ポポと離れる6

「驚かせたかな、人族の契約者達」


 目の前に現れた精霊の、印象は緑。

 白い肌で腰までの髪色は晴れた空の様な色、赤にも金にも見える様な瞳なのに印象は何故か緑だった。

 全体的に細い、背丈はユーナと変わらないか少し低く見えるが、透明なトンボの様な四枚の羽で飛んでいる。

 男性なのか女性なのか分からない顔はラウリーレンに似ている気がするけれど、あれよりは柔らかい表情をしている気がする。

 精霊、ラウリーレンの大きさが最大なんじゃないんだな。

 なんて失礼な感想を抱きながら、ギルの方へ視線を向ける。

 人族の貴族の場合、平民は許可なく貴族と話が出来ないんだが精霊の場合どうなんだろう。


「精霊王、ポポの契約者であるユーナとヴィオです」


 俺達の名を呼んだ後、ギルが俺を見て小さく頷いた。

 これは話をしていい感じだなと理解して、口を開いた。


「初めてお目に……」

「君がヴィオ、そしてユーナだね。堅苦しい挨拶はいらないよ。精霊は人とは違う理で生きているからね。口調を改める必要も無い。むしろいつも通りに話をして欲しい」

「分かり、分かった。だがポポの契約者としての挨拶だけはさせて欲しい。今回ポポとの最終契約の為、俺達を精霊の国に迎え入れて頂き感謝します。俺はヴィオ、彼女はユーナ人族の冒険者をしています。よろしくお願い……」

「だから、堅苦しいって」


 挨拶を途中で遮り、精霊王は聞き分けのない子供を見るように笑っている。

 堅苦しいのが嫌と言われても、挨拶位はさせて欲しいんだが。


「精霊王、人族にはケジメというのもあるのですよ」

「だけど退屈過ぎて眠くなりそうで」

「あなたは相変わらずですねえ、困ったものです。ヴィオ達が驚いていますよ」


 やれやれとばかりにギルが精霊王に話す様子は、俺達にしている態度と変わりない。

 王と名が付く者に限らず人族の場合、上の立場の者達は大抵気難しくて、言葉遣いにもうるさい印象なんだが、彼? 彼女? は違うらしい。


「人族は面倒なんだねえ。言葉などどうでもいいものだろうに。ヴィオもユーナも生まれたばかりのポポが惹かれた者達だ、それなら私の子も同じだろう。緊張し畏まる必要がどこにある?」

「子も同じ。まあ、あなたの前では誰しも子供でしょうが」


 人族ではオッサンの部類に入る俺も、精霊王の前では子供扱いになるらしい。

 長く生きてるギルよりも精霊王の方が遥かに長い時を生きているんだとしたら、人族のたかだか三十年程度は子供扱いになるのか?


「それにしてもポポは急に力がついたね」


 いつの間にかポポは精霊王の方にいて、手の上でふくふくと丸くなっている。

 精霊王はなんていうか大雑把な感じがするが、ポポを見る目は優しい気がする。

 

「ええ、私の精霊の罪のせいです。ポポはそのせいで死にかけ二人に助けられました」

「罪か、確かにラウリーレンの罪だ。それでもポポは今生きているし、そのお陰でポポは力を得た。この力の増え方を見るに、四、五回の生まれ変わりをしたのと同じだろう。ポポの魔力からユーナの魔力を感じるね。ヴィオの生命力も感じる。成程二人の力と思いがポポの生まれ変わりを導いたのだね」


 ポポを見ただけでそんなことまで詳しく分かるとは、さすが精霊王といったところなのだろうか。

 ぼんやりとそんな事を考えていたら、突然精霊王の興味がユーナの方に向かった。


「それにしても離れていても分かるこの魔力、ラウリーレンが狂うのも分かるユーナの魔力は精霊にとって、芳しい花の香りそして甘い甘い蜜の様なもの」


 すっと、精霊王の手がユーナの頬へと伸びるから、俺は彼女の前に出ようとしてギルに止められる。


「ユーナ、君の魂はこの世界の魔に染まっていない。あまりにも清らかで、あまりにも優し過ぎる。生まれたばかりの無垢な赤子を精霊は好む、その身を親から隠し精霊の国へと誘う」

