ユーナの秘密2

 色々悩みつつ地図を見て、この町の後はどの迷宮を目指したらいいかと考えている内にユーナが料理を終えて戻って来た。

 

「ヴィオさん、この町の迷宮の攻略を終えたら他の町に向かうんですよね」

「ん? ああ、そのつもりだが」


 俺が地図を広げていたからなのか、ユーナは手にクリームを塗りつつ聞いて来た。

 クリームに付けられているという花の様な匂いがするこれは、手荒れしない様にするための物だそうだ。

 女性の手入れ用品等詳しくないからこの世界に同じものがあるのかどうか分からないが、ユーナが持っている物が無くなったら似たようなものが手に入るのだろうかと不安になる。

 小さなチューブという物に入ったクリームは一ヶ月以上使っているが、無くなる様子が無いからかなり持つのかもしれないが、あれが無くなって手入れの為の物が手に入らなくなったら、ユーナの貴族の令嬢と思われる程の綺麗な手が荒れていくかもしれないと考えると少し切ない気持ちになってくる。

 ユーナは起きた時と寝る前に、顔にも化粧水と乳液と美容液というものを塗っているし、出かける前には日焼け止めも使っている。

 こちらも今はまだ無くなる様子は見えないが、使っていればいつかは無くなるだろうしどれも小さな瓶に入っているから、その日が来るのは早いだろう。

 一つ目熊の熊の手は、貴族女性が肌の為に熊の手の煮込んだものを食べるというのは知っている。

 わざわざ熊の手を取り寄せ煮込んで食べる位の手間を掛けるなら、肌を手入れする為の物もそれなりにあるんだろうか。

 だが、それを平民も手に入れられるのかどうかは分からないんだよなあ。


「ヴィオさん?」

「ああ、ごめん。次どこに向かおうかって……あのさ、ユーナに教えていなかったことがあるんだ」


 今が話す時なんじゃないかと、マジックバッグにしまっていた紙を取り出すとユーナの前に広げる。


「これは?」

「この迷宮の三十層、一つ目熊を大量に狩った後に壁に出て来たものだ」

「日の本、葦原の中つ国、言の葉の幸う……日本語、どうして、どうしてこれが!」

「分からない。これはユーナの世界の言葉なのか」

「日の本、葦原中国、言霊の幸う国はどれも私が住んでいた国を意味する言葉だったと思います。日の本は有名ですが他の二つは古典の授業で先生に聞いた程度なので自信はありませんが、確かそうだったと」


 こて……ん? ユーナが今話した言葉は上手く聞き取れず意味が良く分からなかったし、ユーナが紙に書いた文字を読んだ言葉も良く聞きとれなかったが、ユーナの世界で意味のある言葉なんだということだけは分かった。


「ヴィオさん、どうして今まで」

「これを見たら現物を見たくなるかもしれないだろ。だからユーナが迷宮に入れる様になるまで教えなかったんだ。ごめん」

「それは、それはそうですね。今すぐこれを見に行きたいと思ってしまいました。だって他にも何か、もしかしてこの他にも」

「ユーナ、落ち着け」


 こうなるのは分かっていた。

 当然だろう、リナだって帰る手がかりがないかとずっと探していたんだ。

 探して探して、でも何も見つからなくて諦めてしまった。

 この世界に来た時に子供だったリナは、この世界で数年過ごし大人になってしまった。それだけの年月を生きながら探しても見つからなかったのだから、帰る方法は無いのだろうと諦めたけれど、それでも元の世界への未練はきっと残っている。

 この世界に来て一ヶ月程度のユーナが手がかりを欲しがるのは当たり前の話だ。


「だって、日本語。だって、だって」

「これは一つ目熊を一体狩っただけじゃ出てこないんだ。何体も何十体も狩って漸く壁に出て来る。だが、出て来ても三十層から外に出てしまうと消えてしまうんだ」

「え」

「どうしてこれが迷宮に出るのか分からない。これがあの迷宮の壁に出る条件は一つ目熊を大量に狩ることだと俺は思っているが、他にも何か条件が本当はあるのかもしれないし、他の迷宮でも同じように文字が出るのか出ないのか、それも分からないんだ」


 俺が話す間、ユーナの大きな瞳から涙が溢れ出て来た。

 ぽたぽたと涙の雫が落ちて、ユーナは自分が泣いていることに気が付いていないのか涙を拭うこともせず俺の顔をじっと見つめているだけだ。


「これしか、書かれていなかったですか」

「ああ、三十層をくまなく探したがこれしか無かった。十層と二十層でも同じ様に大量に守りの魔物を狩ってみたがこちらには出なかった」


 守りの魔物がいる層以外では試していない。

 それをやって出て来るか分からないし、その層の壁や天井を全部確認するなんて不可能に近い行いだからだ。


「十層と二十層には出ずに、三十層だけ」

「ああ」

「じゃあ、他の迷宮、他の迷宮なら?」

「出るかどうか分からない。全部の迷宮に何かしらの言葉が書かれているのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。一つ一つ確認していくしかない」

