ユーナの料理の腕前は?
落ち込みながらマジックバッグに仕舞いこんでいた迷宮攻略の覚書や、魔物などの特徴を記した紙等を一つ一つ確認した後、リナの名前を記した紙の文字と迷宮で記してきた文字を比べた。
「やっぱり似ている気がする」
リナの世界の漢字という文字は、なんというか縦横の棒を沢山使っている様な印象がある。
リナが暮らしていた国では、漢字の他にひらがなとカタカナというものがあり、それを全部使い書くのだと言っていた。
漢字というものは、一文字一文字が複雑すぎて俺には覚えられそうに無い。
全部ひらがなでは駄目なのかと思うんだが、どうなんだろう。
ちなみに、この世界の文字はリナに言わせると、アラビア文字とかいうものに見た目が似ているらしい。
「なんで話せるんだろうな」
ユーナもそうだが、リナも最初からこちらの言葉が話せたし読み書き出来た。
時々分からない単語を使って俺達に通じず、どう説明したらいいのか分からないとリナは嘆いていたが、それ以外言葉で苦労することは無かったと思う。
言葉が分かることについて、リナは「神様には会ってないけど、言語チートでも貰ってたのかなあ」と俺には訳の分からない言葉で納得していたが、これを言ったらユーナも納得するんだろうか。
「言葉の件はともかく、なんでこの文字があの迷宮の壁に書かれていたのか分からないんだよなあ」
他の迷宮でも同じように書かれていたのか、それともあそこだけが特別だったのか分からない。
迷宮で守りの魔物を狩った後は、どこの迷宮でも必ず一通りその場を確認するのは迷宮攻略の基本だ。だから見落としていたとは考えにくいんだが。
「ユーナに見せるかどうかだな」
俺はユーナとリナの世界の文字は読めないから、この文字の意味が分からない。
意味が分からない文字を見せて、ユーナはどう感じるんだろうか。
「もし、他の迷宮でも文字があるなら、全部調べていけば帰る手段が見つかるのか? あの迷宮の十層と二十層の守りの魔物の部屋にも同じ文字がある?」
明日三十層をもう一度確認して、この文字以外に書かれているものが無いかを探してこよう。それから十層と二十層も見て来る。ユーナに見せるのはそれからでも遅くないだろう。
中途半端な物を見せて、ユーナに今すぐ迷宮に入りたいと言い出されても困る。
「それにしてもユーナ、本当に迷宮に入るつもりなのかな」
死んだ角兎ですら怯えて直視出来ないのに、迷宮の魔物に正気でいられるとは思えない。
「市場の肉にも驚いてたんだよなあ」
鶏の羽根をむしり頭を落として内蔵を抜き血抜きしただけのものが、市場では当たり前の様に売っている。この程度は流石に問題なさそうだったが、迷宮産ではない魔物や動物の腕肉やもも肉がそのまま売られているのを見て顔が青くなっていた。
血抜きしただけで皮を剥いですらいないオークの片腕など、この辺りの子供は家の手伝いとしてバラし方を親から教わる。
何故か塊肉の形で落ちる迷宮産とは違い、外の奴はそういった処理が面倒な分値段が安いから、一般家庭以外でも手頃な値段の酒場や屋台ではこっちの肉を買う方が多いらしいし、だからこそ子供内から教え込まれるんだろうが、ユーナには刺激が強すぎたらしい。
「あの程度でも駄目だっていうのに、迷宮。いや、解体が無い分迷宮からの方がマシなのか」
旅を始めたら、魔物を狩るのは日常になる。
ユーナの目の前で解体もするだろう。
俺が魔物を狩る度に、具合が悪くなっていたら旅なんか出来ない。
「熊の手はまだまだ必要らしいから、二千とは言わず狩るか」
この町ならギルもいるからユーナを一人にするといっても、他の所よりは都合がいい。
下級になるまでこの町にいて、一度迷宮も経験させてから出発しよう。
それでいいかユーナに確認しないとな。
※※※※※※
「ヴィオさん、お待たせしました。お口に合うといいんですが」
「美味そうな匂いだな」
ユーナと女将が運んでくれた料理が、テーブルいっぱいに載せられている。
白くてトロミのある何かは、肉や根菜と共にパンらしきものが入っているようで、まだ熱いからなのかフツフツとした気泡が見える。
赤い色が特徴的なこれはトマトだろうか、赤身の肉と色鮮やかな野菜の煮込みの様だ。
