ユーナと精霊

「これからこのギルドのギルドマスターのところに行くんだが、ギル……あ、ギルというのはギルドマスターの名前な、それでギルの他に彼の契約している精霊がいるから」

「え、せいれ…………精霊?」


 テーブルの本を片付けてから部屋を出てギルの執務室へと向かう途中、ユーナにギルと精霊の話を始めた途端ユーナの歩みが止まった。

 

「どうした」

「精霊、って精霊ですか? え、精霊がいる世界なんですか??」

「いる世界」

「あの、私がいたところには精霊も魔物もいなかったので。そうか魔物がいるんですもん、精霊だっていたりもするんですね」

「精霊ってものは知ってるんだな」


 精霊がいない世界で、精霊というものを知っている理由が分からずに聞く。

 ユーナの生きていた世界には精霊も魔物もいなかったのか、そういえば魔法も無かったんだよな。


「ユーナはエルフに会ったことはあるのか」

「エルフに会う。え、まさかエルフもいるんですか」

「ギルはエルフだ」


 先に話をしていて良かった。

 精霊は見たことが無い人間が殆どだが、エルフが居るのを知らない人間なんて少なくともこの国にはいないだろう。

 それにしても、エルフや精霊がいないのに名前を知ってるのはどうしてなんだろう。

 そういえば、魔法もないと言いながら知っていたな。昔はあったんだろうか。

 

