誰も自分を信じない3(ニック視点)
「ううう、眠い」
昨日は迷宮から帰って来てから皆と話し合いの後、ポールは自分の部屋に引きこもってしまい夕食にも出てこなかった。
夕食の後はそれぞれ部屋に戻ってしまい、台所仕事をしているリナ以外は眠ったしまったのか物音一つしなかった。
俺もベッドの上で膝抱えて考えていた。
これから俺達はどうしたらいいんだろう。
リナと一緒に迷宮に入る。
リナは森林の迷宮に初めて入るから、俺達みたいに転移の門は使えない。
だから、リナと一緒に一層からコツコツと攻略していかないといけないんだ。
「なんか寝た気がしないなあ」
考えていたら、いつの間にか毛布に包まり眠ってしまった。
だけど明日からの事を考えながら寝ていたせいか、深くは眠れなくて夜中に何度か目が覚めた。
今までの俺達なら夕食の後もすぐには部屋に戻らずに、皆で話をしていた。
今日の迷宮は稼げたなとか依頼のあれは酷かったよなとか、そんなくだらないポールと俺の話をリナはにこにこと、ヴィオさんは剣の手入れをしながら聞いていて、その近くでトリアとジョンはリナが焼いたクッキーの取り合いをしている。
そんな時間はいつもあるんだとずっと思っていた。
俺達は仲間で家族、もし誰かが結婚してもこういう関係は変わらないんだと馬鹿みたいに信じていたんだ。
「ヴィオさんがいないだけで、こんなに変わるのか」
頭から毛布を被って一日中過ごしたいような後ろ向きな気持ちで、それでものそのそとベッドから出て窓を開けるとまだ外は薄暗かった。
「まだ日が出てないのか、眠いはずだよ」
朝はリナが起こしてくれるまで寝ているのが常だった。
なかなか起きられない俺は、たいてい一番最後に起きていた。
食卓に着く頃には皆食べ始めていて、俺は慌ててパンに齧りつくんだ。
「まだリナも起きてないよな。ふうっ、散歩にでも行こうかな」
このまま部屋にいたら本当にベッドに逆戻りしそうで、俺は欠伸をしながら窓を閉めて部屋を出た。
便所に行って用を済ませ、裏庭の井戸から水を汲み顔を洗い、口をゆすいでから水を飲む。
生活魔法の浄化で体も口の中も綺麗になるけれど、何となく朝は水で口の中をさっぱりさせたくなる。
「うーん、何か頭の中ぼっーとしてるなあ」
腕を上げ大きく伸びをしてから、そのまま上体を逸らす。
なんかこういうの久し振りにしたかも、昨日変な寝方したせいか伸びをするだけでも気持ちいい気がする。
「よし、出かけよう」
この時間じゃ市もまだやってないかな。
部屋に戻って剣とマジックバッグだけを持ち家を出る。
人通りのいない道を、ぶらぶらと当てもなく歩き気がつくと東の門近くまで来ていた。
「あれ? リナに似てる?」
リナに似ている後ろ姿に、俺の足は自然と早くなった。
家にいる時の服じゃない、冒険者として依頼を受けたりする時の格好に、何となく焦る。
まさか、リナまで出ていくんじゃないよな?
でもそれ以外に、あんな格好で門に向う理由って何があるっていうんだ。
「リナ!」
「あれ、ニックおはよう。早いねどうしたの」
俺の声は切羽詰まっていたと思う。
なのに、当の本人は呑気に首を傾げてこっちを見てるから、俺の早とちりだって分かったから慌てて笑顔を作る。
「何か早く目が覚めちゃってさ、散歩」
「そっか、私はしばらく外に出てくるから、朝食の用意までには戻るけど、お腹すいてるなら昨日焼いたバターケーキでも食べてて貰えるかな」
しばらく外に出てくるって、こんな時間に何をしに?
