迷宮攻略準備、ユーナの魔法の腕前は4

「お、おおっと!」


 ギルの魔法でどこかに飛ばされて、地面に足がついた感覚がした直後目の前に現れ襲い掛かってきた魔物に驚きながら咄嗟にユーナを背に庇い剣を振るった。

 木の魔物、トレントなんて久しぶりに見たけど、こんな弱い魔物だったか?


「お見事ですね。ヴィオが魔物を狩るのを見たのは初めてですがあなたの剣の腕は素晴らしいの一言です。まさかトレントを一刀で屠るとは」

「迷宮外の魔物ならこんなもんだろ」


 迷宮と違って狩った後もその場に姿を残しているトレントを見下ろしながら、最後にトレントを狩ったのは中級の迷宮だったからと強さを比較する。


「おや、気が付いていないのですね。ここは迷宮と同じですよ。人の世界にある迷宮の様に素材を落とすのではなく。出て来る魔物自体が素材であるという違いはありますけれどね」

「人の世界にある迷宮? ここは人の世界ではないのか」

「ええ、ここは精霊の国の周囲を守る迷宮です。人の世界と精霊の世界の境界と言えばいいのでしょうか」


 人の世界と精霊の世界の境界、それは吟遊詩人が吟じる英雄の物語に出て来る只人には到底辿りつけない場所、境い目の森と通称言われているところだ。

 精霊の導き、精霊王の許しが無ければ精霊の国には行けず、永遠に境い目の森で人はさ迷い続ける。

 

「境い目の森なのか」

「ええ。ヴィオも子供の頃悪い事をすると精霊に攫われて境い目の森に置き去りにされると言われたことはありませんか」

「ある。子供の頃はただの脅しだったが、冒険者になってそれが現実だと知った。ここが境い目の森か」


 悪い事をするしないに関わらず、精霊の気まぐれでこの森に連れてこられてエルフに救われたという話は、冒険者の間では真実として語られる話だった。

 精霊と契約しているエルフなら、境い目の森は怖くもなんともない場所だ。

 だがただの人は違う。境い目の森には人の世界側に出口がない。

 遠くに幻の様に見える精霊の国を見ながらも辿り着けず、人の世界にも戻れない。

 食料も水も得られず、飢えと喉の渇きに苦しみながら魔物に襲われる恐怖に夜も眠れずさ迷い続けるしかないのだ。


「安心してください。用事が終わればすぐにギルドに戻りますから」

「分かった。だが、用事というの……ユーナここにいろ」


 近寄ってきたトレント二体に駆け寄り、剣を振るう。

 魔物を狩るところなんて見たことがないユーナには、今のところ出て来る魔物がトレントだけなのは運が良いのか悪いのか。

 トレントは下級冒険者には脅威以外の何物でもないが、狩っても血が飛び散るわけでもなければ内臓が飛び出るわけでもないから、ユーナでも衝撃は少ないと思う。


「あ、トレントはギルドですべて買い取りますから」

「ギル。お前」


 トレント三体をマジックバッグに仕舞い、ギルに呆れながらユーナのところに戻る。


「ユーナ急にこんなところに連れてこられた上に魔物に襲われて、怖かっただろ」


 ポポを両手に包んだまま動けないでいるユーナの背に手を回し、強張っている顔を覗き込む。体が震えているのは恐怖からだろう。


「だ、大丈夫です。少し驚きましたけれど」

「トレントなんて下級冒険者では見る事がありませんから、驚いて当然ですね。申し訳ありませんユーナ。でもこの場所でなければポポの魔法陣は消せないのです」

「魔法陣を消す? ラウリーレンに消させればいいだけなんじゃないのか」


 魔法陣を人や動物の体に刻むのは、人の間に知られているのは従属の魔法陣程度だが、あれは魔法陣を刻んだ者が消せるのだと言われている。

 ポポに刻まれた魔法陣はラウリーレンの仕業なのだから、本人に消させればいいんじゃないだろうか。


「今ラウリーレンは片羽ですから、これを消す力がないのですよ。私はこれを消せはしますが相当の痛みが生じてしまいポポそのものまで消えてしまう可能性があるのです。それでは魔法陣が消えても意味がありませんから、ユーナが使える精霊魔法初級の一つである状態回復魔法を使い、ヴィオは癒しの泉を使う。その間に私がポポの魔法陣を消します」

「癒しの泉は分かるが、状態回復魔法はなんで必要なんだ」


 あれは麻痺や毒なんかの状態異常を解消して体力を回復する魔法だ。ポポの魔法陣は状態異常になるわけじゃないよな?


