食いしん坊のユーナ

「ヴィオ、ポポも一緒。ポポはずっとユーナとヴィオと一緒だよ」


 さっきは俺から逃げたくせに、ポポは俺の前に飛んでくるとツンツンと俺の鼻をくちばしで突いた。


「ポポ痛いぞ」

「ポポのくちばしが痛いのですか? ポポこちらにいらっしゃい」


 突かれたところは、微かな痛みを感じた。

 あれ? ポポはよくくちばしで腕なんかも突くことがあったが今まで痛みなんて感じたか?


「ユーナ、ポポに突かれたことあったよな」

「はい。でも痛みなんて感じたことありませんけれど」


 ユーナの答えに確信する。ポポは小さな鳥の形をしてはいるが、存在自体はあやふやでふわりとした感触を感じる程度だった。

 足の爪やくちばしに硬さはなく、羽根に触れた感触と同じだったんだ。


「鳥のくちばしの様な硬さですね。ふむ、これは私の予想よりポポの生まれ変わりは進んでいるのかもしれません」

「生まれ変わりが進む?」


 ギルがポポのくちばしと足に触れながら何か考えているのを、俺とユーナは見守るしかない。

 魔道具はまだ周囲を守ってくれているから、トレントへの警戒はしなくてもいいしこの場所に長居しても問題はないが、ポポに異変があるなら早く精霊の国にポポを連れて行った方がいいんじゃないんだろうか。


「初めて生まれたばかりの精霊は自分自身の体を保つことすら出来ないものが殆どです。生まれた時にユーナの魔力に影響されたか何かで最初から鳥の形を持ててはいましたが、それでも本来の鳥の様に硬いくちばしと爪を保つことは出来ませんでした。この子の力では二、三回程度の生まれ変わりでは今のポポの状態にはならない筈なんです」

「でも、自分の能力を見られるだけの能力は覚えたんだろ?」


 精霊の生まれ変わりがどういう過程を踏むのか分からない。

 ポポ本人にもそれは分からないだろう。

 だとしたら頼りになるのは、ギルだけだ。


「体を保てる様になるのは精霊にとってさほど重要ではありません。生まれ変わりではまず自分を守る能力が向上していきます。体を保つより力を付けて自分を少しでも長生きさせ次の生まれ変わりに備えるのです」

「じゃあポポは自分を守れるだけの能力になったということか」

「そうですね、でもその割にはポポが覚えた能力が少ない気がします。ああ、でも」

「でも?」


 何か閃いた様な顔をした後、ギルはラウリーレンの檻を持ちポポを連れたままどこかへ飛んで行ってしまった。


「ギルどこに行ったんだ?」

「精霊の国でしょうか」

「わけがわからな……あ、悪い」


 ギルがいなくなって気が緩んだんだろうか、俺の腹がグウウッと派手に鳴った。


「そろそろ夕食の時間ですし、ヴィオさん沢山動いたからお腹すきましたよね」


 くすくすとユーナが笑って、収納から何かを取り出した。


「ギルさんがいつ戻って来るか分かりませんから本格的な食事は出来ませんが、少し食べませんか。私もお腹すいちゃいました」

「いいのか? 美味そうだな」


 こんな時に食べるなんて我ながら呑気だなと思いながらも、美味そうな見た目につい手を伸ばす。


「変わったパンだな」


 薄いパン、なんだろうかそれで野菜や肉を包むようにしている。


「トウモロコシの粉が売っていたので、作ってみました中身は細切りのオーク肉を焼いたものと刻んだ葉物野菜と人参が入ってます。こちらは鶏を甘辛く煮込んだものと葉物野菜とトマトが入っています」

「トウモロコシの粉?」

「ええ、トウモロコシの粉と塩と水を混ぜて薄く伸ばして鉄鍋で焼いたものです。まだ配合量を試しているところで、小麦粉を混ぜたものもありますが、これはトウモロコシの粉のみで作ったものです」


 説明を聞きながら、オーク肉の方を大口で齧ると、焼いたオーク肉が煮込んだトマトで味付けられていた。濃い目の味付けにシャクシャクした葉物野菜と人参、それにトウモロコシ粉で焼いた薄いパンのほんのりした甘さがなんとも食欲をそそるし、いくらでも食べられそうだ。

