ユーナの秘密5

「なんだか豪華だな」

「ええと、一応自分で自分をお祝いしてみました。それと今までのお礼とこれからもよろしくお願いしますというか……そんな感じです」


 照れた様な顔でユーナは料理を並べ終えると、最後に鮮やかな色の花柄の布に包まれた物を取り出した。


「ええと、こっちは鶏肉に粉を付けて揚げ焼きした物を甘辛いタレで味付けしました。こっちはオークキングの薄切りでゆで卵を巻いてトマト味で煮込んだ物です。これは茄子を薄切りにして角兎のひき肉を間に挟んでグラタンにしました。熱いので気を付けて下さいね。こっちはキャベツの中にひき肉を入れて巻いたものをスープで煮込んだものです。あとこれは人参とブロッコリー? じゃないんですよね、名前なんだったかしら、温野菜と燻製肉のサラダです。こちらは細切り肉を炒めた物なんですけれど、こっちのレタスっぽい野菜で巻いて食べて下さい」

「迷宮で疲れているだろうに、随分頑張ったな」

「実はまだあるんですけれど、もうテーブルに載らないですね。あと、ヴィオさんのお口に合わないかもしれないですが。お願いがあります」


 布に包まれた物の結び目を解きながら、ユーナは何故か躊躇う様なそぶりで俺の顔を見た。


「お願い? ユーナが作った物で口に合わないものなんか無いと思うが」

「そう言ってもらえると嬉しいですけれど。これは私じゃなくて母が作ってくれたものなんです。収納は時間が停止しているので悪くなっているとかはありませんから安心してください」

「それは分かっているから大丈夫だ」


 布の結び目を解くと不思議な素材の箱が出てきた。

 ユーナが以前見せてくれたお茶の瓶の様な素材だが、こちらは白い蓋に何か文字が書いてある。俺がユーナの世界の文字だと思っている物とは違う物に見える。

 箱の部分は赤色で、こんな林檎よりも赤い色があるなんて驚き以外の言葉が浮かばない。


「これ、おむすびって言うんです。お米はヴィオさん知ってるって以前」

「ああ、だけど俺が知っているのはもっと長いな」


 ユーナが蓋を開けると中には三角の様な形の白い塊が並んでいた。

 これを見るとリナが違うと言った理由が分かる。

 同じだけれど別物に見える。あれは炊いても見た目がパサリとしていたからこんな風にまとまらないだろう。


「私、この世界に来た日友達と旅行に行く為に家を出たんです。新幹線っていう乗り物に乗って遠くに行く予定だったのですが、朝が早かったので母が私と友達の分おむすびを作ってくれたんです」

「そうか」

「収納に入れっぱなしにしていたらいけないとは思いながら、なんだか食べてしまうのが、その踏ん切りがつかなかったというか」


 食べてしまったら無くなってしまうから、そのまま収納に入れて置きたかったという気持ちも分かる様な気がする。


「ユーナ、無理しなくていいんだぞ」

「無理じゃないんです。私が見習いから下級に上がってちゃんと迷宮で自分で魔物を狩れたら、そのお祝いとして食べようって決めてたんです」

「お祝いか」

「はい。だから一緒に食べて貰えませんか」

「俺は食べずに、ユーナが少しずつ食べるんじゃ駄目なのか」


 ユーナが暮らしていた世界の食べ物、この世界でユーナが料理をしても向こうの世界の味になるとは限らない。しかもこれはユーナの母親が作ったというのだから、思い入れもあるだろう。


「もしも無くなるなら、一緒に食べて貰えた方がいいです。ヴィオさんにも味を覚えていて欲しいから」

「もしも?」

「あの、分からないんです。あの、こういうのおかしいんじゃないかって思うんですが、私の収納に入っている物。向こうの世界で私が持っていた物限定みたいなんですが、使っても減らないんです。減らないものがあるというか。理由が分からないんですけれど」


 使っても減らない?