「確認、一つ一つ」

「条件がすべて同じとも限らないし、ここの町の迷宮の様に最上層にだけ出るのかどうかも分からない」


 分からないことだらけだが、この町の迷宮で偶然見つけただけなのだから仕方がない話だ。


「この町の周辺にもいくつかの迷宮がある。これは俺が今まで旅をしながら書いた地図だ。ここがこの町、こっちはユーナと出会ったヤロヨーズの町ここにも下級迷宮がある。その他だとここと、ここが比較的近い場所にある迷宮だな。どの迷宮にもあるのかどうか分からないが、ユーナならどこから確認していく?」

「え、あの。ヴィオさん」

「俺はこの辺りの迷宮は全部攻略してるから、俺だけなら転移の門でどの迷宮もすぐに守りの魔物と戦って文字が出るかどうかの確認は出来る。だが、ユーナは入ったことがないから一層から攻略していかないといけない」

「あの、もし私が自分で見たいと言ったら?」

「一緒に攻略するに決まってるだろ。条件が一つ目熊と同じなら大量に守りの魔物を狩らないといけないんだ。ユーナ一人にさせるわけない」


 俺がそう言えば、ユーナは驚いた様子で俺を見てそして驚き過ぎたのか涙が止まった。

 良かった。

 ユーナに泣かれると、どうしていいのか分からなくて焦る。

 だから泣き止んでくれたのは正直助かったとしか思えない。

 俺もいい年なんだから、こんな程度で焦るのもどうかと思うんだが、ユーナが泣くのはどうも苦手なんだ。


「なんで驚いてる」

「だって、ヴィオさんが私と一緒に迷宮攻略して手がかりを探すのを手伝ってくれるつもりみたいに聞こえるから」

「そのつもりだが」

「どうして」

「一緒に探すって約束しただろ。忘れたのか」


 ユーナと出会った最初の夜、一人で泣いていたユーナを慰めながら帰る方法を一緒に探すと約束したんだ。

 リナと一緒に探して探して見つからなくて諦めたけれど、諦めず探したらもしかしたら見つかるかもしれない。そう話して約束した。

 

「忘れてません。覚えています、でもどれだけ掛かるか分からないですよ。私、私の為にそんな手間と苦労をヴィオさんに掛けさせるわけには」

「なんだ。俺は不要か? 役に立たないか。年は取ってるがまだまだ戦えるつもりなんだがなあ」


 不安そうな顔のユーナに揶揄う様にそう言えば、ユーナは何度も首を横に振りながらまた涙をこぼし始めた。

 ああ、そうか。

 泣くユーナを見て、俺は自分の気持ちに気が付いた。

 一人で真っ暗な廊下の床に蹲り声を殺して泣いていた、ユーナの姿を覚えているからだ。だから泣かれるのが苦手なんだ。悲しそうに辛そうに泣くユーナを覚えているから、もうあんな風に泣かせたくないと。


 俺は、ユーナが好きなんだ。

 多分、だから泣かせたくないし守りたいと思っているんだ。


「探して、一緒に探してくれますか。私、私諦めなくちゃいけない。ここでこの世界でずっと暮らさなきゃいけないんだって自分に言い聞かせていたけれど。でも、でも私、私は……」

「探す。一緒に探すって誓う。あの時は本当に見つかるか分からないと思っていたが今は違う、こうして手がかりかもしれないものを見つけたんだ。諦めず探せば見つけられるかもしれない。なら、一緒に探そう」


 立ち上がり、泣き続けるユーナに近付いて小さな頭をそっと抱き寄せる。

 

「ヴィオさん、ありがとうございます。ありがとうございます」

「早く見つけたいと焦るかもしれないが、一つ一つ迷宮を攻略して確認していこう」

「はい」

「まずはこの町の迷宮だ。ユーナが我慢出来るなら今日みたいに……」

「い、いいです。それは大丈夫です。ちゃんと自分の足で歩いて一層一層そうやって攻略していきます。早く三十層に行きたいですけれどでもちゃんと自分の足で」


 慌てた様に言うユーナから手を離して、焦るユーナの顔を覗き込む。

 泣いて真っ赤になった目が痛々しいが、俺に出来ることなんてこうやって約束する位しかない。


「じゃあ、頑張ろうな。一つ一つ迷宮を攻略していけばきっと手がかりが見つかる」

「はい。ヴィオさん、ありがとうございます」


 ポンと頭に手を置いてすぐに手を離し、椅子に座り直す。

 気が付いた気持ちは、伝えずにいよう。

 こんな気持ちは、ユーナを困らせるだけだから忘れてしまおう。

 苦笑いしながら俺は、地図を指さし他の町の迷宮について話始めたんだ。


※※※※※※

やっとヴィオが自分の気持ちに気が付きました!

ここまで長かった……。

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