迷宮攻略準備、ユーナの魔法の腕前は7

「トレントの上位品か」


 最上位品とは言わなかったから、出すのは簡単なんだろうが、ギルが言っていた素材の名は俺が知っているトレントの上位品とは違う。

 そもそも中級の迷宮に出るトレントは、狩ったら魔石と素材であるトレントの枝になり、トレント本体は消えるし、上位品はトレントの実とトレントの木材なんだ。

 俺がここが迷宮じゃないと判断した理由が素材だった。

 さっき俺が狩ったトレントは、本体がそのまま残っていた。つまり外のトレントを狩った時と同じだったのだ。


「他の迷宮の守りの魔物とは出方も違うし、ここのトレントは特別なのか?」


 境目の森は特殊で、ギルドでは迷宮扱いはしていない。だから下級なのか中級なのか分からない。

 何せ浅いところでも入ったら最後方向を見失い、出てくるのが難しいと言われているところなのだ。


「トレントが出るなら中級なんだよな」


 入ったことがない迷宮にいると考えると、余裕があるなら攻略したくなるのは冒険者の性だと思う。

 ポポが元気になったらこの森の中を迷わず歩けるようになるだろうか、この迷宮最奥の精霊の国へ続く門は既に見えているが、それでは満足出来ない。

 ちゃんと人族側の入口から入って、自分の足でここまでたどり着かなければ、攻略したとは言えないんだ。


「ポポが元気になってからの話だな」


 入ったことがない迷宮の攻略、それを考えるだけでワクワクしてしまう。

 境目の森を迷宮と考えるなら、奥まで行って戻ってこられた奴が殆どいない。

 精霊と契約しているエルフがいても、同じパーティーの人族は帰れなかったなんて話ばかりだし、エルフはこの森の攻略情報は何故か表に出さない。

 境い目の森の役割が精霊の国の守りだとすれば、それは納得な話だ。

 エルフは人側の立場じゃなく、精霊側なんだから。


「ギルが俺達をここに連れて来たのは、自分の契約精霊のラウリーレンがしでかしたっていうのと、俺達がポポと契約しているからなんだろうな」


 俺達は人族だが、精霊と契約しているから精霊側の人間と言ってもいいのかもしれない。だからギルは境い目の森についての情報を話してくれているんだろう。


「ここまでくればいいか」


 念のためさっきトレントを狩った場所よりも離れた場所まで移動して来た。

 振り返るとユーナとギルがこっちを見ているから、マジックバッグから魔物寄せの香を取り出した後二人に向け右手を挙げる。


「さて、短い香なら余裕だろうが、油断は禁物だ」


 わくわくしている気持ちを落ち着ける様に深呼吸した後、香に火を点ける。

 すぐにトレントは現れる。

 一つ目熊の出方を思い出すと、最初は三体程度。時間が過ぎるとあの迷宮の場合は最高で十体だった。

 あれが迷宮で一度に出る最大なのか、場所が狭かったからなのか分からない。

 あの場所は一つ目熊十体以上出ても身動き出来ないだろうからだと考えていたが、こんなに広い場所だとどれだけ出るのか分からないんだ。


「まあ、狩るだけだ」


 香の効果は三十数える程度、ならどれだけ出ても苦にはならないだろう。


「出て来たな。まずは三体」


 衝撃波を剣に纏わせ三体まとめて屠る。

 俺がトレントを屠るとすぐに次が三体現れて、更に続けて三体、又さらにと出て来る。トレントが現れる速度は一つ目熊よりも早いかもしれない。


「おっとこれは、動きにくいな」


 一つ目熊よりトレントがそう強いわけじゃない。

 それは衝撃波だけで簡単に狩れることからも分かるが、いかんせんこっちは狩ってもトレント本体が残っている。

 一体一体が巨木なのだから、倒れると邪魔以外の何物でもない。


「マジックバッグに仕舞いながらじゃないとキツイな」


 無茶苦茶な方法だと思いながら、狩り終わったトレントの上に飛び乗りマジックバッグに仕舞いながら現れたトレントを狩る。

 マジックバッグは対象物に触れながら、バッグの中に仕舞うと意識すると中に入る仕組みだ。触れるのは手でも足でもいいらしいと言われていたが事実なんだと今更ながら実感した。

