ポポと離れる5

「門番達に気に入られるとは、珍しいですね」


 精霊の国は花畑と沢山の低木だけの場所にしか見えなかった。門を入って目に飛び込んでくるのは中央のあたりにある大きな湖と、その真ん中にある丘のようなこんもりとした場所に天に届くような高さの大木だった。


「気に入られたわけじゃないだろ」


 トレントキングの門番に貰ったものを左手で弄びながら、茶化すギルを睨む。

 何が楽しいのか、ギルは門番達と俺の会話の後ずっとニヤニヤ笑っている。


「私もヴィオさんは気に入られていたと思います。だって門番さん達ヴィオさんとお話している間、とても楽しそうでしたもの」

「そうか?」


 俺には子供扱いされていた様にしか思えないんだが、違うんだろうか。


「さっき貰ったこれで、トレントキングが相手をしてくれるっていうのが分からないんだがな」

「それはトレントキングの実です。トレントキングの最上位品の一つですが、これは討伐して得られるものではなく、トレントキングが生きている状態で奪うかヴィオの様にトレントキングから直接貰うかしなければ手に入らないと言われているものですね」


 魔物と戦っている間盗賊の能力の一つである『スリ』で魔物の素材を盗めるらしいが、今までその能力を持っている奴と組んだことがないから実際に盗んだところを見たことはない。


「トレントキングから盗めるのか?」


 トレントならともかく、トレントキングを狩ろうという時に盗む余裕なんてあるんだろうか。

 

「私も長いこと生きていますが、実際にトレントキングから盗めたという者を見たことはありませんね。それだけ難しいのでしょう」


 やはり盗むのは難しいのか、それならこの実はかなり貴重な物の筈だ。

 取るのが大変というだけで貴重にはなるだろうが、これの使い方はトレントキングを呼べるだけなんだろうか。


「難しいんだな。ちなみにこれはトレントキングを呼び出せるだけか」

「いいえ、そちらはトレントキングから実を手渡された場合のみだった筈です。奪った場合は生命の雫と同じ効果しかありません」


 取るのが大変な上、効果が生命の雫と同じならトレントを大量に狩った方が簡単だろう。トレントキングは中級迷宮の上位層に稀に出て来る魔物だが、トレントは中級迷宮で頻繁に出て来るし、トレントキングに比べたらだいぶ弱いからそういう意味でも素材集めがしやすい。 


「ふうん。じゃあ貰った場合は呼び出す効果が付くのか、そんなことまで良く知ってるな」

「トレントキングは最上位品でエルフの能力を上げる実を落とすのです。それ目当てで門番のトレントキングからその実を貰ったエルフはそれなりにいるんですよ」

「エルフの能力を上げる実か」

「ええ。トレントキングは自分に向かってくる者と戦うのが好きなので、先程のヴィオの様に接する者も好きなんですよ」


 自分に向かって来るのが好きというのは、強者の考え方な気がするが素材はトレントキングを狩って初めて得られる物だ。

 すでに仲間であるトレントキングを一体狩って、トレントを千体以上も狩った俺にこの実をくれたっていうのは、どうなんだろう。

 狩られるのを良しとしているんだろうか。


「仲間意識とかないのか」

「仲間意識。ああ、同じトレントキングを狩っても平気なのかということですか?」

「ああ」

「話せると言ってもトレントキングも魔物ですからね、同族とは言っても狩られた憎しみ等は持つことはありません。ただトレントキングの場合は特殊で、戦っている魔物の目や感覚を共有するのですよ。ですからヴィオがその実でトレントキングを呼びだし戦った場合、遠くの場所で門番達もヴィオと戦っている感覚を得られるのです」

「なんだそれ」


 植物系の魔物だから違うのか、それともトレントキングだけが特殊なのか分からないが、戦っている感覚を共有するのが楽しいのか?


「門番達は一生あの場に居続ける為、常に退屈しているのです。ですから気が向いたらトレントキングの相手をしてあげてください」

「してあげて下さいって言ってもなあ」


 さっきは夢中で何とか勝てたが、あれが何度も出来るかと言われたらまだ自信がない。


「そのうちな」

「いつでも良いですよ。人族に比べたらあれ達の命など永遠に近いですから」


 永遠に近い命が、ずっとあの場所にあり続けるのか。その生き方の意味を考えてでも、木なんて皆そんなものかと思い直す。


「忘れられる前には行くよ」

「ええ、そうしてください」


 にっこりと笑うギルに、いつでも行けると言い切れない自信の無さを見透かされている様で情けなくなる。

 なにせさっきはギリギリだったんだ。先にトレントを大量に狩って疲れていたなんてただの言い訳で、俺の技量不足で余裕が無かった。さっきトレントキングに強気で接していたのは実は虚勢でしかないのが心の底から情けないが、いつかきっと胸を張ってトレントキングに戦いを挑みたい。


