迷宮攻略準備、ユーナの魔法の腕前は5

「ヴィオさん、なんだか嬉しそうに見えますけれど何かありましたか」


 俺を迎えたユーナに開口一番そう言われて、自分の感情の分りやすさに年甲斐もなくはしゃいでいたのだと恥ずかしくなる。


「迷宮とは言いながらこれだけ開放的な場所で魔物を狩ったから、なんだか楽しくてな」


 自分の能力が衰えるどころか、もしかしたら向上しているのかもしれない。

 何度も何度も一人で大量の一つ目熊を狩り続けたお陰で、俺の衰えていた何かを鍛えられたのかもしれない。

 口には恥ずかしくて出せないこの思いに、年甲斐もなくはしゃいで、それをユーナに指摘されてしまったんだ。


「開放的な場所?」

「ヴィオがいつも行っているのは迷宮の最上層ですから、確かにあそこはここに比べたらだいぶ狭苦しい感じがするでしょうね」


 いつもと様子が違う俺が可笑しいのか、ギルが笑いながら同意する。


「ギルはあの迷宮攻略してたのか」

「あの町のギルドマスターを引き受ける以上、攻略するのは礼儀でしょう。もっとも二回しか行ったことはありませんが」

「二回?」

「ええ、ラウリーレンの前に契約していた精霊と初めの攻略をして、その子が儚くなりラウリーレンと契約したので、再度あの子を連れて迷宮に入りました」


 なんでそんな面倒なことを? と考えて、契約の精霊は召喚獣の扱いじゃないのかと気がついた。


「精霊はパーティー扱いなのか?」

「ギルドにパーティー登録はしませんが、どうもそうらしいですね。なので攻略していない層の転移門から移動は出来ないのですよ。自分で呼ぶ分には呼べますが、通常では使わない魔力を大量に消費するようですね」


 それは知らなかった。

 召喚師が召喚獣を呼ぶ時は、攻略時に契約していなかった召喚獣でも呼べるから同じだと思っていたんだ。

 まあ、ユーナはこれからポポを連れて迷宮に入るわけだからポポは大丈夫だろう。


「無駄話はこれくらいにして、ポポの魔法陣を消しましょう。魔道具の効果は四半刻程度ですから急がないと」

「ギル、俺は癒しの泉を使ったことがない、一度練習させてくれ」


 いざ魔法陣を消し始めてから、俺が使えませんでしたなんてあったら大変だ。


「そうでしたか、では私を癒やして貰いましょうか。さあ、どうぞ」


 そう言うと、ギルはどこからか取りだしたナイフでざっくりと左手首を切り裂いた。


「おい、ギルッ! え、ええと。浅き眠りに見る夢と幻、この世の理はすべて我に従いすべて精霊の泉に癒やされる。癒しの泉っ!」


 魔法を使うと意識しただけで、自然と呪文が頭に浮かぶ。

 ポポに体力を食べさせるよりも僅かなものが体から抜ける感覚の後、俺の足元を中心に光の輪が発動した。


「お見事。一瞬で傷が治りましたね。あなたとポポの絆も繋がっている様です」

「絆がなければどうなる」


 魔力が殆どなく生活魔法程度しか使えない筈の俺がギルの傷を癒やしたのが信じられず、かすかな傷痕すら無い白い手首を凝視しながら尋ねる。

 何せ俺には精霊の知識が殆ど無い。

 その話を聞けるのはギルしかいないんだ。


「精霊と契約しただけで契約者は精霊魔法を使える適性が出来ます。ユーナは人ですが精霊魔法を覚えられるようになりましたし、ヴィオは魔力が無いというのにポポの契約者の一人となり、何故か癒しの泉を覚えました」

