不思議な文字の出現条件1
「今日の目標は熊の手二千を集めだな」
ユーナをギルドの資料室に送った後、領主からの指名依頼だという熊の手二千と一つ目熊の皮三百の依頼を受けた。
昨日俺達が帰ってから、ギルが領主に掛け合って指名依頼をもぎ取ってきたのだという。
ギルの話以上に王宮地下に出来たと言う迷宮は厄介な扱いになっている様で、五回に一度程度の石化防止の効果だとしても、一つ目熊の皮製マントは領主に是非にと望まれたらしい。
「弁当もあるし、今日は長時間入っていられるな」
今朝、朝食を取った後ユーナが弁当だと言って持ち手付の籠に昼食を入れて持たせてくれたんだ。
中身はパンと鶏の香草焼き、燻製肉と野菜を刻んだものを入れた卵焼きに、人参を甘く煮たもの。青菜のニンニク炒めだそうだ。
朝から手の込んだものを作ってくれたもんだ。と驚いている俺に「沢山食べて沢山稼いできてくださいね。ポポちゃんと一緒にお迎え待ってますから」とユーナが微笑んだ。
昨日俺が言った事をちゃんと覚えていて、自分は大丈夫だと教えてくれたんだろうと安心するやら関心するやらだ。
「魔石を渡したのも良かったのかな。まあ、あれは気休めだよな」
昨日マジックバッグの中から見つけた、俺が初めて迷宮で狩った魔物の魔石をユーナに渡した。
冒険者のゲン担ぎ的なものだけど、俺のお守りだ。
そう説明すると、ユーナは受け取れないと断ってきたが、ユーナがずっと一緒にいる人だから俺の大事なものを預けるだと言えば、一瞬無言になった後受け取ってくれた。
大事な物を預けておけば、俺がユーナを置いてどこかに行ったりはしないだろうと自覚してくれるんじゃないかと思ってしたことだったが、言い方がちょっと重かったかもしれないと今更後悔してもいる。
「さすがに今日はそれなりに人がいるな」
のんびりと迷宮に向かう道を歩いていると、五、六人毎の人数で固まって何組か前を歩いているのが見えてきた。
装備は下級冒険者が良く使っている様な、革の鎧や防御力等殆どないローブ等に見える。
何やら楽しそうに盛り上がっていて、微笑ましい。若いというより幼い感じがする奴らばかりだか、何というか明るく活気に溢れている雰囲気に見ているだけで俺の方まで明るい気持ちになってくる。
「何だかオッサン臭い考え方だな」
ユーナはもうすぐ二十歳らしい、つまり誕生日がきても俺と十歳の差がある。
目の前を歩いている彼らは多分、十四、五歳は年下だろう。つまり俺の子供といってもいい年代だ。
それを考えれば、俺がオッサンな思考になっても仕方ないんだが。何となく寂しい気持ちになる。
「弁当作ってもらって、喜んでる場合じゃないよんだよなあ」
同性ならともかく、ユーナは若い女性だ。
出会った頃子供だった(年齢を聞いて驚いたが、見た目はどうみても成人前だった)リナでも抵抗あったというのに、若い女性と二人旅はお互いキツイ気がしてしょうがない。
「こうなると、ポポが一緒にいるのはありがたいのかもしれないな」
生まれたばかりの精霊だというポポは、ユーナと契約を結んでいても夜は存在が不安定になるとかで、精霊の国に行き休まないといけないらしい。
今迄はそれも出来ずユーナにくっついていたせいで、昨日契約しなければ消えるところでしたとギルに聞かされた時は、流石の俺も冷や汗が出た。
ユーナが契約を望んだからいいものの、そうでなければ目の前でポポが消えたかもしれないんだから、ギルもあんまり無茶な真似をしないで欲しい。
「夜はいなくても、日中だけでもポポがいればユーナの気持ちも休めるだろう」
ユーナの育った環境のせいなのか、元々の性格なのかユーナは俺に対しての警戒心が皆無に見える。
だが、そう見えていたとしても、家族ではない男とずっと一緒にいるのは疲れるだろう。
「どこかに拠点を作ってってのは、今の段階じゃ難しいからなあ」
俺の目標もなければ、ユーナの目標もない。
取り敢えずで定めたのは、王都でユーナの鞄に保護魔法的なものを付与してもらうことと、海に行くこと、後は親父の墓参り位だ。
墓参りついでに母親のところに寄ってもいいかなとは思っているが、それぐらいだ。
「あの文字に意味があるなら、目的が出来ることにはなるか」
昨日、一つ目熊を狩った三十層で見つけた、ユーナの世界の言葉らしき文字、あれに何か意味があって向こうの世界に戻れる手掛かりになるのなら、これを探すのが最優先になる。
だが、これが本当にユーナの世界の文字なのか俺には判断が出来ない。
「とっとと、熊の手二千集めて、十層と二十層守りの魔物でも出るのか確認しよう」
あんな文字があった記憶がないのだから、いつもは出現せずに何かの条件で出る可能性がある。
何故あんなものが出るのかが最大の疑問になるんだが、そんなの俺が考えて分かるわけが無いんだから、まずは条件を確定するのが確実だろう。
「仕掛けがある迷宮、その類の可能性も無いわけじゃないが下級の名無しに出たって話は聞いたことないんだよなあ」
迷宮のあちこちに仕掛けがあり、それを解いていくと隠し部屋が現れる迷宮というのは中級迷宮にはたまにある。
