迷宮攻略準備、ヴィオの気持ち

「ギル、何笑ってんだ」

「いえ、ヴィオは魔物狩り狂いですから、ユーナも苦労しているんだろうなと思いましてね。それにしてもユーナは真面目ですね」


 魔物狩り狂いだという自覚は俺にはない。

 まあ、酔っ払いがまだ酔ってないと言うのと同じ、魔物狩り狂いも自覚なんて持つことも無いのかもしれないが、俺はそれじゃない。


「真面目なんかじゃありません。私はただ、実力不足を」

「ユーナは実力が不足しているのではなく、経験が無いだけなのではありませんか。魔物が現れる場所とは遠いところで守られて生きて来た様に見えますし、ヴィオといつから一緒に行動しているのか知りませんが、誰かがゴブリン程度の魔物でもあなたの目の前で狩ったことすら無かったのではありませんか」

「それは、あの。はい」

「あなたの適性はそもそも防御や回復なのですから、攻撃魔法が苦手なのは仕方がないことです。とは言っても適性が回復に傾いているというだけで攻撃魔法が使えないわけではありません。それは今後鍛えていくしかないでしょう」


 ユーナが防御や回復専門でも、それはそれでありだ。

 ユーナが異世界から来た人間という事を今後も隠すつもりだから、パーティーはユーナと俺の二人だけだ。

 それにユーナの件を除いても、ポール達以外の奴らとパーティーを組む気にはまだなれない。

 上の迷宮攻略を目指すわけじゃないから、二人で十分だ。ユーナが攻撃出来なくても俺が出来ればいいんだから。

 問題はそこじゃなく、ユーナの気持ちだ。


「でも」

「ヴィオは魔物狩り狂いですし、冒険者として厳しい人です。迷宮攻略や魔物狩りについては良く言えば生真面目すぎる程生真面目、悪く言えば頑固で融通が利かない困った人ですね」

「おい、ギル」

「ヴィオ。あなたの考え方や気構えは正しいのかもしれません。でも正しいから良いという物でもないのですよ。人は弱い時もあるし、怠ける時もある。このままでは駄目だと思いながら明日から頑張ろう等思う時もあるでしょう。常に気を張って常に目標に向かって走り続けるなんて出来ないのです」


 ギルは檻を両腕で抱きしめ頬を檻に擦り付け目を閉じる。


「誰しも間違うものです。いつも正しくて清らかなんて、そんな理想あり得ないのです。だから悩み、だから傷付く」

「ギル」

「今は力もなく、心も弱いのかもしれない。それでも自分は弱いからと言い訳して努力しなくていい理由を探しているわけではない。それでもあなたは今強くなければ認められませんか」


 俺は、そんな無茶をユーナに強いていたんだろうか。

 迷宮は甘い気持ちで入れる場所じゃない。

 油断すれば怪我をするし、下手をしたら死んでしまう。

 命のやり取りをする場所だと、俺はそれをユーナに覚えていて欲しいだけだ。


「俺はそんなつもりじゃ」

「ヴィオは人族としてみればいい年齢に入るのでしょうが、エルフの私にしてみればまだまだ子供みたいなものです。たまには年寄りの言葉に耳を傾けてもいいのではありませんか?」

「俺は、人の意見を受け入れられない人間じゃないぞ」


 言いながら、拗ねた子供の様だと自嘲する。

 俺が何を言っても、ユーナが泣いて思い詰めてしまった現実は変わらない。


「ふっ」

「何がおかしい」

「いいえ、あなたは良くも悪くも真面目なんだなと思いましてね。ユーナもですが真面目過ぎますよ二人共、考えるなとは言いませんが、立ち止まる前に諦める理由を探さなくてもいいのではありませんか?」


 諦める理由?

 ギルに言われ、ユーナの方へ視線を向けるとユーナも俺を見ていた。


「お互いを憎んでいるわけではなく、大切に思いすぎているからこそなのでしょうけれど。今回のことはそこまで深刻に考えるものではありませんよ。ヴィオ自身踏み入れたことがない上級迷宮に入るわけではないのです。入ってみて無理だとか駄目だとか、仮にそうなったとしても、その時は駄目なんだと分かったのですからその時になってから次の手を考えてもいいのではありませんか?」

「駄目になってから考える」

「ヴィオだって最初はそうだった筈です、初めからなんでも狩れる程強かったわけでは無いでしょうし、最初は周囲の大人達に助けられてもいたでしょう。今のヴィオが下級の冒険者達に教えているのと同じ様に」


