ギルの考えとラウリーレンの行方

「一層で魔物の大発生、その結果がこれですか」


 一層で魔物が大発生した後、念の為二層から十層までの状態を確認したという俺の話を聞いた後、ギルは眉間に皺を寄せて机の上の魔石の山を見つめた。

 机の上にあるのは魔石だけだ、これ以外に落ちた素材はまだマジックバッグの中に入っている。量が多すぎて机の上にすべて載せられなかったからだ。


「ちなみに、これも全部ユーナが狩ったのですよね。ヴィオの討伐記録が無いのですから事実だと分かりますが、ユーナは広範囲の攻撃魔法は覚えていなかったのではありませんか? ヴィオ、無茶をさせすぎですよ」

「あの、今日火炎の輪を覚えたばかりなんです。今日はずっと火球で魔物を狩っていたお陰で、火炎の輪が途中から使える様になったって気が付いて」

「火炎の輪を、本当ですか。一層で火球以外は使わなかったのですね」


 ユーナの話にギルが驚きの声を上げた。


「はい。失敗も多かったですけれど、ギルドの鍛錬場で一番練習していたのが火球だったので他の魔法より慣れていましたし、迷宮鼠も迷宮兎も火属性に弱いみたいだったから」

「一度の火球で狩れましたか」

「はい。詠唱短縮のお陰なのか杖を持っていても失敗しなかったですし、外れることもありませんでした」


 ユーナの魔法は外れない。魔物に吸い込まれる様に真っ直ぐ魔物に向かって発動される。ポール達と出会った当初、魔法使いのジョンは攻撃魔法がなかなか魔物に当てられなくて苦労していた。動きの速い魔物だと詠唱そのものが間に合わなかったというのもあるが、例えば迷宮鼠みたいな体の小さな魔物には当たりにくいとぼやいていた覚えがある。

 だけどユーナは離れたところにいる魔物も、魔法に集中出来なそうな状態でも外すことが無かったんだ。

 これはユーナの魔法の腕が当時のジョン上なのか、他の理由があるのかどうか分からない。


「初めて魔物を火球一つで狩れるというのは、少し魔力過剰で発動している気がしますが、既に火炎の輪を覚えるまでに熟練度が上がっていたのなら、適度な魔力量でも威力が高くなっていたのでしょうかね。ところで迷宮で魔力回復薬は幾つ使いましたか?」


 ギルの質問に、ユーナは首を傾げた後俺の方を見た。


「使っていないな」


 ギルに何をどこまで秘密にしたらいいか分からなかったんだろうと判断して、俺が答える。


「また無茶を、ユーナ気持ちが悪くなったり疲労を強く感じたりはしていませんか」

「ええと、はい。気持ち的には疲れていますがそれは魔力が減り過ぎているのとは違うって分かっていますので。ヴィオさんが我慢させたとかそういうのじゃありません」


 魔力切れになりかかっていたら、俺でも流石に分かるから魔力回復薬を飲ませず我慢させるなんてことは、流石の俺でもしない。


「感覚的にどの程度使ったか分かりますか?」

「使ったのがどれくらいか分かりません。そうですね、火炎の輪をまだ十回以上は使えそうな気はします」

「ユーナは魔力量が多いと思ってはいましたが、そこまで多いとは」

「多い、のでしょうか」


 何か言いたげにユーナは俺を見るが、取り敢えず今は迷宮の話だ。


「で、ギルはどう思う。十層までしか確認していないが、魔物が大発生していたのは一層だけだった。あの時あの場にいたのが俺達だから良かったが、もし他の奴らだったら今頃は大惨事だぞ」

「十層に辿り着いていない子達が大量発生に対応できるとは思えませんから、そうなるでしょうねぇ」


 迷宮に入る冒険者の殆どが十層に辿り着いていないこのギルドの状況で、一層で魔物が大発生するというのは例え相手が弱い部類の魔物だとしても大問題だ。

 大発生したのが一層の奥側に位置する場所だったし、あいつらの変な気遣いで誰も迷宮に入っていなかったから今回は上手く片付いたけれど、そうでなければどれだけの死傷者が出たか分からない。


「二層から上は問題なかったのですね」

「ああ、駆け足で確認した程度だが静かなものだったぞ」

「駆け足でって、まさかユーナも?」

「ユーナは俺が抱き上げて走った」


 ユーナは魔法を上手く使えていたし、収納の能力で離れた場所の魔石も仕舞えると分かったから、ユーナを下ろすことなく確認出来たから、時間はかなり短くて済んだ。 


「まさか、その状態でユーナに魔法を使わせたと、ヴィオ。君は自分が大丈夫だからとユーナに無理をさせすぎですよ。誰も彼もがヴィオの様に体も精神も頑丈ではないのですし、ユーナは今日が初めての迷宮攻略なんですよ」

「それはそうだが」


 俺なりに気を遣ってはいたつもりだし、ユーナだって別に不満は無かった。……よな?


