迷宮攻略準備、ユーナの魔法の腕前は6

「ではユーナ、私がポポへ詠唱を始めたら状態回復魔法をポポに向け発動し、魔力をポポに注ぎ続けて下さい。ああ、ポポの顔はこちらに向けさせて」

「はい」


 ラウリーレンが入れられた檻を足元に置いたまま、ギルはユーナに指示をする。


「ヴィオはユーナの隣に立ち、ユーナの体を支えながら私達の魔法が発動したら癒しの泉を発動して下さい。そしてそれが継続する様に意識していてください。ユーナの魔法の方が先に発動しますから、こちらに合わせた方がいいですね」

「癒しの泉は効果が継続するのか?」


 さっきはギルの傷が癒えた途端光が消えたから、すぐに効果が消えるんだと思ったんだが違うのか。

 継続すると意識。

 癒す対象はポポだが、癒しの泉は魔力も体力も癒すからギルもユーナも対象だと意識すればいいのか。


「出来ますか」

「ああ、大丈夫だ」

「ユーナ、ヴィオ」

「ポポちゃん、ここにいるから頑張ってね」

「ポポ、頑張れ」


 念のためにポポに俺の体力を送ると、ユーナも魔力を送っている様だ。


「あなた達、過保護ですね」

「ヴィオ過保護、ユーナに過保護」

「ポポ、今はお前にだ」

「ユーナに過保護なのは否定しないんですね」


 呆れた様なギルの顔に、ユーナが顔を赤らめて俯く。

 過保護なのは皆に言われているから、もうそれは今更だ。


「そうだな」

「そうだなって、あなたは。まあいいでしょう、では始めます………」


 ギルが聞き取れない言葉で詠唱を始め、ユーナもそれに合わせて詠唱を始める。

 ユーナの詠唱も言葉が聞き取れないが、様子を見ながら俺も詠唱を始める。


「浅き眠りに見る夢と幻、この世の理はすべて我に従いすべての者は精霊の泉に癒やされ続ける癒しの泉」


 癒す対象がポポとユーナとギルで、効果が継続と意識しながら詠唱を始めたらさっきの詠唱と少し違う言葉が頭の中に浮かんで来た。

 こんなものなんだろうか、魔法が良く分からないから違いが分からない。


「……ヴッウウウッ」


 ギルの魔法が発動し始めた途端、ユーナの手の中にいるポポが苦しみ始めた。

 俺とユーナは、ポポを見つめ呪いと魔法陣が消える様に祈りながら魔法を維持し続ける。


「ポポ、頑張れ!」

「ポポちゃん、頑張って!」


 声を掛けながら必死に癒しを願う。

 ユーナを支える手から、何かがユーナの体に吸い込まれていく。

 これは、ポポへ体力を送るのと同じ? もしかしてユーナの魔力の回復が癒しの泉の効果だけじゃ追いついていないのか。


「浅き眠りに見る夢と幻、この世の理はすべて我に従いすべての者は精霊の泉に癒やされ続ける癒しの泉っ!」


 継続だけでは足りないと再び詠唱し、癒しの泉を発動するとさっきよりも体力がごっそりと抜けていくのを感じた。

 