 なにせ足で触れて入れるなんて、長い冒険者人生でもしたことが無かった。


「お前ら邪魔だ」


 倒れたトレントはすでに地面扱いで、障害物を踏みつけながらトレントを狩り続ける。

 狩りにくい状態に慣れる前に香の効果が消えてしまったが、周囲を見渡してもギルが言っていた物は落ちてはいない様だった。


「出ているのは、魔石とトレントの実とトレントの木材でトレントの枝は無し。上位品の実と木材が出てるってことは生命の雫と生命の葉が最上位品なのか?」


 狩ったトレントの数を考えると、上位品が出る数じゃない。

 それなのに実と木材がすでに出ているのは何故なんだろう。

 この迷宮は落ちる素材も違うのか、トレント本体が残っているんだからそこからしてすでに違うんだよな。


「考えている暇は無いな。ポポがどれだけ持つか分からないんだ。一刻の奴使うか」


 ちらりとユーナがいる方向に視線を向ける。

 ユーナ達が慌てている風には見えないから、まだ余裕はあるのかもしれないが生命の雫がいつ落ちるか分からないんだから、急いだ方がいいに決まっている。


「ポポ頑張れよ。俺が絶対に助けてやるから」


 トレントの狩り難さは今ので十分把握している。

 狩った数が増えれば増えるだけ、狩り終わったトレントが邪魔になる。

 十体、二十体を纏めて狩ったら、さっき以上に狩り難いだろう。


「考えてる暇はない。始めよう」


 一刻の香に火を点け、トレントの出現を待つ。

 使うのは剣士の能力一つ、龍刃の波。

 十体以下ならこれで十分なのは、一つ目熊で体験済みだ。

 香を使い始めてすぐは十体がまとめて出て来ることはないから、これで十分狩れる。


「まだ四体。おっと、増えたな六体。……そろそろか」


 狩ったトレントや木材をどんどんマジックバッグに仕舞いながら、トレントを狩り続ける。

 一度の出現数が六体になり、八体になり、とうとう十体になった。


「ここからが本番だ」


 俺をぐるりと取り囲む様に出現した十体のトレントを、俺が持っている能力で二番目に強力な聖剣の舞で一瞬で屠る。

 屠りながら、倒れていくトレントをどんどんマジックバッグに仕舞っていくのも漸く慣れて来た。慣れ過ぎてこれから普通でも意味なく道端の石ころとか無意識に仕舞いそうだ。


「ん? また増えたか」


 体感で半刻を過ぎた頃、突然出現するトレントの数が増えた。

 もはや俺の周囲に森が出来ている。

 何体のトレントが出現したのか、もう把握出来ない。


「まだ聖剣の舞で行けるか」


 狩ってはマジックバッグに仕舞い、仕舞ってはまた狩るの繰り返し。

 一瞬も気が抜けない状況が延々に続く。


「しまった狩り残した」


 聖剣の舞が届かない場所までトレントが現れ始めたのか?

 俺からかなり離れた場所にトレントが数体残っていて、俺に目掛けて突進して来ているのが見えた。


「仕方ない。剣神の憤激!」


 俺の使える剣士の能力の一番強力な技、剣神の憤激。

 これを使うのは久しぶりだ。

 もの凄く精神力と体力を使う技で、そう何度も使えないが威力だけは馬鹿でかいんだ。


「よし、これで全部狩れる」


 さっき上級回復薬で回復した筈の体力がごっそりと減っていると分かる。

 たった一度の技の使用でこれなんだから、最後まで使い続けるのはキツイだろう。


「まだ香は切れてない」


 魔物寄せの香の独特の匂いが煙と共に漂っている。

 これが無くならない限り、香の効果は続く。


「狩ってやる」


 能力は上がった筈だ。

 俺はそれを知っている。

 だったら、気力も体力もまだまだ持つはずだ。

 疲れているとか限界とか、そんなの気にしている内はまだまだだ。

 俺はまだやれる、俺はまだ戦える。

 

 何度も何度も剣神の憤激で大量のトレントを狩り続ける。

 もう何体のトレントを狩ったのか分からない。

 足元に落ちまくっている魔石や木材、仕舞い切れていないトレントの本体が邪魔すぎるけれど、それすらもう構っている余裕が無い。


「生命の雫落ちてるんだろうな。これで落ちてなきゃ二度はキツイぞ」


 一度にどれだけの数のトレントが出てきているのかもう分からない。

 幸いなのは剣神の憤激ですべてのトレントを一度に狩れていると言う事、狩って狩りまくって、体力が殆ど無くなっても俺は僅かに残る気力だけで戦っていた。


「剣神の憤激!」


 ふらつきそうになる足を必死に踏ん張って、技の名前を大声で叫びながら必死に狩り続ける。

 