「私は赤ん坊じゃ」

「そう赤子の様に弱くない、ユーナの魂は赤子の様に清らか、だけど赤子以上に優し過ぎる。そして魂と同じ清らかで優し過ぎる魔力は赤子には無い強さを持つ。だから精霊、ラウリーレンは攫えないし誰からも隠せなかったからポポを騙し奪うしかなかった」


 ポポを左肩にするりとユーナの頬を撫でながら、精霊王はユーナの瞳を覗き込み何かを見ていた。

 ユーナは異世界から来た者だから、この世界に魂が染まっていないのかもしれない。

 精霊王には分かるだろうか、ユーナがこの世界の人間ではないことを。


「赤子は何も知らない。だから精霊の力で隠して精霊の国へと誘ってこれる。精霊の国に入る資格が無くても、こっそりと誘い込んで草花、木々達の糧にする」


 ユーナを見つめたままの精霊王に、緊張しながら俺はただ見守るしかない。

 精霊王の強さは戦っていなくても分かる。その強い相手にユーナが見られていると思うだけで、背中に冷たいものが流れていく。

 

「え? まさか命を奪うのか?」

「いいや、糧とするのは魔力。赤子の魔力は僅かでも、精霊には魅惑的な蜜。契約者を得られずこの国に暮らす精霊達はそうすることでしか人の魔力を食べられない」

「だが、魔素を吸収して自分の魔力に変えられるんだろう。それだけじゃ駄目なのか」


 精霊王の話に疑問が生まれる。

 ポポは生まれたばかりだから、魔素を自分の魔力に変えられないのだとギルから聞いたが魔力を自力で補充出来るなら、赤子を連れてきて栄養になんてする必要はないんじゃないのか。

 この話は人族の子供が幼い頃に親から言われる話に似ている。

 夜中まで起きていると精霊に見つかって連れていかれてしまうんだ。

 可愛い赤ん坊は生まれた時に、精霊に見つからない様にまじないをするんだ。

 精霊に見つかったら、二度と戻って来られないから。


「魔素を魔力に出来るけれど、それは精霊にとって最低限生きていく為だけのもの。赤子の無垢な魔力は彩りであり喜び」

「それは、契約者になりうるものなんじゃ」

「精霊が拐うのは人族の赤子、人の寿命は短いせっかく契約してもたった百年すら一緒には生きられない。それでは精霊の命も僅かな時間で消えてしまう」


 契約者と共に命を終えるのだとしたら、確かにエルフの様な長い時は生きられないだろう。

 人族ではなくエルフと契約するのは、生きる長さも理由にあるのか。


「それでもポポはユーナを選んだ。元々が弱い精霊だから本来であれば契約者等見つけられず消えていく定めだったけれど、ユーナの魂に引き寄せられて、魅せられた。そしてそれはラウリーレンも同じ、いいやそれ以上に惹かれて狂った」

「ギルと契約しているのに、なぜなんですか」


 ラウリーレンのは惹かれるというよりも、もはや執着に近いんじゃないかと思う。

 ユーナに執着し、魔力を無理矢理得ようとポポを騙した。

 ギルに知られたら怒られると分かっていて、そうしたんだ。


「ラウリーレンは力が強い。強すぎる」

「そんなに強いのか?」

「そうラウリーレンは強い、だが自分の強さに満足していない。契約者以外の魔力を望むのは己の器を大きくしようとしているから。器を大きくしたいという気持ちが先なのか、ユーナを見つけてしまったからそう望む様になったのか分からないけれど。ラウリーレンは欲をかき過ぎた。己が手にしている幸せに慣れ過ぎて、欲望に忠実になり望んではいけないものを望んでしまった」