「それでは精霊王のところに向かいましょう」

「ああ、精霊王はどこに」

「あそこです」


 ギルが指さしたのは、湖の真ん中にそびえる大木だった。


「あれは木に見えるが」

「あの一番上に精霊王の寝床があるのですよ」

「寝床?」

「寝床ですか?」


 俺とユーナはギルの答えに大木を見上げる。

 大きな大きな木だ。

 天まで伸びていると言われても納得しそうな程の大木、だいぶ離れたこの場所からも木のてっぺんが見えない。幹は大人が何人手を繋いだら一周出来るだろう、十人? いやもっとかもしれない。


「どうやって上に?」

「それは簡単です。精霊王よ、あなたの側に私達を迎えて下さい」


 ギルが両手を大木に向け、そう願った途端大木から一枝が伸びてきた。


「攻撃は駄目ですよ。あれは迎えです」


 咄嗟に剣に手を掛けた俺を止めながら、ギルは目の前に来た枝の先に手を触れる。


「さあ、行きますよ」


 しゅるりと枝が伸びて、俺達をぐるりと囲んだ。


「行くって、ギル。うわっ!」

「ヴィオさん、これ」


 俺達を囲い込んだ枝に締め付けられているわけではないのに、枝の拘束に抵抗すら出来ず体が宙に浮いた。


「大丈夫ですよ。精霊王が招いて下さっているだけですから」

「そうなのか」


 確かに敵意は感じられないし、今現在害されてもいない。

 落ちるんじゃないかという不安は無く、力強い何かに引っ張られる感覚だけがある。


「あんなに花が咲いて、凄く綺麗」

「あの花の一つ一つに精霊がいるのですよ。あれが精霊の寝床なのです。低木も同じく精霊の寝床です。精霊は人族の様な家を持たず、己の寝床としている草花があるだけなのですよ」

「ポポちゃんもですか」

「ポポはこの国に寝床を持ちません。ここに寝床を持つのは契約者がいない精霊だけです。ポポは毎夜精霊の国に帰ってきていましたが、精霊王の寝床近くに浮かび力を分けて頂いていたので寝床はいらないのですよ」

「そうか、精霊王に力を分けて貰う精霊は多いのか」

「いいえ、そうして貰えるのは契約者を持った精霊だけです。ポポはすぐに消えそうな程弱い精霊でしたが、それでもユーナとヴィオと契約したことで精霊王に謁見し力を分けて頂ける資格を得たのです」


 精霊には精霊なりの決まりがありこの国で生きていて、眼下に見える花の一つ一つに精霊がいるのかと思うと少し気が遠くなる思いがした。


「あそこにいる契約者がいない精霊ばかりで、精霊王に会う権利もないのか」

「強い力を持っていても契約者がいない精霊は沢山います。人の形が取れる程の精霊でも契約者がいないまま生涯を終える者も多いのですよ。生まれ変わり前には契約者がいても今の生では見つけられずそして儚く消えていく精霊も多いのです」

「どちらを精霊は望むんだ」

「契約者を得るのは精霊の夢です。強い力を得て生まれた精霊は、生まれてすぐに契約者を求めみエルフの里や人族の国に赴きますがそこで契約したいと望める者に出会えるのは奇跡の様なものなのです」


 ある程度の力があるなら妥協して契約してもいいんじゃないのか? それじゃ駄目なのか?

 それとも何か契約者を選ぶ条件があるのか?


「どうやって契約者を決めるんだ。ポポはユーナとの契約を望んだから難しかったのかもしれないが、エルフなら精霊の姿は見えるし声も聞こえるだろ」


 俺達がラウリーレンの姿が見えるのは、ポポと契約をしたからだ。

 人は基本精霊の姿を見る事は出来ないが、契約すると弱い精霊は駄目らしいがある程度力があるなら姿が見えるらしい。


「これは上手く言えませんが、互いに惹かれるんですよ。精霊が生涯共に生きる相手ですし、精霊は元々我儘ですからね妥協は出来ないんです。例え契約出来ず消えるしかないと分かっていたとしても、惹かれない相手と妥協して契約する精霊はいないんですよ」

「そうなんですね。じゃあ何故ラウリーレンは私の魔力を……」


 ギルの説明にユーナは疑問を投げつける。

 ラウリーレンのユーナへの執着は異常な程だ。

 その為にポポに魔法陣を貼り付け、ユーナの魔力を奪っていたんだから。


「それは私が説明しよう。人の子よ」

「え。あ、いつの間に」


 聞きなれない声に周囲を見渡すと、いつの間にか俺達は知らない空間に辿り着いていたんだ。

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