「ああ」

「契約時に精霊が覚えている魔法を契約者に与える事は、ままあることです。ですがポポがまだ使えない筈の癒しの泉を何故かユーナではなく、ヴィオが覚えた」

「そう、だな」


 説明されると不思議な話だ。

 何故魔力が多いユーナではなく、俺だったんだろう。


「ポポ、契約の時に何を思いましたか?」

「契約?」

「あなたは何を望み二人と契約したのですか」

「ユーナと一緒。ユーナが一緒にいたいのはヴィオだから、ヴィオとポポも一緒」

「ポ、ポポちゃんーーっ」


 ユーナが狼狽えてポポの名を叫ぶけれど、ポポにはそんな感情は通じないから「ユーナはヴィオと一緒イタイって思っテた」と駄目押ししてしまう。


「それは以前も聞きました。でもそれだけれではヴィオと契約出来てもそれだけでしょう。癒しの泉の理由は?」

「ユーナ、弱い。ポポも弱い。だけどヴィオは強い、だけどヴィオはもっと強くなりたい」


 確かに俺は強くなりたい。衰えた体を見ないふりして迷宮攻略を続けたい。だが、それなら必要なのは、癒しじゃなく力じゃないのか。


「ユーナ自分は弱いカラ迷宮で邪魔になル。ヴィオがユーナを気にして動けナクなる。ユーナそれ心配してた」

「それで癒しの泉を望んだのですか?」

「ポポ、精霊王さまにお願いした。ポポがユーナと一緒にいられなくなってモイイ、ユーナが泣かなくて良くなるようにシテ欲しいテ」

「それは、いつです」

「ユーナが泣いてた夜、ここは怖いテ、ユーナはずっと泣いてた。ポポ見てるしか出来ナカった。ヴィオは違う、ユーナはヴィオがいたら泣かない。ヴィオはあったかいから、ユーナは一緒なら泣かない」


 あの夜のことか。

 ユーナが一人でこの世界に来て、最初の夜。

 俺とユーナが出会って、最初の夜。


「契約してポポは消えなくなった。ポポユーナと一緒、だからヴィオもずっとずぅうっと一緒、精霊王サマその為の力ヴィオにくれた」

「それが癒しの泉なのですね、成程」


 ギルが一人納得しているが、俺にはよく分からない。

 首を傾げていると、ギルは秘密の話なのですがと前置きした後教えてくれたんだ。


「精霊王は、精霊が心から望めば叶えてくれるのですよ」

「じゃあ癒しの泉は、ポポが望んで精霊王が叶えたのか。それなら魔法陣を消してくれと精霊王に願えば安全に消してくれたんじゃ」


 俺達が無理矢理に魔法陣と呪いを消すよりも、その方が余程安全なんじゃないんだろうか。


「精霊王が叶えてくれるのは、精霊の生涯に一度だけと言われています。ポポはすでにその願いを叶えられた後ですし。そもそもポポは魔法陣の存在を知らなかったでしょうから願い様がありません」

「そうか」


 ただ一度だけ出来る精霊王への願いを、自分がいなくなってもユーナが泣かずにすむ様に祈るだなんて。


「ポポちゃん、私そんな風に願って貰える様な人間じゃないわ」

「ユーナ好き、ユーナ笑うとポポ嬉しい」

「ユーナ、理屈ではないのですよ。ポポは理由など何も分からずにあなたに惹かれてあなたの側にいることだけを幸せだと感じているのです」

「理由がない」

「ええ、もうこれは本能と言っていいでしょうね。もしかするとポポが生まれた時あなたが側にいたのかもしれません。いいえ、もしかするとあなたが近くにいてあなたの魔力の影響を受けてポポが生まれたのかもしれない」

「そんな事があるのか。精霊は自然の力で生まれるんだろ?」


 確かギルが以前そんな事を言っていた覚えがある。

 

「普通はそうなんですが、ポポは何か不思議なところが多いのです。一度も生まれ変わりをしていない精霊の筈にしては力がありますし、思考能力も向上している様に見えますし」


 ギルの話にはちょっと疑問がある。これだけラウリーレンに騙され続けて、話し方も拙いポポが思考能力が向上しているんだろうか。


「契約すれば少し知能が上がります。でも本来であれば、契約を理解出来るか出来ないか程度の知能が限界の筈です。契約前の魔力が殆ど無くなった時の話し方を覚えていますか? あれが本来のポポです。魔力をポポに与えて少しマシになりましたがそれでも限界はあります。ですがポポは契約前からユーナを思い精霊王に願っている。それに今は考え方も話し方も随分と上になっているでしょう?」

「上に、……そうだな」


 何を話したいのか分からなかった話し方よりも、確かに拙いが今は意思疎通できてはいる。


「ユーナの力がポポの生まれに影響しているから、今のポポがあるそう考えると色々納得出来るのですよ」

「そうなのか」

「今はラウリーレンの魔法陣の影響で向上している筈の能力が落ちている可能性もあります。ですから早くこれを消してしまいましょう」


 イマイチ理解が出来ないまま、俺達はポポの魔法陣を消す為の準備を始めたんだ。


※※※※※※

レビューありがとうございます。

すごく楽しいと思っていただけて嬉しいです。

話が全然進んでませんが、頑張って書きたいと思います。

私はエピソードを削れない呪いに掛かっているので、無駄っぽそうなエピソード多め展開遅めです……。

五十話書いてもユーナが迷宮にも入らないとは、さすがに私も思ってませんでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る