「ユーナ?」

「大丈夫です。この程度で駄目なら今後ヴィオさんとやっていけませんから」


 何だろう、ユーナの静かな笑顔が出来の悪い子を見る母親みたいに見えるのは俺の気の所為なのか。


「いいのですか、ユーナ。無理な時はそう言わないとこの手の男はどんどん自分勝手にごり押ししますよ」

「ありがとうございます。ちょっと精神的には疲れていますけれど、こういう人だと分かっていれば対処のしようもありますから」


 なんだか急にユーナの俺に対する認識が酷くなって来た気がする。

 これはどう考えたらいいんだろう。


「それよりもヴィオさんの体力にビックリしました。私を小さい子供を抱っこするみたいに片腕だけで抱き上げて、迷宮の中を二層からずっと全力疾走して息も切れないんですもの」

「そりゃ鍛え方が違うからな、ユーナは軽いし苦にもならないさ」


 ユーナは重いだろうとしきりに心配していたが、俺にしてみたらあんなに軽くて大丈夫なのか不安になる程だ。

 ユーナは食も細いからなあ。


「ユーナ、嫌なら嫌、駄目なら駄目だとハッキリ言えるようにならないと、今後あなた自身がが苦労するのですからね」

「大変なのは想像出来る気がしますが、ヴィオさんはヴィオさんなりに十分気を遣ってくれているのも分かっていますから大丈夫です。でも心配して下さってありがとうございます」


 どうもギルの中では、俺はかなり無茶苦茶な人間になっているらしい。

 まあ、俺自身はどう思われようが構わないのだが。


「それでどう思う。今まで似たような事が起きたことはあるのか」

「私がこのギルドの長になってから、人であれば一生を生きる時間は経ったと思いますが記憶にはありませんね。魔物暴走が起きる程魔素が溜まっているとも思いませんし理由が分かりませんね」


 そんなに長いことギルマスをしていたとは知らなかったが、似たような事は無かったとすると人為的なものなんだろうか。


「そういえば変な臭いがしていたんだ。鼻に付く臭い。だが魔物寄せの香じゃない」

「臭いですか」

「魔物が好む草なんかあの迷宮には生えてないだろ。それに魔法で魔物を狩った後は消えてしまっていた」


 怪しいといえば、あれが一番怪しい現象だ。


「そうですか、その辺りラウリーレンがいれば詳しく聞けるのですが」

「そういえば檻が無いな、精霊王のところにでも預けたのか?」

「いなくなってしまったのですよ。残していた方の羽を残して」


 羽を残していなくなった?

 部屋の中を見渡しても、あの煩い精霊の姿は確かに見えない。

 だがどうやって?


「精霊が自分の羽を毟り取るのは、自分の格を一つ下げる行為になります。生まれ変わり格を上げるのですが、その逆を行ったわけです」

「つまりどうなるんだ」

「私は檻に今まで私と共にいたラウリーレンを拘束するものとして条件を付けていましたが、格が下がったラウリーレンはその条件から外れる為に逃げることが出来たのです」

「それはつまり、契約を破棄した?」

「契約はそのままです。離れていても絆も残っていますが、あの子は何か細工をしているらしく私には今のラウリーレンがどこで何をしているか分かりませんし、呼び寄せる事も出来ません」


 そんな事があるんだろうか。

 あれ、じゃあもしかして迷宮の魔物の大発生はラウリーレンが仕組んだことなのか?


「羽が無くても移動は出来るのかしら」

「姿を見ていないので不確かですが、長距離は無理でも短距離なら転移出来る筈です」


 それなら迷宮に転移した可能性もあるのか、だがもしラウリーレンがそれをしたとして一体何の目的があるのか、考えても理由なんて分かりはしなかったんだ。

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