ユーナの考えは……
「精霊との契約が出来る利点はあるんだろうが」
部屋をでて資料室に向かう間、ユーナがもしも精霊魔法を習得して精霊と契約をした場合の利点を考えていた。
精霊魔法ってのはエルフだけが使える魔法だと、そう世の中では認識されている。
だが、ギルの反応を見て考えるともしかすると一般の人にも使える者はいるのかもしれない。そう思えてならない。
そうじゃなきゃ、さっきユーナに精霊魔法は覚えられないとはっきり言うだろう。
だけどそうすると、エルフ以外は精霊魔法は使えないとされている理由が分からない。
「もしかして、精霊が見えなくても精霊自身にに気に入られたら、精霊魔法は使える様になるのか?」
精霊魔法がどういうものなのか、俺は大雑把にしか知らない。
気まぐれな精霊を使役し、その力を使って人が出来ない魔法を使う。その程度しか分からない。
精霊魔法はエルフだけしか使えないというのが、この世の常識だ。
それが精霊に好かれたら人でも使えるとなれば、大きく常識が変わると思う。
「ユーナがどう判断するかだよな」
俺としては精霊との契約は面倒の一言だ。
精霊と契約すると言う事は、他のエルフにユーナの秘密が暴露されるかもしれないということだ。
精霊同士どれだけ情報を共有しているか分からないけれど、最悪の場合を考えてすべて明け透けに話されているとしたら、ユーナの秘密、異界からこの世に来たというのがエルフにまで流れてしまう可能性はある。
それが良いのか悪いのか、今の俺には判断が付かない。
エルフは人族の世界の事情に関与しないのが基本とはいえ、ユーナの存在は特殊だと学が無い俺でも分かるから、精霊とエルフにユーナの情報が流れるのは良いとは思えないんだ。
「それでも結局はユーナがどう思うかどうかなのか」
ギルの精霊を思い浮かべる。
見た目は可愛らしい人間の子供、でも蝶みたいな羽を持っている。
好奇心の塊、自分の欲望に忠実、そういう印象しかなかった初めてみる精霊。
「俺とユーナの旅に、精霊か」
さっきはギルが関与していたから、俺でも精霊と会話が出来た。
でも、普通はあれはあり得ない。
精霊と会話出来るのは、精霊と契約が出来るエルフだけ。それがこの世の常識だ。俺は魔力が殆どないしそもそも人間だから、普通であれば精霊を見ることも出来ないんだ。
「ここか、資料室」
資料室と書かれた札が掛けられた扉の前に立ち、ふうっっと息を吐く。
どうユーナに説明しようか、決めかねるまま扉を開く。
「ユーナ、待たせてすまなかったな」
部屋の中にいたのはユーナ一人だった。
中央に置かれたテーブルに本を何冊も積んで、扉に背を向けて座っている。
その背中は何故かしょんぼりとしているように見えて、俺はわざとユーナの名を大きな声で呼んだ。
「あ、ヴィオさんお帰りなさい!! お仕事お疲れ様です。怪我とかしてませんか? 大丈夫ですか?」
俺の声に振り返ったユーナは勢いよく立ち上がり、入口近くに立ったままの俺に小走りで近づいてきたかと思うと、目の前に立ち俺のマントの端に手を伸ばしてきた。
「ああ、ユーナもお疲れ様だったな。資料室の整理は上手く出来たか」
「はい」
俺を真っ直ぐに見つめるユーナのその瞳に、俺はなんというか見とれながらそっと手を伸ばしユーナの頭に触れる。
「知らない場所で働いて疲れたんじゃないか? 迎えに来るのが遅くなってごめんな」
ぽんぽんとユーナの頭に手を置きながらそう言えば、ユーナは猫の様に目を細めて俺の手を受け入れる。
「ちょっと疲れてますけれど、大丈夫ですよ。ヴィオさんの方が疲れていませんか」
「俺は疲れていない。久しぶりに迷宮に入ったが、問題は何もなかった」
「良かったです。迷宮って私良く分からないので何だか心配で」
俺を心配していたのか、名無しの下級迷宮なんて苦労する場所なんかじゃないっていうのに、ユーナに言われると何だか心のどこかがくすぐったくなる。
「ユーナは心配症だな」
「だって、ヴィオさんが近くにいないのも不安だし、ヴィオさんが迷宮で魔物と戦ってるのも不安だったんですもん」
俺が羽織っているマントの端を、ユーナはぎゅっと握りしめながら大きな瞳で見上げる。
ユーナの髪も瞳も黒い。
艶がある手入れが行き届いた長い髪と、二重の大きな目。
細く白い指は、全く荒れておらず水仕事等したことないんじゃないかって思う程だ。
「ヴィオさん?」
「心配掛けていたか。悪かったな」
苦労知らずの貴族令嬢、そう思われて当然の見た目をしているユーナ。