 まずい、こんな状況なのに腰を下ろしてがっつきたくなってきた。


「困った」

「え」

「美味すぎる。ゆっくり部屋で食べたくなってきた」

「ぷっ、ヴィオさんっ」


 俺が真面目に話しているというのに、ユーナは突然笑いだした。


「何か可笑しかったか?」

「だって真剣な顔で困ったって言うから、何を言われるのかドキドキしていたら、そんなこと言うんですもん」

「可笑しいか?」


 話しながらも食べるのを止められず、周囲を警戒しながらもう一つに手を伸ばすと、ユーナはもう一つ取り出して自分も食べ始めた。


「一人で先に食べて悪い」

「いいえ、ヴィオさんが美味しそうに食べてくれるのを見るのが最近の私の楽しみなので、じっくり鑑賞させてください」

「なんだそれ。あっ、こっちも美味いな。なんだろ甘くて塩っぱい? あれ、酸っぱくもあるのか?」


 とろりとしたタレが絡んだ鶏は、香ばしく焼かれて皮の部分はパリッとしているのに、身は弾力が程好くある俺好みの焼き加減だ。

 茶色のタレは塩っぱいだけでなく甘みと酸味もあるのが後を引く。


「ヴィオさんに頂いた醤油を使ったんですよ」

「へえ、醤油こんな味だったかな。美味いし癖になる味だな」


 ポールがあまり醤油味が得意じゃなくて、リナは皆の分としてはあまり醤油も味噌も使わなかった。

 そもそもリナは向こうの世界であまり料理を作らなかったそうで、醤油や味噌があっても簡単なものしか作れなくて、今彼女が作れる料理は殆どこの世界のものなのだ。


「ユーナは材料さえあれば、自分で食べたいと思うものは作れるのか?」

「え、ええと。そうですね、私の能力に料理があるとお話してたと思いますが、あれの中に記憶の再現というものがあるんです。あるんですというより、料理を沢山作っているうちに出来ることが増えたんですけれど」

「へえ、記憶の再現。聞いたがことないな」

「その能力は、自分が過去に食べた物がこの世界でどうやったら似たものが作れるのかって教えてくれるものなんです。食材と認識したものの調理方法が分かるのも能力の一つにありますが、料理する上では便利な能力ですね」

「そうだな」

「まあ、作り方が分かっても手に入らない材料もあるので、すぐには難しいのもありますけど、それは旅をしながら集められたらいいなって思ってます。美味しいもの探しの旅、かなり楽しみにしてるんです」


 にこにこと笑いながら、ユーナは今後の話を語る。


「美味しいもの探しの旅か、いいなそれ」

「ですよね」


 旅はユーナにとって辛いことが多いだろう、勝手にそう思っていた。

 何かあれば俺がユーナを守ればいい、ユーナは戦えなくてもいいんだと、出来ない前提で考えていたんだ。

 さっきのも含めて、これは俺の間違いだったんだな。


「肉も自分で狩ったら、余計に美味く思うんじゃないか」

「え?」

「迷宮、下級の下層でもそれなりに食えるものを落とす魔物はいるぞ。ユーナ、自分で狩った魔物の肉で料理したくないか?」


 どこまでが許容範囲なのか分からない。 

 出来ないと拒絶するかもしれないし、怖いと泣くかもしれない。

 だけど、やる前から出来ないだろうとさせないのは違うよな。


「……やってみたいです。魔物怖いですけど、食材になると思えば大丈夫かもしれません」


 もぐもぐと食べ終えた後、ユーナは胸の前あたりで拳を握りながら「頑張ります!」と声を上げた。

 なんだこれ、何か可愛いんだが。


「食材のだと思えば大丈夫って、ユーナ」

「はい」

「食いしん坊な感じでいいな、それ」


 可愛いなとは言い難くて誤魔化すようにそう言えば、ユーナはポカンとした顔で俺を見たあとで膨れっ面になった。


「女の子に食いしん坊は言ったら駄目です!」

「沢山食べるのは良いことだぞ」

「それでも。食いしん坊って、何か嫌です」

「そうか? 可愛いじゃないか」


 結局可愛いと言ってしまったが、これは食いしん坊って言葉の方にだ。

 誰にしてるのか分からない言い訳だが、意味が違うんだ。


「か、かわっ」

「どうした、ユーナ」

「可愛いっていう意味なら、許します」


 視線を下にそらしながら、ユーナは照れたようにモゴモゴと話すのも、何ていうかこれ何なんだろう。

 そういうのが可愛いんだとからかいたいような、優しくしたいような複雑な気持ちが湧いてくる。

 あぁ、まずいなこの感情。


「そうか。それにしてもギルはどこに行ったんだろうな」


 誤魔化す様に話題を変える。

 ユーナが可愛いとか、いい年をしたオッサンが何を考えてるんだ。

 俺は自分自身の感情を持て余していた。

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