『私ヴィオさんが強いって知ってますから、安心して、こ、ここで見ていますから』


 頭の中に何度も何度もユーナの声が響く。

 ユーナには余裕で戦っていたと思われたい。

 魔物を狩る俺を初めて見たと言うのに、それがこんなじゃユーナは絶対に怯えているだろう。

 だからこそ、俺は余裕で狩り続け、余裕の顔で戦いを終わらせなきゃいけないんだ。

 

「トレントが出て来る間隔が遅くなったか? そろそろ終わりだ」


 煙が消え、匂いが消えかけて来た。

 魔物寄せの効果が切れかけている。


 だがホッと息を付いた俺をあざ笑う様に、見上げる程の大きさのトレントが一体俺の前に現れたんだ。


「トレント? 違うこれはトレントキングだ」


 最後の最後で何が出て来た。

 これは中級迷宮でも上位層に出て来る大物だ。剣士一人で狩れるような魔物じゃない。


「この迷宮に試されてる? 迷宮じゃなく精霊王か?」


 気力も体力も尽きかけている。

 剣を持つ手が震えているのは、限界まで剣を振り続けたせいだ。その状況でこんな大物に出られて俺は勝てるのか?

 一瞬後退りしかけて、歯を食いしばりその場に止まる。

 ここで逃げるわけにはいかない。


「悪いなトレントキング。お前を狩って俺はポポを助ける。ポポは俺とユーナの大事な精霊だからな」


 トレントキングが四方八方から大枝を鞭の様にしならせ襲ってくるのを、僅かな差で避けきって、龍刃の波を何度もトレントキングの幹にぶつけるが全く効いている様には見えない。


「くそ、これじゃ駄目か」


 大枝の攻撃を避けながら、邪魔なトレントの本体をマジックバッグに仕舞っていくのは余裕があるからじゃなく、踏ん張れるだけの場所を確保したいからだ。


「聖剣の舞、いや駄目だ」


 大枝を避けながら、反撃の機会を探す。

 聖剣の舞は広範囲に使える技だが、今はトレントキングが一体いるだけ。

 だとしたら必要なのは、重い一撃だ。

 

「くっそ。動きが鈍い」


 手足が重く感じ始めている。

 気力が尽きているのも体力が限界なのも自覚している。

 だけど、ここで終われない。

 俺はこいつを狩って、笑顔でユーナの下に帰らなきゃいけないんだ。


『私ヴィオさんが強いって知ってますから、安心して、こ、ここで見ていますから』


 ユーナの声が頭の中に響く。

 ユーナを泣かせない。怖がらせない。

 俺が逃げ腰になれば、これから先ユーナが迷宮に入るのを恐れる様になるかもしれない。俺はユーナの前で絶対的な強者であり続けなきゃいけないんだ。


「くっそ。俺はここで終わらない。終わるわけにはいかないんだよ! これで最後だ、剣神の憤激っ!」


 残っている気力と体力すべてを使い、トレントキングに剣神の憤激を振るった。


「グオオオオッ!!」


 声を出さない筈のトレントキングが、剣神の憤激を受け聞いたことがない様な悲鳴を上げて倒れた。


「やったのか」


 はあはあと息を切らし、倒れたトレントキングに近づくと本体に触れマジックバッグに仕舞う。

 マジックバッグは生きたものは仕舞えないから、これが一番確実な確認方法なんだ。


「勝てた」


 パーティーで狩るのが当たり前、人数が居ても苦戦する魔物トレントキングを俺一人で狩れたんだ。


 足元に落ちた大きな魔石に、本当にトレントキングを狩れたのだと実感して俺は叫び出したいような衝撃を受けていた。

 俺が、自分だけでこんな大物を狩ったんだ。

 たった一人で、こんな大物を。


「ヴィオさん!」


 俺を呼ぶ声に振り返ると、ローブの裾を翻しながら俺に向かって走って来るユーナの姿が見えた。


「ヴィオさん、ヴィオさん!!」


 何度も何度も俺の名前を呼びながら、そうして走って来たユーナは俺の前に立つと細い腕で俺の体を抱きしめたんだ。


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