不思議な文字の出現条件2

「一体狩った後は、文字らしきものは何もないか」


 三十層に転移の門を使って向かい、一つ目熊を出会い頭に剣を振るい首を落とす。

 三十層の守りの魔物の部屋、全部を見渡したが昨日文字が記されていた場所も、その他も何もない。


「文字が昨日は確かにあったのに、消えているのか」


 三十層の守りの魔物を屠っても、誰かがまたこの層にくればまた守りの魔物は現れる。

 それと同じくなるのであれば、文字が消えるのも当たり前なのかもしれない。


「うーん、三十層から離れずに続けて守りの魔物を狩る? なのか?」


 考えていても仕方ないから、魔物寄せの香を使い次の一つ目熊を呼ぶ。

 一番短い魔物寄せの香は三十数える程度の効果だ。でも呼び寄せる一つ目熊は三十体じゃないのは、昨日の経験から分かっている。

 魔物寄せの香の効果がある間は魔物が出続ける。つまり俺が一体狩って次が出るんじゃなく一つ目熊は次々現れるんだ。


「一、二、三、四、五…………五十七、五十八、五十九、六十!」


 昨日は気が付かなかったが、一つ目熊の動きに慣れた目で見ていると徐々に出て来る一つ目熊の数が増えていくのが分かる。

 最初は一体ずつ増えていき、次に二体ずつが続き、その後は三体ずつになる様だ。

 俺は一体ずつ狩るから、大体三、四体に囲まれながらの戦闘になっている。


「ふうう。まずは一回目」


 もう一度周囲を確認するが、文字はどこにも見つけられなかった。


「時間が惜しいな。四半刻使ってみるか」


 とんでもなく増えるのかどうか分からない。

 今の様な増え方をしたら、最後には十体、二十体と増えるのかもしれない。

 その時俺はまともに戦えるんだろうか。不安が頭の隅に過るけれど、でも出来ると信じたくてマジックバッグから香を取り出した。


「一つ目熊なんて、中級迷宮の下層の魔物だ」


 使い始めたらもう逃げられない。

 守りの魔物の出る層は、狩れない限り外には出られない。狩れなかった時は自分の命が消えるだけだ。

 これは無謀な行動なのかもしれない。

 こんな事をしていたとユーナにバレたら、泣かれるかもしれない。

 だが……。


「今の俺でもこれぐらい出来るって信じたい」


 狩れなきゃ命が終わる、一体でも残ってしまえばそこで終わり。

 情けない事に香を持つ手が震えていた。

 

「怖いなら止めろ、無茶が出来る年じゃないだろ」


 自分に言って、自分に苛ついた。

 俺はまだやれる、俺はまだ出来る。

 俺は何に怯えてるんだ、そんなんだから逃げてくるしか無かったんだ。


「自分を追い込んで、どこまでやれるか」


 逃げたくない。後悔していると自覚している身で、これ以上何かから逃げたくない。自分はまだやれると信じたい、自分はまだやれると確信したい。


「よし」


 四半刻の効果の香を、震えが止まった手で火を点ける。


「一、二、三……五十九、六十………百三十五、百三十六」


 百三十六体目を狩った直後、一つ目熊が五体で出始めた。

 一体ずつ狩ったんじゃ流石に間に合わない。


「百三十七、八、九、十!」


 剣士の能力一つ、龍刃の波でまとめて四体の一つ目熊を狩る。

 その後は香の効果が切れるまで、ひたすら龍刃の波で狩り続けた。


「出るのが止まった。残り二十体。クソッ! 聖剣の舞っ!」


 俺をぐるりと取り囲む一つ目熊に、俺が持っている能力で二番目に強力な聖剣の舞で一気に一つ目熊の首を刈り取る。


「はあ、はあ、キツイ」


 魔物を狩った後に息切れしているなんて、いつ振りだろう。

 数を数える余裕すらなく、狩り続けた。


「文字が出ている。これは昨日と同じ文字だな」


 念のため昨日見つけた文字を記した紙と壁に出ている文字を見比べると、やはり同じ文字だった。


「どこで出現したのか分からないが、今の状況だけ見れば何度も同じ魔物を狩ったからなのか、それとも大量に魔物を狩ったからなのか?」


 一つ目熊をどれだけ狩ったのかもう分からないが、最後の頃は一つ目熊が十体位まとめて出ていたせいなのか、今の時点で昨日の魔石の量を超えている様に見える。


「これじゃ狩りにくいな。一回仕舞うか」


 一人でこれを拾うのが結構な手間だ。

 うんざりしながら、魔石と熊の手と皮と毛皮を拾いマジックバッグに仕舞っていると、昨日は無かった物を拾った。


「なんだこれ。骨?」


 指と爪に見える、つまり熊の手から肉と毛皮が無くなった物だ。

 

「なんでこんなものが? これ、上位品なのか? こんなのが?」


 熊の手と比べると倍ほどの大きさに見えるものの、所詮は骨と爪だ。

 これはもしかしたら、下位品なんじゃないだろうか。


「俺は聞いたことがないし見たこともないんだが、チャールズが喜びそうなものなんだろうか」


 珍しいのかもしれないが、熊の手より価値が低くそうに見えるんだよなあ。

 