 ユーナが向こうの世界から持ってきたもの限定だとしても、そんな事あるんだろうか。ユーナの能力が不思議すぎて言葉に詰まる。


「おかしいですよね。やっぱり変ですよね」

「それは勘違いじゃ無く?」

「はい。私が水仕事の後にクリームを塗っているのも、朝晩化粧水と乳液を使っているのもヴィオさん見ているので知っていますよね。どれも小さな入れ物に入っているのにまだ使えているの不思議に思いませんか」

「それは……」


 ユーナは確かに手入れを欠かさずにしている。

 いくつか同じ物を持っていて、だからまだ使えているんだろうと思っていた。


「ハンドクリームに化粧水に乳液、旅行先でバーベキューする予定だったのでその時に使う筈だった調味料等とか他の物も、使っても減らないみたいなんです」

「じゃあ、これも?」

「分からないんです。少し使うだけなら元に戻るのか、元に戻らないとしたら何が理由なのか。元に戻るものとそうでないものがあるのか、分からないんです」

「そうか」


 試しにこのおむすび? を食べて元に戻らなかったらユーナはどんな気持ちになるんだろう。

 食べてしまっていいのかどうか、判断が付かない。


「以前見せてくれた飲み物があっただろ、あれはどうなっているんだ」

「あれも、元に戻っていました。封も開いていないです」


 収納からユーナは以前見せてくれた瓶を取り出して見せる。

 確かに中身は蓋近くまで入っている。

 以前見た時は、中身が減っていたよな?


「これは元に戻ると言うのが分かっていますが、飲み切った後も同じかどうかは分かりません」

「ユーナが元々持っていた物がすべて元に戻るというなら簡単なんだが、今までは使い切ったものはないんだな」

「はい。どれも一度に使い切る様な物ではないので」


 言いながらユーナは料理を取り皿に取り分けて俺の前に置いてくれる。

 まだふつふつと熱そうな湯気が出ている茄子のグラタン。グラタンはユーナの得意な料理の一つで今までも色々なグラタンを作ってくれていたが、これも美味そうだ。

 そういえばリナもグラタンをたまに作っていたけれど、あれとは見た目が少し違う気がする。


「こんなのおかしいですよね。変ですよね」

「いや、そんなことないだろ。ユーナの収納は不思議なことが多いがそういうもんだって思っていればいい。むしろ今まで使っていたものがずっと使えるなら便利なだけだろ」


 おかしいというか不思議すぎる話だが、それを大袈裟に驚くよりもユーナが使い慣れた向こうの品がずっと使える方が大事だと思うから何も驚いていない振りをする。

 

「……冷めない内に食べてください」

「ああ、ありがとう」


 ユーナはしょんぼりとした風にしながら、無理をしていると分かる笑顔で首を横に振る。


「おむすびも食べてください。もし無くなってもヴィオさんと一緒に食べた結果なら多分受け入れられると思うんです」

「いいのか」

「はい」


 俺だったら多分、無くなってしまってもそれは当たり前で仕方がないことだと割り切れるが、繊細なユーナはそうじゃないだろう。

 食べた分だけ無くなった箱の中を見て、内心しょんぼりしながら大丈夫だと笑う姿が簡単に想像出来る。


「こっちは梅干しなので、ヴィオさんは驚いちゃうかもしれません。これはツナマヨだったと思います。こっちは鮭を焼いたものです。この茶色のものは焼きおむすびですね。おむすびを焼いてお醤油をつけたものです。この黒いものは海苔というものです。食べにくかったら外して食べて下さい」

「色々あるんだな」

「母が友達も分も作ってくれたので沢山あるんですよ」


 色々な味を沢山、ユーナの為に母親が作ってくれた物。

 それを今すべて食べて無くしてしまったとして、本当にいいのか。

 躊躇いながら一つ皿に取り、ユーナも一つ取ったのを見てから口を開く。


「ユーナ、残りは取って置かないか」

「え」

「ユーナが言っていた他の物と同じく元に戻るのかどうか分からないが、もし無くなるのなら今一度に全部食べるんじゃなく、これからユーナがこの味を食べたくなった時の為に取っておいてもいいんじゃないか」

「ヴィオさん」

「幸い、ユーナの収納は時間停止するんだから、悪くなる心配は無い」

「はい」

「俺が一つ、ユーナが一つ、後はどれかを半分ずつ。それで検証できるだろ」

「検証?」

「お互い全部食べてしまったら元に戻らないのか、半分残したらどうなのか」


 箱に入っているものを一つになっているのなら、中にあるものをいくつかとっても元に戻るのかもしれないし、それともおむすび一つ一つが個という扱いで、おむすび一つを全部食べてしまったらそれで無くなってしまうのか。

 食べきってしまっても元に戻るのか、それすら分からないのだから確認は必要だろう。


「それで元に戻っていなかったら」

「その時は、何かの時の為に残しておこう」

「……はい。ありがとうございますヴィオさん」


 笑うユーナの顔を見ながら、俺は頷いておむすびに手を伸ばしたのだった。

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