動き出せ2(ニック視点)
「開けなかった……」
魔導書屋に行くと、運が良かったのか火と水の上級魔導書があった。
凄い凄いと喜んだものの、魔導書屋の店主の許しを得て本が開けるか試したところどちらも開くことが出来ずジョンは涙目になった。
開けなくても買ってきていいと言われたのは火属性の魔導書のみで、他の属性のものもとはリナは言わなかった。
上級魔法の魔導書の値段は、びっくりする程高かった。比較的迷宮から出やすいと言われているらしい火の魔導書でも俺が使っている大盾よりも高い。
上級魔法は覚えられれば中級迷宮の上層の魔物でも楽に狩れる様になるらしいと聞いているから、それを考えればこの値段も有りなんだろうが、今のところ開けないのだからリナが良いと言っていたとはいえ、本当に買っていいのかと俺とジョンは躊躇ってしまった。
「お前さん中級魔法は覚えて使えてるんじゃろ。それなら熟練度が上がれば開ける様になるじゃろうて。ただ、相当の努力が必要そうじゃがのう」
店主は落ち込むジョンを気の毒そうに見ながら、そう教えてくれた。
なんでも店主は鑑定の能力は持っていないのに、魔導書を開こうとした人間がその魔導書を使う適性があるかどうかが分かるらしい。
これが露店の店主なら眉唾物だと疑いたくなるが、ここの魔導書屋さんはこの町で長く店を出しているとろこで店主は年老いたエルフだ。
エルフは人族や獣人族等と違い精霊と契約が出来て、契約している精霊の能力は不思議な物が多いと言われているから、店主が言っている適性が分かるというのも精霊の能力の一つなんじゃないかと思うんだ。
「頑張れば開ける様になりますか」
「そうじゃのう、こっちの魔導書を持ってもう一度開こうとしてみるんじゃ」
「水の魔導書、はい」
火については自信があったんだろう。ジョンはかなり落ち込んだ様子で店主が差し出した水の魔導書を開こうとする。
それを店主は銀色にも灰色にも見える様な不思議な瞳で、じいいっと見つめている。なんだか心の奥底まで見られている様な、居心地の悪さがあって顔をしかめたくなるけれど、これって俺に魔法の適性が無いからなんだろうか。
俺にとっては魔導書屋さんって未知の場所だ。
俺は生活魔法しか使えないから、魔導書なんて縁が無い。だから魔導書屋さんはジョンやトリアが立ち寄る時について来る程度だ。
魔導書というのは迷宮で見つかるか、魔導書師という人が作った物を買うの二択だけれど迷宮で見つかったものの方が価値が高い。
魔導書師が作った物は一冊で一つの魔法が覚えられるだけだけど、迷宮の物は運が良ければ二、三つの魔法が覚えられるし、下級の魔法なら基本集みたいな感じで沢山一冊で覚えられるんだ。
魔導書師の作る魔導書の利点としては、自分が希望する魔法を安価で覚えられるという点だ。
なにせ魔導書は高い。魔法使いの適性があれば努力次第で自然に覚えられることもあるらしいけれど、大抵の人は魔導書で覚えて熟練度を上げる。
その方が早いし確実だからだ。
早いし確実だけど、高い魔導書を気軽に何冊も買える魔法使いは珍しい。
うちみたいにパーティー資金をしっかり貯めているところでも、他の仲間の武器や装備品を買う予算も必要だし自分だって同じく装備品が必要なんだから、魔導書を沢山買いたいなんて図々しく言ったりは出来ないだろう。
予算があるからいくらでも買いなよ。なんて、言えるところなら多分もう必要な魔法を殆ど覚えている筈だ。だって高い素材を落とす強い魔物を狩れるパーティーだからこそ、好きな様に使えるだけの金が稼げるんだから。
そんなパーティーにいる魔法使いが、魔法を殆ど覚えていないなんてあり得ないんだ。
「もう一度火の方を試してみるんじゃ」
「はい」
俺がぼんやりと考え事をしていたら、ジョンは開けなかった水の魔導書を置いて火の魔導書を試すところだった。
