もう一人の精霊は?

「酷い酷い酷いっ! なんなの今の、精霊を拒否するなんて!!」

「ラウリーレン大人しくしなさい。『口を閉じなさい』いいですね」


 ギルが暴れるラウリーレンを両手でがっしりと掴みそう言った途端、ジタバタと暴れる様子はそのままに声だけが聞こえなくなった。


「光の檻」


 ギルの声に空中に現れたのは持ち手がついた、動物を入れて置くような小さな檻だった。なぜか発光していてツタの葉っぱの様な飾りまでついている。


「暫くそこに入って反省なさい」


 暴れるラウリーレンを檻の中に入れたギルは、それを執務机の上に置いた後ユーナの頭上に視線を移し「姿を見せなさい」と命令した。


「あの?」

「私の馬鹿精霊が本当に失礼致しました。申し訳ありません」

「いえ、ちゃんと叱って下さったので私はそれで」

「ありがとうございます。……おいで」

「ゴメ、ナサ…」


 ギルの呼びかけに出てきたのは、小さな白い鳥だった。

 ふわふわした羽根に包まれたそれは、鶏の卵程度の大きさしかない。

 小さな翼で飛んでいるけれど、速度はかなり遅いし、ふらふらしていて今にも落下しそうに見える。鳥の体が透けているように見えるんだが、なんでだろう。


「気配が薄いと思ったら、お前は生まれたばかりなのですね」


 やっとギルのところまで辿り着いたその鳥、でも今までの話を考えるとこれも精霊なんだろう。

 その精霊はギルの両手に包まれると、何度も頭を下げた。


「なぜ、ラウリーレンにユーナの魔力を渡す等約束したのですか」

「……? ヤクソク?」


 ラウレーリンは、この精霊にユーナの魔力をあげると言われたと話していた。

 だが、こいつはギルの質問に首を傾げている。


「自分とユーナの精霊契約を結ばせてくれたら、ユーナの魔力をラウリーレンにあげる約束をしたのでしょう?」

「ケイヤク、テツダッテモラタトキハ、マリョク、ハンブンワタサナイトダメ、イワレタヨ」


 話し方が片言過ぎて聞き取りにくいが、つまりこいつはラウリーレンに騙されて約束させられたってことか。


「ラウリーレンが、お前にそう言ったんですか。契約の手伝いの対価としてと」


 ギルの声が低くなり、精霊は体を縮め何度も頭を下げながら答える。


「ゴメ、ナサイ。ユーナノソバイタイテ、オモテタノ。ドウシタライイカワカラナカタノ。ソシタラ、オシエテクレタ、ケイヤクシタラ、イッシヨニイラ、イラレル。デモユーナハミエナイカラ、ダカラテツダイガ、ヒツヨ、ウ」


「つまり、あなたの気持ちに気が付いたラウレーリンが話を持ちかけたのですね。あなたは精霊契約を知らなかったのですか」

「シラナ、カタ」


 ギルの問いに答える鳥、精霊はつまりラウレーリンに騙された様に聞こえるんだが、こいつはいつからユーナにくっついていたんだ?

 それになんの目的で?


「こいつは生まれたばかりなのか?」

「ええ、その様です。でも生まれたばかりだとしても、力が無さすぎますね。殆ど消えかけています。どうしたんでしょうか。少し魔力を与えたらもう少しマトモに話せるようになるかもしれません」


 そう言うとギルはどこからかポーションを取り出しチビ精霊に飲ませ始めた。

 もしかするとギルも、収納を使えるのかもしれない。


「あれは?」

「魔力回復薬かな、精霊に効くのか分からないが」


 こそこそと話していると、ギルが「効果は低いです。与えないよりはマシ程度ですね」と教えてくれた。


「さて、ヴィオ、ユーナ、何かこの子に聞きたいことはありますか」

「あの」

「なんでしょう」

「何故私の側にいたいなんて」


 ユーナは戸惑った様な顔で俺を見た後、質問を口にした。

 精霊が自分の側にいたい理由なんて、理解できるのはエルフ位のものだろう。俺には想像もつかない。


「ユーナ、ないてた」


 精霊の答えは、理由になっていない様な気がする。

 片言っぽいのは変わらないが、さっきよりは聞き取りやすくなったのか?

 泣いていたというのはいつのことだ?


「泣いていた?」

「ユーナ見つけた、魔力惹かれたよ。だからついて行た。そしたらユーナ追い、かけられて、隠れてな、いてた」


 ところどころ言葉の区切りがおかしいし、抜けてるところもあるような話し方で、精霊は理由らしきものを話している。


「かなしい、こわいて、ないてた。なにもできなくて、こまてたら、きた」

「きた?」


 三人で顔を見合わせる。

 

「まもてくれそうな人、やさしいおおきなかたまりみたいな人、だからよんだ。ここにいるよて、よんだ、力つかた」

「ヴィオさん、あの時のことなんじゃ」

「あの時?」

「私が隠れていた時です」


 言われてやっと気が付いた。

 そういえばあの時のあれは、不自然だった。

 突然目の端に入ってきた明るい色、この国で売っている服にはない明るい色の服だったし、何よりその姿の衝撃すぎて、気が付いた時の不自然さなんて吹き飛んでいた。


「俺が気が付いたのは、偶然じゃ無かったっていうのか」

「よんだ、たすけてって」

「精霊の呼び掛けに気がつく人は殆どいませんが、余程お前の気持ちが強かったのでしょうねえ。それで力を使い切ってしまうとは、愚かですね、もしかしたら自分が消えてしまうかもしれなかったというのに」