「エルフですか。成程、私挙動不審だったら怪しいですね。気を付けますし、そもそも顔見て驚くなんて失礼ですもんね」

「そうしてくれ」

「魔物と魔法が私の最大の驚きだと思っていましたけれど、まだまだあるみたいですね」


 少し疲れた様にそう言った後ユーナは何故か握りこぶしを胸の辺りでして、ふううっと息を吐いた。


「なにやってるんだ」

「気合をいれていました。よし、何見ても驚きませんよ!」

「ふっ」

「あ、笑いましたね。乙女の気合を馬鹿にすると泣きますからねっ」


 小さく頬を膨らませユーナが俺の顔を見上げるから、誤魔化す様に頭にポンと手を置いた。


「私の頭、ヴィオさんの手を置くためにあるんじゃありませんよ」

「高さが丁度いいんだよなあ」

「うー、私だってヒールが高い靴履けばそれなりの高さになるのに」

「ヒール?」

「ヴィオさんと出会った時に履いていたサンダルみたいに踵が高くなっている靴、踵の部分をヒールって言うんです」

「そうか。踵が高い靴は多分王都とかには売ってるんじゃないかな。貴族女性はそういう靴を履いていると聞いたことがある」


 そんな靴を履いて生活出来るのは貴族ぐらいだろうから、この辺りの店で扱ってはいないだろう。


「凄い貴族もいる世界なんですね」

「貴族もいなかったのか」

「私の国には、ええと昔はそういうのもあったのかな? 今は無いです。他の国には貴族の人もいるところもありますけど」

「そうなのか」


 自分の常識との違いに戸惑う。

 そうか、ユーナの戸惑いはこういう感覚なんだな。

 多分リナの時にも同じ戸惑いはあったんだろうが、忘れていたな。


「それでギルと精霊なんだが」

「はい」

「何か言われてもすぐには返事をせずに、良く考えてから答えて欲しい」

「そうですね、ボロが出たら困っちゃいますもんね、気をつけます!」

「そういう、いや、うん。そうしてくれ」


 ユーナが誤解していると分かったが、精霊について先入観を与えすぎるのも良くないかと思い直す。


「じゃあ行くか」

「はい。あ、すみません。つい」


 謝るユーナの声に彼女の視線の先を追えば、俺のマントの端をユーナの手が握っていた。

 何となくだが、不安な気持ちを隠そうとしている時にこういう行動に出やすいのは理解しつつある。

 子供の様に保護者の服を掴んでいるのは、他人の目にどう映るだろう。


「こっちじゃ駄目か」

「いいんですか?」


 悩みながら手を差し出すと、ユーナはおずおずと俺の手を握る。

 マントを握るのと変らない気もするが、少しはマシなんじゃないかとも思う。


「いけそうか?」

「……はい」

「もう一度気合入れるか?」


 緊張しているような表情に、からかうよう言えばやっと笑顔になった。


「大丈夫です。でも部屋に入るまで手をつないでいてもいいですか」

「こんなマメだらけの手でいいならな」


 ずっと剣と共に生きてきたから、俺の手のひらの皮膚は分厚く硬い。

 何度も何度もマメを潰したからだ。


「この手だからいいんです」

「じゃあ、そういうことにしておくか」


 エルフや精霊、どちらもユーナは見たことがないんだから不安にもなるだろう。

 多分、繊細なんだよな。

 俺の周囲には今まで居なかった部類だ。

 思えばリナもなんでもかんでも簡単に受け入れできたわけじゃないが、嫌だ無理だとはっきり口にしていた。

 俺への文句も「ヴィオさん、そういうとこですよ!」とはっきり指摘してきたから、ある意味楽だったんだ。


「どうした、入るぞ」

「はい」


 まだ出会ったばかりで遠慮があるとはいえ、ユーナは多分不満があっても内に秘めてしまいそうに見える。

 遠慮するな、信用しろといくら言ってもすぐには難しいだろう。

 だがこればっかりは、少しずつ距離を縮めていくしかないんだろうな。


「ギルマス、待たせてすみま……わっ!」


 コンコンコンと扉を叩き入室の許可を取った後、謝りながら扉を開いたら光る何かが飛んできて、俺は瞬時にユーナを背中に隠しながら扉を閉めた。

 ゴツンという鈍い音の後「痛いっー」と騒ぐ甲高い声に、ユーナを背に庇ったまま扉を開くと、床にギルの精霊が落ちていた。


「何やってるんだ」

「何やってるじゃないよおっ! なんで扉閉めるのよっ!」


 蝶の羽みたいなものをパタパタと羽ばたかせ、ギルの精霊であるラウレーリンは俺の目の前までフラフラと飛んでくるなり抗議の声を上げる。


「今のはラウレーリンが悪いですよ。ヴィオは剣士ですよ。斬られなかっただけ良かったと思わないといけませんよ」

「こんなおじさんに、そんな素早い動きなんて出来ないわよっ。い、痛い痛い! ギル乱暴反対っ!」

「あなたはいちいち失礼過ぎるんですよ。私の教育が悪いと、ヴィオ達に思われてしまうではありませんか。反省したのでは無かったのですか? 本当に契約切りましょうか。私と契約したい精霊など沢山いるのですよ」


 笑っているのに笑っていない顔で、ギルはラウレーリンの首根っこを右手でつまみ上げ、左手で頬を引っ張っている。


「痛い痛いってば! 失礼なのはヴィオの方でしょ! 魔力もない人のくせに精霊と会話できるなんて、自慢できるほど凄いのにこんな扱い酷くないっ? これだからおじさんは嫌いなのよっ!」


 精霊は気まぐれで悪戯好きの困った存在だが、人前に姿を見せることが無い分その力は怖れられ崇められている部分もある。

 だからこうやって姿を見て話まで出来るのは貴重な体験なのかもしれないが、その対象がこのラウレーリンだと思うとその感動は半減してしまう。


「あなたのその態度を見れば幻滅しかしないと思いますが、すみませんねえ馬鹿が騒いで、どうぞ中に入ってください」

「ああ、ユーナ」


 俺の後ろに立つユーナの手を引いて、部屋の中へと入る。


「私の精霊が失礼して申し訳ない。私はギルと言いますこの冒険者ギルドの長です」

「はじめましてユーナと申します。今日冒険者登録したばかりです。よろしくお願い……」


 背筋を伸ばし挨拶をするユーナの言葉を遮り、ラウレーリンは勢いよくユーナの前に飛んで来ると早口で捲し立てた。


「ねえねえ、あなたの魔力本当に美味しそう!  早く食べたいわ、今すぐ頂戴! ねえねえ、早く早く! この邪魔な壁消して!」

「ラウレーリン! 止めなさいっ。さっき私があれほど叱ったというのに、何を言ってるんですかっ!」

「だって、こんな美味しそうな魔力なのよ。ちょっと味見するくらいいいじゃないっ。本当この壁邪魔、早く消しなさいよ。人間如きが精霊に逆らうつもり?」


 ラウレーリンはユーナに触れようとしているのに見えない壁に阻まれて、それが不満だとばかりに騒ぎギルにとうとう捕まえられてしまった。

 俺には見えない壁、これがユーナの能力安全地帯の効果なんだろうか。


「ヴィオさん、私挨拶も出来ないような失礼な方に、自分の魔力を差し出したくなんてありませんが、こういう場合どうしたらいいですか」

「ギル離して! 魔力頂戴よー!」

 

 ギルの拘束から逃げようと暴れているラウレーリンを嫌そうに見ながら、ユーナはちゃんと自分で決断をしている。

 口調の割に俺の腕に掴まっている手が震えているのは仕方がない、生まれて初めて見た精霊が大声を上げて暴れているんだ。これは怖いだろう。

 ユーナにしてみたら魔物と大差ないのかもしれない。

 

「嫌なら嫌だと断ればいい」

「分かりました。あなたに私の魔力は今後何があろうとあげません!」


 ユーナが宣言した途端、ユーナの周りが光を放った。

 これも安全地帯の効果なのか分からないが、光を見た途端ラウレーリンが絶叫したんだ。

 


 


 

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