俺が攻略していた森林の迷宮は、十九層と四十二層に隠し部屋があって、十九層では中級の全体回復の魔導書とミスリルの魔剣が、四十二層ではオリハルコンの大盾と賢者のローブが入った宝箱があった。
仕掛を解く鍵は文字だったり特定の魔石だったりするんだが、昨日見つけた文字がその類のものだとすれば、ユーナが帰るための手掛かりとは違うってことになる。
「とにかく熊の手を集めて、それからだな」
ユーナが迷宮に入れる様になるまで、まだまだ時間が掛るんだから、余裕はある。
調べられるだけ調べて、それからユーナに見てもらおう。
「よし、狩るぞ」
名無しの下級だとはいえ、迷宮に入るのは俺にとって日常だ。
手掛かりを見つける為だと言い訳があれば、後ろめたい気持ちも減っていく。
この後ろめたいという感情は誰に対してなのか、俺にじゃない。
多分、ポール達に向けてなんだろう。
自分達から逃げたくせに、迷宮に入るのか。
実力なんかないくせに、それでもまだ未練があるのか。
聞こえるはずのない声が聞こえる気がする。
俺、情けないな。
「情けなくても、今の俺はこんななんだ」
自分を確かめるように、剣の柄に触れる。
衰えてきたと自覚しながら、それでも迷宮に入るのは多分止められない。
そう気がついたから、後ろめたくても情けなくても迷宮に入り続ける。
「……」
強くなりたいなあ、もっともっと強く。
どんな魔物も恐れることなく、上を目指して迷宮を攻略し続ける。
そしていつかは天空の迷宮を攻略する。
ポール達から逃げても、それでも夢が捨てられない。
そう気がついてしまったんだ。
「なんで弱いんだろうな」
どれだけ望んでも努力し続けても手に入らなかった力、これから強くなれる可能性なんてあるんだろうか。
「あ、昨日の」
「おはよう、今日は夕方まで潜る予定だ」
「そうですか、頑張って下さい。今日はどこからですか」
昨日いた男が今日も迷宮の前を守っていた。
「三十層だな」
「え、もしかして指名依頼の方ですか」
「知ってるのか?」
「はい、自分は領兵で、領主様から今日から指名依頼で熊の手を集めてくれる冒険者が入ると連絡がありましたが、あなたでしたか」
男の言葉に、俺の後ろを通りかけていた冒険者達の足が止まった。
「そうだな」
「そうですか、依頼を受けてくださりありがとうございます」
「あんたに礼を言われることじゃない。これは俺の仕事だからな」
後ろで立ち止まりヒソヒソと話をされるのは別にいいとして、なんで目の前の男に礼を言われるのか理由が分からない。
それでも王宮の迷宮に関わる話だから、用心のためマジックバッグから防音の魔道具を取り出し発動する。これで話は聞こえないはずだ。
「それでも言わせてください。自分の弟が迷宮に入ってるんです。その若様の従者として」
「そうなのか」
「はい、若様も弟も何度かお世話になったようです」
何度かという言葉に軽い目眩を感じる。
一人の人間が何度か石化解除薬の世話になるというなら、そりゃ熊の手がいくらあっても足りないだろう。
「そうか、弟さんも大変だな」
「ええ、大きな声では言えませんが、若様より従者の弟の方が腕が立つもので、お守りする度にその……」
従者の方が腕が上、そんな奴が中級の迷宮に入ってたら生きてるのが不思議な位なんじゃないのか?
「若様は元々は騎士団の事務方として勤めていらっしゃったのです。それが今回特別部隊として」
それはギルの話よりも酷い状況だってことなんじゃないのか?
騎士は迷宮に入りたがらない奴もいるとギルが言っていたが、入りたがらない奴もじゃなく入りたいと思う奴もいる程度の話に思える。
「そうか、弟とさんは」
「弟は体が丈夫ではなくて、領兵にはならず従者となったのですが、まさかこんなことになるとは」
嘆く男はもしかすると、迷宮の詳しい情報を弟から聞いているのかもしれない。
あの迷宮の存在は秘密とはいえ、こうやって少しずつ外に出ていくんだろう。
まあ、知ったところで王宮の地下なんて入れるわけがないんだが。
「そうか兄の立場じゃ心配だな。だが、迷宮の難点はそこだけなのか?」
バジリスクに苦戦する腕で、名付きになりそうな中級迷宮の上になんて行けるんだろうか。
多分バジリスクか下層から中層に出てると思うんだが、どうなんだろう。
「石化しないという点ではいいんですが、他にも色々問題はあるようです」
「問題?」
「何層か教えられませんでしたが、ドラゴンが守りの魔物で出るとか、他にも見えるのに入れない部屋とか」
「見えるのに入れない部屋か」
それはさっき考えていた隠し部屋があるっていうことか、しかもそれが解ける奴がいないっていうのは大問題だな。
王宮の地下なんて場所にある迷宮に入る奴らにしては、腕が悪すぎる。
そんな程度の奴が無理矢理入らされるとか、酷すぎるだろう。
俺は会ったこともないこの男の弟に同情するのだった。
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