 言われて初めて気がついた。

 ユーナに、今の自分と同じ心構えをさせようとしていたこと。

 いつの間にか魔物が倒れていたことはあっても、魔物を狩る為に自ら行動したことのないユーナに、その心構えが無ければ駄目なんだと諦めさせようとしていたこと。


「すまない俺は、ユーナに自分の価値観を押し付けて無理をさせようとしていたんだな」

「無理なんかじゃ、私が怖がりなだけです」

「いえいえ、ユーナだけでなく先程のは私も恐怖を感じましたよ。なぜあんな恐ろしい狩り方が出来るのか、あれはトレントに襲われているとしか思えません。魔物寄せの香についてヴィオに聞いていたというのに、目の前の光景が信じられない等、長いエルフの生でも初めての経験ですよ。ヴィオ、あんな戦い方恐ろしくは無いのですか」

「別に出来ると分かっているなら、怖くはないが」


 素材を取ってこいと言ったのはギルの方だと言うのに、この言われように何となくモヤモヤしたものを感じながら、これが普通の感覚なのかと思い直す。

 そう言えば、一人で守りの魔物を狩ろうとしていた時俺が狩るのをポールたちは見ていても自分もやってみるとは言わなかったな。

 俺の行動を止めることもしなかったが、やってみたいとも出来るようになりたいとも言い出すことは無かった。

 唯一そう言ったのは、パーティーの仲間では無く他のパーティーのリーダーであるドニーだけだった。


 一人で守りの魔物を狩れるようになりたいんです、それくらい強くなりたいんです。

 

 そんな風に言われて嬉しくて、一緒に迷宮に行って狩り方を教えたんだ。

 リナ以外は朝の鍛錬もしなくなって久しく、守りの魔物を一人で狩ろうなんて興味もなさそうなポール達に、その辺りは個人の考えだとおもいながらも心のどこかで寂しい気持ちを持っていたから、ドニーの気持ちが余計に嬉しかったんだ。


「成程、ヴィオは強いから他者の恐怖は想像出来ないのでしょうね」

「恐怖」

「ええ、恐怖です。大切なものを目の前で失うかもしれないという恐怖です」


 言いながら、ギルはラウリーレンが入った檻を抱きしめている。

 檻からは何の音もしない。

 ポポからの呪いが還ったラウリーレンは、今後どうなるのか分からないが、ギルは契約をどうするのだろう。


「遠くからそれを見ているだけなら、ユーナの言う通り隣で戦っている方が気が楽かもしれませんね」

「そういうものか」

「ええ。ヴィオはもう少し仲間を信用した方が良いのかもしれませんよ。あなたは強いですが、迷宮攻略は一人でするものではありません仲間の助けは必要不可欠です。そして仲間の弱さをヴィオだけが背負う必要はありません。ヴィオは以前自分がいつ迄冒険者でいられるかという話をしていましたが、仮に少しくらい能力が落ちたとしても仲間がそれを補えればいいだけではありませんか。お互いがお互いを助け合う。その為のパーティーなのですから」


 互いに助け合う。

 俺はポール達とそうしていただろうか。

 迷宮攻略が進まない理由は自分の身体能力の衰えだと嘆き、だけど誰にも言えず絶望して出てきてしまった。

 ポール達に相談していたら、何かが変わったんだろうか。


「ヴィオさん、私」

「ユーナ、こんな俺でもいいか?」

「え」

「ギルに言われて間違いに気がつくような鈍感な俺でも、いいか」


 ポール達にまだ一緒にいたいと、歳を取り動きが鈍くなった今でも一緒に迷宮攻略したいから、その為の対策を皆と共に模索していきたいと、そう言えば何かが変わったのかも知れないけれど。

 それは今更で、俺はもうパーティーを抜けてしまったし、ポール達はそれを納得しているんだから、もう遅いんだ。


「ヴィオさんと一緒がいいです。ヴィオさんと私とポポちゃん、ずっと一緒がいいです」

「ありがとう」


 今の俺の仲間は、ユーナとポポだ。

 ポール達に未練はあるけれど、すでに決別した縁なんだ。


「もう間違えないから」


 ユーナを信じて、一緒に生きていく。

 今度は間違えない、仲間を信じる。

 ポール達への気持ちに蓋をして、俺はユーナと共にいることを改めて心に誓ったんだ。


※※※※※※

ギルが色々言ってくれてるのに、それでも頑固なヴィオでした。

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