 ギルの声は呆れたように聞こえるが、この精霊のお蔭でユーナを助けられたのかと思うと、俺は愚かだとは言えない。


「ユーナ、少しでいいのですがこの愚かな精霊にあなたの魔力を分けてくれませんか」

「私の魔力を?」

「ええ、生まれたばかりの精霊は自分で魔力を回復出来ませんし、許可なく他者の魔力を貰えません。ある程度大きく育つまでの魔力を持って生まれてくるのですが、この子はその魔力を殆ど使い切ってしまったのです」


 まさか、ユーナを助けるために使った魔力というのがそれなのか?


「私はあの馬鹿と契約していますので、この子には私の魔力では効果が出にくいのです。大量に渡しても先程の魔力回復薬程度でしょう」

「ラウレーリンがユーナの魔力を欲しがったのは、その効果とは違うのか?」


 契約者以外の魔力では効果がないんなら、あんなに大騒ぎするほど欲しがる理由が分からない。


「精霊は好みの魔力があると食べたくなるようですね。でもそれは野良精霊の話で、ラウレーリンの様に契約者がいるのに他者の魔力を欲しがる恥知らずはいません。契約者がいるために勝手に他者の魔力は奪えないので、安心してください」


 ギルの説明に、さっきのラウレーリンの暴挙の理由が分かった。

 ラウレーリンはギルと契約しているから、ユーナに魔力をよこせとは言っても、勝手に奪わえなかったというわけか。

 しかし好みだからと魔力を食いたくなるなんて、精霊ってのは謎な生き物だな。


「私、魔力をどうやってあげたらいいか分かりません。さっきあげないって言っちゃったけれど、あれは」

「先程のはラウレーリンへの拒否ですね。これは秘密の話ですが、精霊の願いや暴挙ははっきりと言葉で拒否することで契約者以外でもその言葉のみ契約出来るのですよ」


 ギルの話を聞いて思い出した。

 精霊に赤ん坊を連れて行かれない様にするまじないの言葉、というのがあるんだ。

 どんな言葉だったか忘れたが、その言葉を書いたものを赤ん坊の近くに貼っておくらしい。

 それが拒否するってことなんだろうな。

 さっきのユーナも、それと同じことをしたってわけだ。


「ラウレーリンが無理矢理ユーナの魔力を奪おうとしたくても、絶対にユーナの魔力は奪えないということです」

「ギルとラウレーリンが契約している間は、そもそも本人の許可無くユーナの魔力は奪えないんじゃないのか」

「精霊は狡賢いですからね、特に人の形の精霊は狡賢いのですよ。先程の拒絶が無ければ、今後も上手く誘導して魔力を貰う許可を取ろうとしていたでしょね」


 まあ、さっきも俺達に適当な事を言っていたから、有り得そうな話ではあるな。


「こういう鳥みたいな奴はどうなんだ」

「考える能力は低いですが、契約者に忠実です。裏切りませんし騙すこともありません」


 つまりラウレーリンは、裏切るし騙すんだな。


「先程の話も本当だと思いますよ。嘘をつける程頭が良くありませんから、だからこそラウレーリンに簡単に騙されたのでしょうねえ」


 軽蔑したようにギルは、ラウレーリンが閉じ込められている檻を睨みつけた。


「成程、ユーナどうする?」

「この子に私の魔力をあげたいです」

「ありがとうございます。このまま消えていくのはかわいそうでしたから。お前良かったですね。でも、取りすぎはいけませんよ。ヴィオ、彼女の体を支えて上げてください。慣れないと目眩をおこすことがありますからね。ユーナ、この子をあなたの手にのせて魔力をあげると許可を出して下さい。そうすれば勝手にこの子が魔力を引き出します」


 ユーナが差し出した手にギルが精霊をのせ、俺はユーナの背中に手を回すと、自然にユーナは俺の方に体を寄せた。


「あの時は助けてくれてありがとう。魔力受け取ってね」


 助け、そうかこの精霊に助けられたんだな。


「元気になれよ」


 ツンと鳥の頭を突き励ます。その瞬間何かがこいつに吸い込まれた気がした。


「アリガト」


 俺とユーナの声に精霊は嬉しそうに羽根をばたつかせると、ふんわりした光が精霊を包んだ。


「え、大きくなった?」

「なったな」


 鶏の卵から俺の握りこぶし程度の大きさになった精霊は、頭をユーナの手に甘えるように擦り付けた。


「元気になったと思っていいんでしょうか」

「どうなんだ、ギル」

「ユーナ、目眩がしたりしていませんか」

「少し体が怠くなっています」

「でしょうね。死にかけていたのがここまで回復したのですから。お前お礼を言いなさい」

「ユーナ、ありがと、ユーナの魔力あったかいね。ヴィオもありがと、体力いっぱいくれたのどうして?」


 ん? この精霊何言ってるんだ?

 俺の疑問にギルは何故か笑っているだけだったんだ。

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