俺の疑問は顔に出ていたんだろう、リナはハハッと笑った後で「暇ならついてくる?」と聞いてきたんだ。
「リナ、あのさ」
「おはようございます。今日は晴れそうですねえ」
「おお、リナちゃんおはよう。おや、今日は珍しい組み合わせだね」
「何か早起きしたみたいですよ、じゃあちょっと行ってきますね」
「おう、気をつけてな!」
リナが親しげに門番と会話をし外へ出ていくから、俺はわけも分からず頭を下げてリナの後に続く。
「リナ、え、何してんの」
東門を出て、少し歩いた後急に立ち止まったリナは、その場で何度か脚を曲げ伸ばしたり、腕を回したり、腕を振りながら体を左右にねじったりし始めた。
何してるんだ?
「よし、じゃあ行くね」
「え?」
しばらく変な動きを繰り返した後、リナは突然俺にそう言うと今度は走り始めた。
え! な、何をしてるんだ?
「リナ? ちょっと待ってよ」
慌てて追いかける俺に笑いかけ、リナは黙々と走り始める。
東門から北門近くまで、言葉にすれば簡単だけどその距離はかなりある。
走り始めた時は薄暗かった景色が、日が昇り明るくなるまでの時間、リナは休みなくかなりの速さで走り続けた。
「はあ、はあ」
「ふうう」
肩で息をしている俺とは違い、リナは平気な顔で深呼吸を一つすると、さっき東門の近くでしたのと同じ動きをまたし始めた。
「リナ、何してんの」
「何って、見ての通り走ってきたんだよ」
「なんで?」
「なんでって、体力作りのため」
予想してなかった返事に俺は変な動きを続けるリナを見つめながら、なんでとかそうなんだとかもごもごと口の中で呟いた。
リナの動きは慣れていて、迷いなく北門まで走ってきた。
皮の鎧と短剣を装備して走るのは、リナみたいな華奢な子には重いだろう。
それなのに毎日迷宮に入っている俺よりも軽い足取りで、リナは走っていたんだ。
「なんで、そんな」
「ヴィオさんとずっと続けてたの、ヴィオさんが居なくなっても止めらんないの」
その場で短剣で剣の型を繰り返しながら、リナが俺の疑問に答える。
リナが短剣とはいえ、剣を使っているのなんて俺は初めて見た。
長い年月一緒に行動してるっていうのに、俺はリナが持っている短剣が自衛の為の飾りじゃないんだと、今更知ったんだ。
「ヴィオさんと続けてた?」
「うん。昔ニック達とも一緒にやったよね。忘れちゃった?」
「……忘れてない、覚えてるよ」
ヴィオさんと出会った頃に、確かにヴィオさんと一緒に早起きして走った。
走ったし、素振りもした。
体力ないと迷宮攻略なんて出来ないぞ、どれだけ疲れても剣を振れるようになれ。そう言われながら俺達はヴィオさんに冒険者としての生き方を教わったんだ。
出会った頃、俺達は七星になったばかりで早く中級に上がりたくて焦っていた。
だけど素振りなんて考えもしなかったし、走ることの意味なんて理解できてすらいなかったんだ。
ヴィオさんは俺がやっと持ち上げられる様な重い剣を使い、余裕の顔で素振りをする。
軽やかに走っていく後ろ姿を追いかけながら、俺達は早くヴィオに認められる冒険者になろうと心に誓ったんだ。
「中級になって、森林の迷宮に入れる様になって、俺もういいのかなって思ってた」
「そうだろうね、皆いつの間にかやらなくなって私とヴィオさんだけになった」
俺達が一緒に朝の訓練をしていた頃は、リナは短剣なんて持ってなかった。
俺達が中級になっても、リナだけは下級のままだった。リナは冒険者に向いてないんだろうなって思いながら、今拠点にしてる家の前に借りていた小さな家に暮らすようになった頃、俺達は罪悪感を感じながら朝の訓練をさぼり始め、しまいには朝の訓練をやらないことへの罪悪感すら無くなってしまった。
「ヴィオさんとリナはずっと続けてたんだ」
「うん、最初は意地だった。私だけずっと下級のままで悔しくて、でも能力無いのはどうしようもないから、私は私が出来る事しようって思いながら、それでも悔しくて。だから朝の訓練だけは絶対に止めないって決めてた」
「そっか」
「最近は、ヴィオさんと二人の時間が楽しかっただけなんだけどね」
話しながらずっと動いてるのに、リナは息切れ一つしない。
「リナ、短剣使えたんだ」
「一応ね。オーク程度ならこれで狩れるのよ」
「すげえ、知らなかった」
リナがオークを狩れると聞いて、そういえばたまにオークの肉が食事に出ていたと思い出した。あれはリナが狩った奴だったのか?