 顔を歪め、精霊王はラウリーレンの罪について話す。

 人の子を精霊の国に連れてきてしまう精霊がいるんだから、ラウリーレンがしたことも実は精霊としてはそんなに悪いことじゃないと思ってるんじゃないかと、勘繰りたくなるが精霊王としてもあれは罪だと認識してるんだろうか。


「精霊王、ユーナは精霊に狙われ続けるのか?」


 今回はラウリーレンはギルがいたから、最悪の事態にはならずにすんだけれど、もしもユーナを気に入った精霊がユーナよりも力が強かったとしたら、俺からユーナを隠して攫えるんじゃないだろうか。


「ポポと最終契約をしてしまえば、いくら精霊がユーナを攫ったとしても魔力はもう奪えなくなりますから大丈夫ですよ」

「ギル、それは本当なんだな」


 この世界に慣れたらもしかすると精霊が好む魂と魔力では無くなるのかもしれないが、それがいつになるか分からないから心配なんだ。


「ええ、ただ暫くポポと離れることになりますから。その間だけは注意をしないといけませんけれど」

「注意。ああ、繋がりが弱くなった時にポポの振りをした他の精霊に奪われるって言っていた奴だな。それに注意すればいいんだな」

「ええ。精霊王。それ以外の心配はありませんよね」

「そうだね。ただポポは十日程預かる必要がありそうだね。生きながら生まれ変わりを経験したなんて前代未聞だから、ポポは急に増えすぎた力に振り回されてしまう可能性がある」


 具体的に何をするのか分からないから、俺達はポポを精霊王に任せるしかない。


「精霊王、ポポを頼む」

「二人とも、ポポと最終契約をして本当にいいんだね。二人はずっとポポといることを望んでいるんだね」

「ああ」

「はい。ポポちゃんと私達はずっと一緒です」

「分かったでは、二人の契約者の血をポポに貰おう。左手を出して」

「はい」


 左手を言われるがままに精霊王の前に出すと、どこからか現れた蔓草が俺とユーナの手を重ねてそれぞれに噛みついた。

 え、噛みついた?


「痛みがあるのは一瞬だけ。すぐに終わる」

「蔓草じゃないのか」

「色が変わる」


 俺達の手に噛みついた蔓草は、緑色が濃くなりやがて血の色に変わっていった。


「なんだこれ」

「血は力、ポポはこれからこの中に入り契約が完了するまで時を過ごす」


 しゅるしゅると血の色の蔓草は、目の粗い丸い籠に姿を変えていき最後にはポポをその中に閉じ込めてしまった。


「ポポちゃん」

「ユーナ、ヴィオ」


 籠の隙間からポポはくちばしを出し俺達の名前を呼んだ。


「ポポちゃん、契約が終われば出られるんですよね」

「そうだよ。この中でポポは自分が君たちと生きる事を近い、自分の魂に誓いを刻む。誓いは繋がりになり二人に届く。それが最終契約」

「俺達は離れていていいのか」

「離れていなければならない。離れていてもポポと二人の思いが同じなら契約は成る。逆に絆が紛い物なら契約は切れてしまう」

 

 これはその為の試練ということか。

 なら、俺達は絆を信じるしかないんだな。


「ポポ、頑張れよ」

「ポポちゃん、待っているわ」


 籠の中のポポに手を伸ばすと、ポポに向かって自分の力が抜けていくのが分かった。籠の中でもポポに食事を上げられるのか、それならいくらでも持って行けばいい。


「おやおや、ポポにそんなに食べさせるなんて。今は食事は不要だというのに」

「この二人過保護なんですよ」

「それはポポには幸せなことだ。さあ、二人は帰りなさい」


 精霊王とギルがくすくすと笑っている。

 笑いながら俺達の体は精霊王に飛ばされて、ギルドの執務室に戻されてしまった。


「ヴィオさん」

「待つしかないな」


 なんだか疲れた気持ちのまま、俺達は宿へと戻るしか無かったんだ。

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