「人の魔法である状態回復魔法と精霊魔法は異なるのですよ。人の魔法では毒程度しか解消出来ませんが、精霊魔法は呪いも消せるのです。ラウリーレンが刻んだ魔法陣はある魔力をポポからラウリーレンに徐々に移動させる効果の他に、ポポを自分の思い通りに操る従属の呪いが付いている様です。呪いは魔法陣を刻むことで発動し魔法陣を消しても残ってしまうのです。ですから魔法陣を消しながら呪いも消さなければポポはラウリーレンに従属したままになってしまうのです」

「従属って、ポポはユーナと俺と契約しているのに?」


 精霊との契約は従属魔法の様なものなんだと思う。

 つまり今のポポは俺達に従属している。それなのにラウリーレンがポポにそれを課せるのか?


「あなた方との繋がり程強くはありませんが、ラウリーレンの言葉を真実だと思い込む程度の力はあるでしょうね。元々ポポは誰かを疑える程の思考力はありませんから、それだけで十分ラウリーレンの思い通りにポポを動かせたのでしょう。全く恥ずべき行いです。とても上位精霊がする様なことではありません」

「ラウリーレンは……ったく、トレントいすぎだろう!」


 また現れたトレント数体に走り寄り、ザクザクと狩りまくる。

 びっくりする程簡単に狩れるが、こんなに頻繁に出てこられるとポポの魔法陣に集中出来そうにない。


「魔物は精霊の国に異物を寄せ付けない様に近づいてくるのですよ。今魔道具を発動しますからそれまで周囲を警戒していてください」

「分かった」


 言っている傍からどんどん近づいてくるトレントを狩りまくる。

 以前中級の迷宮で狩ったトレントよりも、このトレントは狩りやすい気がする。トレントが弱いのか? いいや、俺の体の動きが違う?


「前よりも動ける様になった?」


 迷宮で一つ目熊を魔物寄せの香で呼び出し狩り続けているのとは違い、今は出て来るとは言っても数体だし、何度も立て続けに出て来るわけでもないから余裕もある。動きを見る余裕、一体一体を狩る余裕、限られた空間で大量に出る魔物を狩るのとは違い広さを十分に使い戦えるのもそうだ。


「一つ目熊を短時間に大量に狩り続けたから、あれのお陰なのか」


 久しぶりに一つ目熊よりも強い魔物を狩ってみて、自分の体の動きの違いに気が付いた。トレントの動きに対応できる。動きを見て攻撃を避け、簡単に屠れるんだ。

 一刀両断出来る程度の魔物とはいえ、ゴブリンみたいな雑魚とも違う下級迷宮の守りの魔物である一つ目熊。あれを延々狩り続けたのは無駄じゃなかったってことか。


「俺はまだ戦えるのか、それとも衰え続けるだけなのか?」


 目の前に倒れている何体ものトレントを見下ろし、泣きそうになる。

 衰えていくだけなのだと思っていた。

 俺はまだまだ戦いたかったというのに、まだ上を目指して行きたかったと言うのに志半ばでそれを諦めなくてはいけないと、自分にそう言い聞かせるしかなかったというのに。


「まだ俺は戦えるのか。まだ諦めなくてもいい?」


 にじむ視界をぐいと手のひらで擦り、頭を振って息を深く吐く。

 叫び出したい様な感情を、トレントをマジックバッグに仕舞うことで誤魔化して再び現れたトレントで、自分の動きを確認し歓喜する。


「まだ俺は戦える。終わりじゃない」


 俺に襲い掛かってきたトレントの大枝、それを剣で切り落としトレントの幹に剣を向ける。

 トレントの大枝の攻撃は中級迷宮では脅威の一つだった。

 トレントの大枝は一つだけではなく、一度に四方八方から襲ってくる。

 その大枝に叩き飛ばされて負傷してしまうのだ。

 だけどその脅威だった攻撃も、今の俺は簡単に避けて逆にこちらから攻撃を簡単に仕掛けられるんだ。


「ヴィオ、もう魔道具を発動出来ましたから戻って来て下さい」

「わかった」


 ギルの声に、トレントを狩り終えた俺は剣を鞘に戻す。

 心配そうに俺を見つめるユーナに右手を上げて応える間も、頬が緩むのを抑えられなかった。

 

 

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