こっちは何だろう? 生で食べる葉物野菜に何かが巻かれてタレが掛かっている。
こっちは多分角兎を香草で焼いたものだろうか、大きな皿に載せられて、テーブルの真ん中にデンと居座っている。肉の周りには沢山の野菜が飾られている。
スープは俺の好きな牛乳と野菜のものだ。
昼を食べた時に話したのを、ユーナが覚えていたのかもしれない。
「凄いな、短時間でこんなに作ったのか」
「女将さんや料理人さんが手伝ってくれましたから。あ、これは火傷注意ですよ。すっごく熱々ですから」
「確かに熱そうだな、でも美味そうだ」
落ち込んでいて食欲なんてどこかに行っていた気がしていたのに、見ていたら腹がなりそうだった。
「そう言ってもらえたら、ホッとします」
ユーナは行義よく椅子に座り、俺にスープを勧める。
「うまっ」
一口スープを飲んでみて、思わず声が上がる。
「大丈夫そうですか?」
テーブルの向こうでユーナが、心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
俺はコクコクと頷き、更に一口スープを口に含む。
スープって、ただのスープだ。
入っているのは小さく切られた根野菜と葉物野菜、そして燻製肉。
これはリナも良く作っていた組み合わせだ。
味の懐かしさに、複雑な気持ちになるけれどスープの美味しさが悲しみを吹きとばしてくれたんだ。
「美味い。すっごく美味いよ。次にどれを食べようか迷うな」
「ここに出ているものは全部私が作ったものです、ちょっと手伝っては頂いてますけど」
「ユーナのお勧めは?」
「グラタンは自信作です、でも最初は角兎かなあ、ええと、こっちのはオークキングのトマト煮込みです。これはこれでありかなって思うんですよ。こっちはサラダっぽい感じで、野菜巻き作ってみました。お口直しにどうぞ」
少し興奮した様にユーナが料理の説明を始めた。
興奮、いいや違うこれは嬉しそうなんだ。
「ユーナは料理が好きなのか」
「え、あの、私料理を作るとストレス解消になるみたいで、鬱々した気持ちとか玉ねぎ刻んだりしてると解消されちゃうんです」
何故か恥ずかしそうに打ち明けたユーナは、俯いたまま俺の前に角兎の焼き物を取り分け差し出した。
「ああ、これも美味いな」
「これ、私が狩った? ええと、多分狩った角兎なんです。女将さんに初めて狩ったものなのでどうしたらいいか分からないって相談したら、色々教えて貰えました」
何でもない風に言っているけれど、それはもしかして解体を習ったというのか?
驚いた顔をしているだろう俺に、ユーナはふふふと得意そうに微笑んだ。
「私、能力に料理があるんですが、それを意識して発動するとどんな形のものでも頭の中が食材って認識するみたいなんです」
「は?」
「料理の能力を使おうと思わなければ、私には角兎のあの状態は怖いだけのものなんですけれど、なんと。ビックリですよ」
わざとフザケタ様子で、ユーナは俺の顔を見て笑う。
得意そうな、でも悪戯が成功した様な、そんな顔だ。
「料理の能力で分かった事は、料理したいって念じると料理の能力が発動して、どんな形状の物でも食材にしか見えなくなるのと、鑑定とは違うんじゃないかと思いますが、食材と私が認識したものの、食べた時の効果も分かる。後は料理の作り方が頭に浮かぶ。です」
「は?」
何を言われても動じない。そう思っていたと言うのに。
俺は驚きのあまりユーナを見て、言葉を失ったんだ。
「ヴィオさんが驚くなら、珍しい能力なんでしょうか。さっき冒険者ギルドの魔道具には表示されなかった能力ですし」
ユーナはおっとりと言っているが、俺の方こそ分からない。
そんな能力聞いたことがない。
「女将に話したのか」
「いいえ、なんだかマズイ気がして私の能力については女将も料理人も知りません」
「そうか」
良かった。
ユーナがうっかり他人に話したりしない、危機管理の出来る人で良かったと心の底から安堵しながら、俺はユーナの話の続きを聞いたんだ。
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