ユーナの秘密1

「ユーナ、疲れてるだろ無理するな」

「大丈夫ですよ。お昼はお店で食べましたし、夜は作りたいんです」


 昼は初めての迷宮入りを祝って、この町で人気だという店で食べた。

 魔物肉を使っている割にはそれほど高くはなく、根菜と一緒に柔らかく煮込まれた魔物肉のシチューとパンが売りだ。

 大抵の店が朝まとめてパンを焼いておくか、パン焼きを専門にしている店に頼むのに対しこの店は専門の職人が一日に四回焼くのだという。

 朝は店内では食事は出来ず数種類のパンを売るのみ、昼と夜は焼き立てのパンと一緒に食事が出来、明日の朝食べる為のパンも買える。

 なかなか商売上手だと思う。

 人気のシチューと焼き立てのパン等を食べた後、孤児院で子供達と遊んでから宿に帰ってきたわけなんだが、椅子に座って少し休んだだけでユーナは調理場に行くと言い出した。

 宿の泊り客に出す為の料理を作るには少し時間が早いから、ユーナは今なら調理人達の邪魔にならないから心置きなく料理が出来ると言うのだ。

 迷宮を出た後あんなに疲れた顔をしていたのに、大丈夫なのかと心配になるというものだ。


「無理するな」

「無理じゃありません。もやもやしてる時は料理している方が落ち着くんです」

「もやもや?」

「魔物の大発生とか、ラウリーレンの行方とか。ポポちゃんにまた何かしたりしないでしょうか」


 ポポのことは精霊王に任せているから大丈夫だとしても、羽を残して逃げたというラウリーレンの行方は確かに気になる。

 何故ギルに許しを願うのでは無く、自分の格を落としても逃げようと思ったのか、まずその理由が分からない。

 もしかするとギルは理由に気がついていて俺達に言わないだけなのかもしれないが、ラウリーレンが狙っていたユーナの魔力を諦められないというものなら、対策を考えないといけないだろう。


「ポポは精霊王のところだから、何かされるというのは無いと思う。精霊の国にラウリーレンは入れないとギルは言っていただろ」

「それはそうですけれど、不安なんです」

「ポポの最終契約が終わったら精霊の国に迎えに行くんだから、ラウリーレンが何かしたくてももう出来ない。だからポポは大丈夫だ」


 そうは言ってもそれなら何のために逃げたのか、理由が分からないから気にするなと言っても無理だろう。

 それなら思う存分料理させた方がいいのかもしれない。


「大丈夫、でしょうか」

「大丈夫だから、調理場に行って来いよ。上の空で包丁使って怪我するなよ」

「しませんよ、しても治せるから大丈夫です」

「お、ユーナも言うようになったな」

「ふふ、私これでも成長してるんですよ。じゃあ髪を結い直したら調理場に行ってきますね」


 笑うとユーナもにこにことしながら収納から鏡や櫛を取り出すと左側にまとめて一つに結っていた髪をほどき後ろで三編みに結い直し始めた。

 着替えの時は当然俺は部屋を出て、ユーナ一人にするが髪を直す程度ならもうユーナも俺も気にしなくなっている。

 初めの頃は少し気まずげにしていたが、それだけお互い慣れてきたって事だ。


「よし、これでオーケー。行ってきますね」

「ああ」


 収納から取り出した鏡で髪を確認した後、道具を仕舞い立ち上がり部屋を出て行った。

 わざわざ三編みに結い直すのは、万が一髪が食材に触れたり抜け落ちた髪が料理に入ることが無い様にというユーナなりの心配りらしい。

 そういう配慮なんて聞いたことが無かったから驚いた。

 この世界の料理屋なんて、髪を結うこともせず料理するのが当たり前だし野営なんてしていたら髪の毛どころか土埃すら入ることもあるし小蝿が飛んでいても手で払い除ける程度だ。