「それでも、中級の迷宮に入れる腕じゃないのが悔しい。ヴィオさんに魔物を狩れるようになりたいって我儘言って教えてもらったのに、私の腕じゃ迷宮の外に出るオークが限界」
そう言うとリナは短剣を鞘に収めて、北門へと向う。
「ヴィオさんに聞いたことあるんだ」
「何を?」
「ニック達が朝の訓練に来なくなってすぐの頃にね、どうして来いって言わないのって」
リナの疑問に当時の自分を思い浮かべる、それを言われてあの頃の俺達が訓練をしただろうか。
リナの隣を歩きながら、その頃の自分の行動を思い返す。
中級に上がって、森林の迷宮の攻略も順調で俺達は舞い上がっていた。
物凄く強くなった気がしてたし、昨日のドニーみたいに強気だった。
中級になればかなり稼げるんだ。
冒険者は、迷宮攻略を目指すパーティーばかりじゃなく、下層をウロチョロして稼いで満足なパーティーも多い。
俺達はそういう奴らとは違うんだって、内心驕ってたんだ。
「そしたらね、基礎は全部教えたしあいつ達はもう大人だから自分をどう育てるか決めるのは俺じゃないんだって、そう言われたの」
「自分をどう育てる」
「うん。自分は完璧じゃないし、教えたことだって全員同じにする必要もない。不要だと思えば止めていい、不足してるなら何をしたらいいか自分で考えて付け加える。もう自分が口を出す時期は過ぎたんだ。あいつらが成長したってことなんだって、そう言ったのよ」
俺達の成長。
ただ強くなったと錯覚して、下層に留まるパーティーを見下して驕ってただけなのに。
「成長なんかじゃない、俺達はただ」
「サボってたのよね。分かるよ、暑かったら走りたくなんかないし、寒ければ毛布に包まって寝ていたいもん」
「そう……だよね」
俯き地面に転がる石を蹴飛ばしながら歩く。
そう思っててもリナは続けてて、俺達はサボる選択しかしなかったんだ。
「寒かろうが暑かろうが訓練しよう、なんて馬鹿はヴィオさんぐらいよ。あの人馬鹿なのよ」
「リナ、言葉が悪いよ」
「でも、事実でしょ。暇さえあれば訓練して、さらに時間が出来ればギルドの資料室に籠もって本を読み漁ってたんだから、どれだけ迷宮が好きなのよって呆れるわ」
「でもそれが、ヴィオさんの強さに繋がってたんだな」
あの人、嘘みたいに体力あって、馬鹿みたいに強くて、迷宮のことも無茶苦茶詳しかった。
ああいう人を天才って言うんだと思ってたけど、それは努力の結果だったんだ。
「前にちらっと言われたの、補助魔法だって極めたら凄いんだぞって、俺は資料室で読んだ知識だけど、魔力量が多いリナなら使えそうな奴が沢山あったぞって」
「なんでヴィオさんが補助魔法なんて調べてんのさ」
「しぃらなーい。でも、それを思い出したからギルド行って調べて大金はたいて魔導書買ったってわけなのよ。私頑張ったのよ」
隣を歩くリナの口調は明るい。
から元気かもしれないけれど、俺達とは違うって分かる。
ヴィオさんが出ていった後大泣きしていたのリナも同じなのに、今は前に進もうとしているんだ。
成程なあ、俺達がいじけてる間にリナは考えて動いてて、俺達がサボってる時も努力し続けたんだ。
「そうだな、リナは頑張った。今日から一緒に迷宮攻略よろしくな」
「私こそよろしくね。盾役頼りにしてるから」
朝日が眩しい道を、昨日とは違う気持ちで歩いた。
よく晴れた空を見上げたら、問題なんか何もない気がしたけれど、家に戻ったらポールがまだ部屋に引きこもっていてリナと二人で無理矢理引っ張り出したんだけど、ポールの表情は暗いままだったんだ。
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