ユーナの秘密4

「野菜は、収穫出来る時期以外は乾燥したものがあるだけだ」

「乾燥野菜はどんなものが」

「葉物野菜が多いな。根菜もあるが、根菜は冬に収穫出来るものも多い。ユーナがよく使っているトマトは乾燥物はないから多めに買っておいた方が良いかもしれないな。後は果物か」

「分かりました。あの、どの程度料理はしてもいいですか」

「乗合馬車では出来ないが、長距離用の馬車だと休憩場では煮炊きが出来る。俺のマジックバッグもユーナの収納も時間停止するんだから、好きなだけ買うといい」


 ユーナは収納からだろう、一目で上質だと分かる紙が束になった手の平程度の大きさなのものと細い棒を取り出した。


「今は九の月の初めで、一年は十二か月でしたよね。トマトはいつ頃から市場に出始めますか」

「この辺りなら四の月の終わり頃からだが、北だと半月以上遅いだろうな」

「そうすると六月と考えていた方がいいんですね、ええとそうすると余裕を持ってと考えると十か月弱……」


 ぶつぶつと呟きながら、ユーナは細い棒で文字を書き始めた。

 この国で手に入る上等な紙より、余程丁寧に作られている様に見えるそれに書かれる文字は迷宮で見たものの様な文字で、色は赤色?

 

「それはユーナの世界の筆なのか」

「え、筆? ああ、ええとそうですね。ボールペンっていうものです。黒、青、赤三種類の色が一本にまとまっているんですよ」

「凄いな」

「凄い、んでしょうね。私にはあって当たり前だったので、骨筆? に驚きましたけれど。魔物の骨で出来ているんですよね、あれ」


 ボールペンというものを俺に手渡して、使い方を教えてくれながらユーナは何故か笑っている。


「ライさん、私が骨筆に戸惑っていたら羽ペンを出してきてくれたんですよ。結局骨筆をお借りしましたけど、多分ライさん気を遣ってくれたんですよね。私分からなかったんですが、ヴィオさん理由分かりますか」

「ああ、上流階級の女性は骨筆は使わないと聞くから、それでユーナが戸惑っていると勘違いしたんだろうな」


 ギルド登録する時は俺が登録申請書をユーナの代わりに書いたから、ライのところで初めてこの世界の筆を見たんだろうからそりゃ戸惑うだろう。

 なにせ、ユーナの世界の筆はインク壺を必要としないし、こんなに鮮やかか赤色の文字が書けるんだから。


「上流階級? 私生まれも育ちも一般人ですけれど」

「ユーナはそう見えるってことだ。手入れが行き届いた手に髪をしているからな、化粧をしなくても目立つ」

「あの、それって服と同じ意味ですか」


 恐々とユーナが聞くのは、自分が異世界から来ていた丈の短い服のことがあるからだろう。


「違う違う。気が付いているかどうか分からないが、この辺りの人間は髪や手を手入れする余裕なんかないから、手荒れしていないだけで水仕事をしなくていい身分の人間だと思われるんだよ。ユーナには当てはまらないがな」


 なにせ、宿に泊まっているというのに殆どの食事を作っている。

 この辺りで食べられる料理とは少し違う、でもかなり美味い物を作るので女将も料理人も美味い物を味見が出来ると喜んで調理場を貸してくれる程だ。


「手荒れしていないだけで、そんな」

「俺は上流階級、裕福な平民や貴族の女性がどんな手入れをしているのか分からないが、平民はあまり熱心にはしていない。指定ないというよりそういう物が高くて手に入らないというのが正しいのかもしれない。冒険者の女性は買えるだけの財力があっても怪我なんかは回復薬で治してしまうから、あんまり熱心にはやっていない感じだな」

「目立ったらいけないですか」


 不安そうな顔でユーナは俺に聞きながら、指先を俺から隠そうとでもするように、手をテーブルの下に下ろしてしまう。


「いいや、手入れに気を遣う女性が皆無なわけじゃない。ただ、少し目立つかもしれない程度に覚えておけばいい」

「少し目立つ。そもそも私の顔立ちがこの国の方とは違うから、そう考えれば今更ですか」

「まあ、顔立ちとかも目立つ理由の一つではあるな」


 ユーナが言っている顔立ちというのは、系統というかこの世界の人族とは違うと言いたいんだろう。

 だが、それよりもっと違う意味があるんだよなあ。なんて言ったらいいんだろう。


「理由の一つ、ですか」

「そう、そもそもユーナの顔が整っているというか、綺麗だし可愛いから目立ちやすいというのもあるんだが、それとは違って……何ていうのかなあ。ん? ユーナどうした顔が赤いぞ」


 ユーナは何故か顔を赤くして、あーだのうーだの言っている。

 なんだろう、暑いわけじゃないよな。


「ヴィオさん、割とそういう人ですよね」


 俺が急に顔を赤くし始めたユーナを心配していると、大きなため息をついた後で、何故だか残念な人を見る様な顔で俺を見ながらそう言った。


「そういう?」

「悪気がないのも意図的にしているわけでもないのも分かってますけれど、ヴィオさんそんな言動繰り返しているといつか女性に刺されちゃいますからね」

「俺、なんかユーナに失礼なことしたか、ごめん気がついてなかったが、不愉快だったか」


 今の話の流れだと、顔について言ったのが悪かったのか?

 怒らせるつもりはなかったんだが、ユーナも若い女性なんだから気をつけないといけなかったよな。


「そういうんじゃ無くて、その綺麗とか可愛いとか、そういうのは気軽にあちこちで言っていいものじゃないと思うんですけれど」

「気軽にあちこちでなんて言ったりしないが」


 そんなに軽い人間じゃないつもりだ。


「気軽じゃない、なら、なんで」

「ユーナは可愛いし綺麗だからそう言っただけだ、だから目立ちやすいし覚えられやすい」

「だから、そういう言い方は。あぁ、もういいです。ヴィオさんはそういう人ですよね。でもヴィオさんの事理解しつつある私だからいいですけれど、他の人には言ったら駄目ですよ誤解されちゃいますから」


 誤解って、こんな気があるみたいな言い方ユーナ以外には……あ、そういう意味か。

 ユーナに言われてやっと理解した。


「そういう意味で言ったんじゃないし、こんな事を言うのはユーナだけだ」


 危ない、自分が今までどれだけ無意識にやらかしていたのか今ので良く理解してしまった。

 ユーナへの気持ちを自覚したばかりで、でも伝えるつもりは無いというのに俺は何をやってるんだ。


「わ、私だけ」

「ああ、俺はユーナの保護者みたいなものだしこれからバーティーを組んでずっと一緒にいるんだから、思ったことは隠さない。俺はユーナが可愛いと思うから、そう言うって事だ」


 好きだとか、だからこそ大切にしたいとかそんなのは絶対に口にしない。

 ユーナが迷宮の文字を探したいというのは、帰りたいからだ。

 だとしたら、俺が気持ちを伝えて良いことなんて一つもない。

 そもそもこれだけ年が離れている男にこんな風に思われていたと知ったら、気持ち悪いまではいかなくても負担になるだろう。


「ヴィオさんて、良いです。分かりました綺麗でも可愛いでも美人でも、いくらでも言ってください。私は褒められて成長するタイプですから。遠慮せずに褒めてください。あーもうっ、夕食食べますよ!」


 何故だか睨むようにユーナはそう言うと、いきなり収納から大皿に盛った料理を机に並べ始めたのだった。

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