 俺の感覚からすればユーナは気を遣いすぎなんじゃないかと思いながら、ユーナがいた世界はそれが普通の行いなのかと考えた。

 リナは髪を後ろで一つに結ぶのが常だったから俺が気が付かなかっただけで、本当は彼女もこういう気遣いを当たり前にしていたのかもしれない。


「感覚の違いか」


 一人になった部屋で、マジックバッグからあの文字を書いた紙を取り出し眺める。

 今日は無理矢理とはいえ十層まで行った。

 明日からは十層より上の攻略を目指す。

 十層の守りの魔物をユーナは一人で狩った。

 流石に一度の魔法でとは行かなかったが、魔物が攻撃魔法で怯んでる間に防御魔法を自分に掛ける余裕すら見せて、危なげなく狩る姿は見事の一言だった。

 あれなら二十層までも余裕で行けるだろうし、それより上も俺が一緒なら大丈夫だろう。

 そうなると問題は、三十層の一つ目熊だ。

 この文字が出る条件は多分、一つ目熊を繰り返し狩る事だと思う。

 そうなるとユーナが怯えたあの狩り方を、森に比べたら狭苦しい三十層でやらなければならない。

 しかも、ユーナが攻撃を受けたら条件に当てはまらない可能性もあるしそもそも、一つ目熊の攻撃を受けたら少々の怪我では済まない。


「攻撃なんて俺が防げば良い話か」


 一つ目熊が現れてすぐに全部狩ればいいし、なんなら最初の一体を狩った後、ユーナを転移門のある出口近くに避難させておいてもいいのかもしれない。


「問題はいつ見せるか、だな」


 例えば今見せてユーナは落ちついていられるだろうか、迷宮で魔物を狩れると分かったから後は三十層まで行くだけだ。

 それならユーナの頑張り次第では数日で行けるかもしれないし、どうしてもすぐに見たいと言うなら今日と同じ様に俺が抱き上げて走ればいい。


「それなら今日見せて話をしてもいいのか」


 紙をいくら眺めても、俺にはこの文字が読めない。

 意味のある言葉なのか、ユーナの世界の文字に似ているだけで違うものなのかの判断も俺には出来ない。


「もしこれが確実にユーナの世界の文字で、何か意味のあるものだと分かったとしてその後はどうする?」


 行けるだけ他の迷宮に行って同じ様に文字が出る場所が無いか探す? ここから近い迷宮は来た道を戻るならヤロヨーズの町の下級迷宮か、ポール達のいる町の中級迷宮だ。

 後は少し進んで馬車で十日弱離れた町にある下級迷宮とそこから更に馬車で数日掛かる村の下級迷宮になる。

 手当り次第入って確認していくしか無いのかもしれないが、中級上級はともかく名無しの下級の迷宮はあちこちにある。

 全部を見ようとしたら、何年掛るか分からない。


「下級の迷宮だけで解決すればいいが、中級、上級にもあるとしたら? 俺だって上級は入れないぞ」


 マジックバッグから手製の地図を取り出し、迷宮の位置を確認していく。

 俺が旅をしながら大雑把な町の位置と迷宮について記していたもので、地図と呼ぶにはかなり雑な内容だが俺には大事なものだ。

 詳しく町の位置等を記したものなんて、平民が手に入れられるわけがないから、こうやって作るしかない。


「馬車で一ヶ月程度の場所だけでも、七つあるのか」


 ヤロヨーズもこの町も、一つ目熊の熊の手を集める様依頼してきた男爵が治めている町だがその他もう一つ男爵領にある。

 ここから南に行ったところは別の貴族が治めている町だが、昔行った記憶だと治安があまり良くない印象だった。

 確か治めている貴族が良い噂がないとか何とか聞いた覚えがあるから、もしかすると更に悪くなっている可能性もあるかもしれない。


「さて、どうするか」


 文字を書き写した紙をいつ見せればいいのか、見せた後どうするのか。

 決断が出来ないまま、俺は地図を見続けていた。


※※※※※※※※※

ギフト頂きました。

ありがとうございます!

そしていつの間にか、作品のフォロワーさんも五千人超えしていました。

読んでくださる皆様、ありがとうございます!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る