水の魔導書はやっぱり開けなかったらしい、そして火の魔導書もやっぱり開けずにジョンは大きなため息と共に魔導書を店主へ返した。
「水はまだまだじゃな。やはり火の方が熟練度は高い様じゃ。お前さん中級の水の魔法は使っているのが偏っておる様じゃが、違うか」
「え。水の中級……はい。ここの迷宮は水が弱点の魔物が少ないので、あまり使って来なかったし得意な奴しか使ってなかった、です」
考え込みながらジョンは答え、そしてしょんぼりとし始める。
得意不得意というのはどうしてもあるらしく、ジョンが使う魔法は確かに偏っているなと思い返す。
熟練度を上げたいなら、例えば一つの魔法を使い続けた方が確実にその魔法を育てられるらしい。
魔力にも魔法回復薬にも限りがある。
リナみたいにとんでもない魔力量があるならともかく、ジョンの魔力量は魔法使いとしては普通程度なんだと思う。そうなると下級の魔法で狩れる魔物に中級魔法を使うなんて無駄遣いは出来ないし、それは無駄な戦い方だと思う。
例えば魔力を温存していて守りの魔物を狩るというなら、全力で魔法を使うというのは有りだけれど、一日攻略する予定だというのに最初の方で全力で魔法を使って魔力切れを起こしそうになるなんて計画性がないと馬鹿にされても仕方がない話だ。
それは俺やポールにも言える。
自分の体力と気力が頼りの剣士のポールと盾役の俺が、弱い魔物にまで全力で力を使うのは馬鹿だ。
全力で狩れば安全には狩れるだろうが、体力も気力も続かない。
迷宮攻略は短時間で終わる話じゃない。最短でも丸一日、長ければ何週間と籠り続ける場合もある。
そこで重要なのは自分の体調を管理し、体力や気力や魔力を上手く温存しながら効率良く魔物を狩り攻略を進めていくってことなんだ。
「その使い方を責めているわけじゃないんじゃ。じゃがな、上級魔法を覚えるにはお前さんが覚えている中級魔法の熟練度を全部上げないと出来ないんじゃよ」
「そう、なんですか」
「ああ、見たところ火も水もそれぞれ五つ以上の中級魔法は覚えておる様じゃ。違うかの」
店主、そんなことまで分かるのか。それともこれははったりだろうか。
店主の言葉に驚いて、俺は息を殺して二人の会話を見守る。
「覚えています。でも水の魔法は多分、二つ位しか熟練度を上げてないです。他は覚えてからあんまり使ってない」
「そうじゃろうな」
「火の方が覚えている数は多いんですが、それを全部ですか」
「そうじゃのう。火の魔法は最低五つの中級魔法の熟練度が上がり切っておらんと開けないと言われておるんじゃ。水は七つじゃな」
「水は七つ。そんなに覚えてないです。火は多分五つなら熟練度を上げてるとは思います」
こんなに情報を与えていいんだろうか、いいのかな、いいんだろうな。
今店主はジョンにかなり大事な事を教えてくれてる気がするし、これはトリアにもリナにも必要な情報だと思う。
「それならまずは火の魔導書じゃろうな。大変じゃろうが開けるまでは熟練度を上げたい魔法を優先して使う様にしていくしかないじゃろう」
そうは言っても今はあんまり中級魔法が必要な層にいないんだよなあ。まだ二十層の守りの魔物を狩ったばかりだから、暫くはリナの能力を上げるためにも二十層前後をうろうろすることになるだろう。
四人で三十層でボロボロになったし、ポールもまだ本調子じゃない。
リナが入って彼女の補助魔法にはかなり助けれてはいるけれど、まだ連携が上手く出来ているかといとそうでもない。補助魔法ありきで動くのに慣れていないし、前衛二人というのにもまだ慣れていない。
だから今の俺達で三十層の守りの魔物を余裕で狩れる様になるには、もう少し時間が掛かりそうなんだ。
ドニーは一人であの魔物を狩れる様になってるっていうのに。
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