「浅き眠りに見る夢と幻、この世の理はすべて我に従いすべての者は精霊の泉に癒やされ続ける癒しの泉っ!」


 また体力が抜けていく、ユーナを支える腕が重くなる。

 立っているだけの体力も無くなりそうだ、だがこんなことで負けていられない。


「……ヴッウウウッ!!」

「ポポ頑張れ! 俺達と一緒にいるんだろ!」

「そうよ、ポポちゃん。一緒に旅をするのよ。ずっと一緒に!」


 苦しみに小さな翼をバタつかせながら、ポポが悲鳴を上げる。

 ギルもユーナも何度も詠唱を繰り返しているというのにそれでも足りないのか、ポポは苦しみ続けている。


「……ヴッウウウッッッ!! ユーナッ! ヴィオ!」

「浅き眠りに見る夢と幻、この世の理はすべて我に従いすべての者は精霊の泉に癒やされ続ける癒しの泉っ!」


 立っているのもやっとの体力すら使い切り、俺は駄目押しで詠唱する。

 周囲の魔素を使い発動する魔法だというのに、体力までこんなに使うっていうのか。


「いやあああああっ!!」


 静かだったラウリーレンの檻がガタガタと動き出し、それと共にラウリーレンの悲鳴が聞こえた。


「ユ、ユーナ。ユーナ」

「ポポちゃん?」


 何度か羽ばたいた後、ポポがぐったりとして動かなくなった。

 

「ポポ、おいギル」

「大丈夫です。精霊は生命が終われば姿が消えるのです。ポポは無事です。魔法陣も呪いも消えました。呪いはどうやらラウリーレンに還った様に見えました」

「ラウリーレンに?」

「ヴィオ、体力回復薬は持っていますか? 持っているならすぐに飲んで、そろそろ魔道具の効果が切れます」

「あ、分かった」


 マジックバッグから体力の上級回復薬を取り出し中身を飲み干した。

 だけど、一つじゃ足りなそうでもう一つ取り出し飲む。


「ユーナ、大丈夫か。魔力は?」

「ええと、回復している気がします。途中切れかかっていた筈なんですが、今は平気です」

「そうか。良かった」


 ギルは何事も無かった様に平気そうな顔で檻からラウリーレンを出して、様子を見ている。


「酷い、ギル酷いわ。契約した精霊よりそんな下位の精霊が大切なの」


 片方だけが残っていたラウリーレンの蝶の様な羽が、濁った様な色に変わっていた。


「酷い、酷いわ。ラウリーレンを大切にすると誓ったくせに。そんな下位を大事にするの」

「先に裏切ったのはあなたですよ。ラウリーレン、生まれ変わりを繰り返し上位になったというのに過去のあなたの蓄積を、過去のあなたが大切に守ってきたものをラウリーレン自身が捨て去ってしまった」

「違う、違うわ。ラウリーレンは悪くない。ラウリーレンの為に、この女がラウリーレンに力をくれないから!」


 ギルの手の中で、ラウリーレンが暴れ始めた。

 暴れる度、暴言を吐く度に、ラウリーレンの羽の色が濁って行く。


「ラウリーレン、反省を。そうでなければお前は精霊王に裁かれる」

「ラウリーレンは悪くない。悪くないの!」

「その言い訳は精霊王の前ですればいい」


 冷たく言い放ち、ギルはラウリーレンを檻の中へと戻す。

 その横顔は、悲しそうで何かを悔やんでいる様にも見えた。


「ギル」

「ユーナ、ポポはまだ目を覚ましませんか?」

「はい」

「そうですか。ヴィオ、あなたトレントでも一つ目熊と同じ連続討伐は出来ますか」

「トレントだけなら、多分出来るだろうが。他の魔物は?」


 普通の迷宮なら出現する魔物は一種類ではない。

 一つ目熊は、あの迷宮の守りの魔物だからあれしかでないのだ。


「ここに出るのはトレントのみですよ。気が付いていなかったのですか? あれはこの迷宮の守りの魔物ですよ」

「そうなのか?」


 守りの魔物だったら何故連続で出て来る?

 

「この森は、人族の国近くでは他の魔物も出ますが、ここは精霊の国に一番近いところになりますから守りの魔物に守られているのです。あなたは守りの魔物を狩りましたから、もう精霊の国に入口を開けられます。ユーナも一緒にいましたから、この森に限っていえば森の入り口に隠されている転移の門からこの層まで転移出来ます。そして精霊の国の入り口を開けさえすれば精霊の国にも入れます」