「三、四……八つもある」


 マジックバッグの中を確認すると、熊の手はすでに千を超えていた。

 続けて狩れば狩る程、素材が落ちる数は増えていくから想定内とも言えるが皮の枚数に対して毛皮の枚数が少ない様に見える。


「よし、全部拾い終わったな」


 全体を見渡して拾い漏れがないと確認し、再度マジックバッグから香を取り出す。

 もう一度四半刻を使う。


「出るより早く狩れば、十体以上一度に出るようになるのかもしれない」


 我ながら無茶をするなと笑ってしまうが、出来そうな気がしたらやるしかないだろう。

 さっき震えていたのが馬鹿みたいだ。

 狩れた途端、次はもっと難易度を上げたくなるなんて、更に馬鹿みたいだ。


「行くぞ!」


 魔物寄せの香に火を点け、一つ目熊を呼ぶ。

 最初は一体ずつ、次に二体ずつ、更に三体ずつ。徐々に増えていく数に俺は最初は衝撃波を使い、続けて龍刃の波、出現の数が十体ずつを超える様になってからは聖剣の舞を使い狩り続けた。

 四半刻の間、ずっと一瞬も気が抜けない時間が続いたけれど、最後の一体になるまで俺は一度も攻撃を受けずに狩り続けた。


「よし、完了」


 香の効果が切れて、すべての一つ目熊を狩り終えた俺はもう一度文字を確認する。

 文字は消えてもいないし、違う文字に変わってもいない。

 三十層を出ていないからなのかどうか分からないから、今度は一旦外へ出てもう一度戻って来よう。


「さて、拾うか」


 狩るよりもこっちに時間が掛かっている気がする。

 まとめて拾えないのが難点なんだよなあ。


「さっきの骨、また落ちてるな。あれ? なんだこの色が違う奴は」


 どう見ても骨の色じゃないし、骨の重さでもないものがいくつも落ちていた。

 

「まさかミスリルじゃないよな?」


 一つ目熊がミスリルを落とすなんて聞いたことがない。

 いや、それを言えばさっき拾った骨も聞いたことがないものなんだが、あれはどう見ても下位品だろう。


「まさか最上位品? でもあれはそういうのがあるかもしれないってだけの話だった筈だが」


 上位品があるんだから、最上位品でもっといいものが出るんじゃないか。

 その程度の話だった筈だ。


「そもそも、皮と毛皮も俺は知らなかったんだよなあ」


 嫌という程落ちている皮と毛皮、今回も毛皮の方が落ちる数は少なかった様だがそれでも多い。

 すでに熊の手の数も皮の数も、指名依頼で頼まれた数量を超えて狩っている。

 

「下に行って、二十層と十層にも文字が出るか確認してくるか」


 こことは違って順番待ちしている奴らがいるだろうか、もしそうなら一人で四半刻独占するのは問題になりそうだ。


「とりあえず、二十層に下りるか。うーん、ちょっと何か食うか」


 動いている時間は僅かでも、集中していたせいなのか妙に腹が空いている。

 香を使うか外に出るかしなければ一つ目熊は出てこないから、ここは安全な場所だとも言える。


「なんだ、結構入ってるな」


 地面に腰を下ろし手を浄化した後、マジックバッグから籠を取り出した俺はいそいそと中身を覆っていた布を取り中を覗き込んだ。

 俺のマジックバッグは時間経過しないから、温度は保ったまま保存される。

 湯気と匂いに食欲を刺激されて、まだほんわりと湯気が出ている骨付きの鶏肉にがぶりと齧りついた。


「うまっ」


 じゅわりと口の中に広がる肉汁に、香草の複雑な香りと塩の味に目を細める。

 迷宮の中で匂いのするものを食べるのは、気を付けなければいけない。

 昨日の串焼きは、俺が魔物が寄って来ない様に威嚇していたから出来たことで、そうじゃなければ匂いで魔物を呼ぶこともある。

 まあ、層毎にある階段ではその限りじゃないから、ゆっくり休みながら食べたいなら階段に陣取って食べればいいんだけなんだが。それでも煮炊きは難しい。


「まだ昼前だってのに、こんなに食ってたら駄目だな」


 貪る様に肉を食って我に返り、誰が見てるわけじゃないのに頭を掻く。

 焼いた骨付きの鶏肉なんて、今まで数えきれないくらい食べて来たというのに美味すぎて驚いた。

 皮がパリッと焼かれているのに、肉の部分は硬くなっておらずにプリプリとした弾力があるし肉汁が凄い。これは良い肉を使っているのか何なのか俺には良く分からない。


「ん? パンにはバターが塗ってあるのか」


 丸パンを横に半分に切って、軽く焼きめを付けているのは、初めて見る食べ方だ。

 パンは焼き立てにバターをつけて食べるか、何かを挟んで食べる。硬くなったパンはスープに浸して食べる。その程度しかないと思っていた。

 パンを一口齧ると、じゅわりとバターの味が口の中に広がる。焼き立てにバターを塗るよりもパンの中に染み渡っている気がする。

 バターを塗っていない面はカリカリとしていて香ばしいのに、不思議な食感だ。


「そう言えば、昨日のグラタンにもパンが入っていたな」


 とろりとした白いものは、ホワイトソースと言うものだそうで、一口大に切った肉と野菜とパンを混ぜ込み熱々に焼いてありグラタンという食べ物らしい。

 舌を火傷しそうな程熱かったが美味くて、美味すぎて「美味い」を連発する俺に、ユーナは嬉しそうに笑っていたんだ。


「いかん、気が緩みすぎだ」


 パンを一つ食べ終えて水を飲んで我に返る。

 夢中になって食べ過ぎだろう、俺。


「続きは二十層が終わってからにするか」


 まだ食べ足りない気持ちに恨めしく籠をマジックバッグに仕舞うと、気合いを入れる為に両手で頬を一度叩いて立ち上がり、二十層目指して階段を下りたのだった。

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