、それ大丈夫なのかな。


「うーん、開けないのは困るなあ。ギルドじゃなくて魔導書屋さんにまず聞いてみる?」

「そうだなあ、買って貰えるならどっちでもいいけど。魔導書屋だと高いよ」

「でもギルドに頼むと、魔導書開けなくても買い取りしないといけなくなるよ。流石にすぐに使えない物はなあ。ニックどう思う?」

「んー、どの属性の魔導書が欲しいんだ」


 森林の迷宮の攻略に役立てたいというなら、上層でよく使うらしいのは火と氷だけどニックは氷はあまり使ってなかったから熟練度は上がってなさそうだ。


「とりあえず火かな。俺一番得意なのは火だし、良く使ってるから熟練度も大丈夫だと思うんだ。もし開けなくても火ならすぐに熟練度上げられそうだし」

「じゃあ今からニックと魔導書屋さんに行って在庫あるかどうか見て来てよ。それで取り寄せた場合の相場も聞いて来て」


 ギルドで常に在庫があるのは下級か中級までで、上級の魔導書は運が良ければあるっていう程度、大抵は依頼を出して他のギルドに在庫があるかなければ他の迷宮を攻略している奴に探してもらうしかない。その代わり魔導書屋よりは少し安めだ。

 魔導書屋は在庫は豊富だけれど、その分高い。そして上級の魔導書があるかどうかはやっぱり運だ。


「じゃあ、今日の分の買い取り任せていい?」

「いいわよ」

「やった! じゃあ、ニック付き合ってくれるか? ポールはどうする?」

「俺はいい」


 ぶすりとした声でポールは答える。

 ヴィオさんがいなくなった事を、ポールはまだ引きずったままでずっとこの調子なんだ。


「分かった。ニック行こう」

「ああ。じゃあ買い取り頼むな」

「うん。全部買い取りに出していいんだよね」

「ああ、回復薬以外はいつもの通りで大丈夫だ」

「分かった。ジョン、火属性の上級魔導書があれば金額聞いて取り置きしてもらって、それ以外は開けるか試させて貰って駄目なら今は諦めてね」

「火は開けなくてもいいのか」


 おいおい、それでいいのか。

 心配して聞くと、リナは俺の前に右手の人差し指と中指を立てて見せた。

 ピースサイン? って言ったっけこれ。リナしかしてるの見たことないけれどリナは自慢したい時にこれを良くやる気がする。


「今のところ、皆の武器と防具を新しくしても大丈夫な程度は貯まってるから大丈夫よ。もし火の上級魔導書が開けなくても、ジョン諦めたりしないでしょ」

「しないよ。最近魔力も増えた気がするし上級魔法覚えてもちゃんと使いこなせると思うから。頑張る!」


 トリアが攻撃魔法を使う様になったからなのか、ジョンも最近やる気になって来た気がする。

 元々ジョンってトリアが好きなんじゃないかって気がしてたけれど、最近はどうなんだろ。意識してる気はするんだよなあ。


「その言葉忘れないでよ」

「ああ、よしニック行こう」

「分かったよ」


 ギルドに向かう三人と離れて、俺とジョンは町の中心部に向かう道へと入る。

 にこやかに手を振るトリアとリナに比べ、ポールは不貞腐れた顔で一人俯いて歩いて行く。


「なあ、ニック本当に買っていいのかな」

「リナが大丈夫と言うなら大丈夫なんじゃないか。俺はまだ剣も盾も鎧も大丈夫だけど魔導書は覚えられるなら買った方がいいと思うし」

「パーティー資金そんなに貯まってると思わなかった」

「ヴィオさんがしっかり貯めて管理してくれてたみたいだからなあ」


 俺達言われてたのにすっかり忘れてたんだけど、パーティー資金はいつも買い取りで得た収入を攻略の五人分に加えて一人分の計六人で割った額を皆で分けて、一人分はパーティー資金としてギルドの口座に積み立てていたらしい。

 リナは攻略していないけれど、家の事をやってくれるからパーティー資金の中からリナへ渡していたらしい。

 ちなみにパーティー資金は、日々拠点としている家で皆が食べる分の食費と皆が使う消耗品、武器や防具や魔導書を買う為の費用、回復薬などを買う為の費用等に使っている。

 リナは中級に上がる為に買った魔導書は自分で出したみたいだけれど、本当はそれだってパーティー資金から出していいものだった。

 でも、自分でこれから中級としてやっていく為のけじめみたいなものだからと、リナは結局パーティー資金から魔導書代を取らなかったんだ。

 こういうところ、リナって真面目だなって思う。


「ヴィオさんって本当色んな事やってくれてたんだな」

「本当だよね。俺達甘えてたんだなあ」


 しみじみとジョンと話しながら、のんびりと歩く。

 今まで攻略していたところよりだいぶ下層だから稼ぎは落ちたけれど、それでも俺に焦りは無かった。

 ヴィオさんに甘えて進めていた攻略は楽だけど、なんだか苦しかった。

 自分が出来ない事が分かっているのに認めたくなくて、でもヴィオさんに見捨てられたくないと必死で、だからこそ空回りしていたんだ。

 俺はそんな自分が嫌で、でもどうしたら変われるのかなんて考える事すら出来ずにいた。

 パーティー資金のやりくりとか、回復薬がどのくらい必要だとか、そんなのをヴィオさんはリナに教えながら一人でやっていたらしい。

 武器や装備品の手入れはさすがに各々やっていたけれど、俺達がやっていたのってそれ位だった。


「でも、今は少しずつでも俺達もやれてるよな」

「……うん」


 今はリナに教わりながら、パーティー資金の事も何を残して何を売るかも皆で考えている。以前はヴィオさんが『これは残してこれは売るがいいか。何か残したいものがあれば言ってくれ』と言われても大丈夫だと言うだけだったんだ。

 こういうの大変だけど、なんか楽しい。

 少しずつだけど、自分達が成長してる気がしてそんな自分が誇らしくなっていたんだ。


「あとはポールだよなあ」

「そうだな」


 ポールの気持ちは分かるけれど、落ち込み過ぎたともちょっと思う。

 ポールをどうしたらいいのか、俺達の今の悩みはそれだったんだ。

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