 人が精霊の国に行くには精霊の導きか、この森を自力で抜けるしかない。

 だが、まさかあんな簡単な魔物を狩っただけで入り口を開けるとは。

 なんというか、納得がいかない。


「他の迷宮と違って、この迷宮は何度も何度も守りの魔物が出現します。一度守りの魔物を狩れば入り口を開くことは出来ますが、その入り口に辿り着くまで何度も守りの魔物を狩り続けなければならないのです、ヴィオは直接この場所に来ましたが、それは契約精霊がいたから出来たことです。通常であれば休むまもなく現れる魔物の相手をしながら森を長い時間彷徨い続けなければいけません。肉体も精神も疲労しきった状態で、守りの魔物を狩り続けなければならないのですから、難易度はそれなりに高いと思いますよ」

「成程」


 そう言われれば、俺はズルしてここに来たようなものだな。


「入り口を見ようと思えば、あなた達の目に扉が見える筈です。ほらあそこ、見えますか」


 ギルが指さす方向に目をやれば、蔦に隠された様な門の様なものが見えて来た。

 さっきあんなものあったか? 今まではただ沢山の木が生い茂っていただけに見えていた筈だ。


「資格があるものにしかあれは見えません。それまでは扉が分からず延々と彷徨い続けるだけです。守りの魔物を狩って資格を得て初めて見える様になるのです」

「成程。で、俺はなんでトレントを狩らないといけないんだ?」

「ポポの力は、魔法陣と呪いを消す為に殆ど使ってしまいました。ユーナとヴィオが力を与えても消えそうな程の衰弱です。このままでは目を覚まさない可能性もあります。トレントの上位品は生命の雫と生命の葉です。生命の葉は使わずとも済むと思いますが、生命の雫は必要でしょう」

「ギルはポポの状態が分かるんだな。上位品が必要、そうか」


 俺には精霊の状態なんて詳しくは分からないけれど、ユーナの手の中でポポはピクリとも動かずに目を閉じたままだ。

 ギルの言葉を信じて、トレントの上位品を取るしかない。


「分かった。まず最短の香で試して、いけそうなら長いものを使う。ギルはその間ユーナを守っていてくれ」


 俺の方に魔物が引き寄せたら、ユーナの方には魔物は近づかないんだろうか。

 ポール達と使う時はまとまっていたから、イマイチその辺が分からない。


「香にすべての魔物は引き寄せられると思いますが、念のためこちらで先程と同じ魔道具を発動しますから、ヴィオは自分のことだけを考え動いて下さい」


 ギルの魔法の腕は信用出来る。

 なら、俺はトレントを狩ることだけを考えて動けばいい。


「ユーナ、俺はトレントを狩って上位品を取らなきゃならない」

「あの、上位品って。ヴィオさん何をするつもりなんですか」

「これから魔物寄せの香を使い、トレントを集める。集めてそれを俺が狩り続けるんだ」


 まさか、迷宮に入ったことがないユーナにこれを見せることになるとは考えてもいなかった。だが、ポポが消えそうな今躊躇ってはいられない。


「ユーナはギルの側を動かずに、ギルの指示に従ってくれ。俺の周囲にトレントが集まって襲われている様に見えるかもしれないが、俺は大丈夫だ。あの程度の魔物に負けたりはしない」


 余裕に見えそうな表情を意識して、ユーナに言い聞かせながら頭を撫でる。


「め、迷宮に行くのと同じですか?」

「ああ、トレントは素材が出回ってないからな。売ればいい稼ぎになるぞ」


 ポポの体を守っているから、ユーナは両手が塞がっている。

 その両手を俺の手で包む様にして、ユーナの目を見ながら余裕だと笑う。


「ポポを癒す為の素材が取れたら、他は不要だから全部ギルに買って貰おう」

「そ、そんなのいらな……はい。沢山稼いで下さい。私ヴィオさんが強いって知ってますから、安心して、こ、ここで見ていますから」


 小さくユーナの手が震えているのが伝わる。

 その手をぎゅっと包んだ後、パッと手を離す。


「じゃあ、ギル。ユーナを守っていてくれよ。お前が悲鳴を上げる程狩って来る」

「楽しみにしていますよ」


 笑うギルと不安そうに俺を見つめるユーナを残して、俺はトレントを狩る為に駆けだしたんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る