それがなぜか俺と一緒にいて、これからも俺と共に旅をしようとしている。
虫が苦手で、体力が無くて、そんなユーナが冒険者の俺と旅をするのはいいんだろうか。誰かに託してそこで暮らさせた方がいいんじゃないのか。
そういう考えも、俺の中にはある。
だから迷っている。
「心配してはいましたけれど。でもヴィオさんはちゃんと帰って来てくれるって信じてましたから。元気な姿で私を迎えに来てくれるって分かっていましたから、私は自分の仕事に集中出来ました」
「そうか」
「はい。ちゃんとヴィオさんは無事な姿で来てくれました」
俺のマントの端を持ったままなのが、なんというか照れくさい。
ユーナは警戒心が無さ過ぎ何じゃないか? なんて余計なことまで考えてしまう。
「ヴィオさん、私ね。薬草の勉強していたんですよ」
「本は問題なく読めたんだな」
リナもそうだったが、ユーナもこの世界の言葉を読めるし書けるし聞き取れるし話せるみたいだ。
それは当然の様でそうではないと、俺とリナは考えていた。
なぜ、そうできるのか分からない。
言語が違うのだと、リナはそう言っていた。
だけど、違う言語を母語の様に使える理由は分からないままだったんだ。
「ヴィオさん」
「薬草は採取依頼を受ける時に必要な知識だ。覚えていて損はない。資料室で勉強出来たのなら良かったなユーナ」
「そうなんですね。この本凄く分かりやすいんですよ。写真がないのに絵が写真みたいに綺麗なんですよ! 色々な本があって整理するのも勉強になりました」
写真というものが分からないが、ギルドにある資料は絵も文も分かりやすいのだと聞いたことはある。
「初めての依頼は楽しかったみたいだな」
「はい。明日も来て欲しいって言って貰えたので同じ依頼を受けたいかなって。いいですか? ヴィオさん」
「依頼を受けるかどうかの判断は、ユーナがしなくちゃいけないんだぞ。自分が受ける仕事なんだからな」
「私は受けたいですけど、ヴィオさんが駄目って言ったら止めるつもりでした」
ユーナのその言葉に、俺は表情を変えずに考える。
この世の事を知らないユーナに、ギルド外の依頼を受けさせるのは心配がありすぎる。本来であればギルドに登録できる条件の十歳の子供でも受けられる依頼という位置づけの冒険者見習い向けの依頼だから、ユーナが受けても問題はないのかもしれないけれど。
それでもユーナが受けるのは心配しかない、ギルドの外の依頼を受けるよりはギルド内の依頼は安全な場所で作業が出来るっていう点で安心できる依頼という物になる。
これが過保護だと笑うなら、笑え。
暗闇の中、一人で泣いていたユーナの姿が俺の中のユーナの印象で。
大丈夫だと笑う顔や、俺の服の端を掴んでいる姿や、そんなユーナの姿が俺を過保護にさせてしまうんだ。
「俺は、ユーナが楽しく仕事出来るなら、俺の判断で制限を付けるつもりはない。駄目だと言う可能性があるのは危険がある場合だけだ」
精霊との契約も、ユーナが困らないなら受け入れても良いとは思う。
ギルの精霊との会話を思い出すと、俺自身は契約は無しの方向一択だがユーナと精霊の相性はもしかしたらいいのかもしれないし、ユーナは契約を望むかもしれない。
だとしたら、俺はユーナの判断を尊重する。
そう思っていたんだ。
「今後は分かりませんが、今日は楽しくお仕事出来ました」
「そうか」
「ヴィオさん、私なんでこの世界の言葉が分かるのかなって、そういう戸惑いがあるんですけれど、そういうものだって受け入れたほうがいいんでしょうか。理由が分からないのはなんだか不安なんですけれど、他のも全部」
そういう戸惑いはあるのかもしれない。
リナの場合はどうだったか、俺は詳しくは覚えいないけれどでもリナも受け入れていた。出来ないよりは出来たほうがいい。そう言う理由だったと思うんだ。
「それがいいのか悪いのか、俺には判断出来ないけれど。言葉を使えるのは良いと思っていていいんじゃないかな。それに出来ることが多いのは悪いことじゃないだろ」
ユーナの言う他のというのは、ギルドの魔道具には表示されなかった能力についてだろう。
ユーナにとってみれば理由の分からない能力なのかもしれないが、この世界で生きていくなら受け入れていくしかない。
「受け入れる、そうですね。これからヴィオさんと旅をするんですから、出来る事が多い方がいいですものね。私薬草の勉強も頑張ります」
「無理はするなよ。焦らずに少しずつ覚えていけばいいんだからな」
「はい」
微笑みながら俺に一歩近づきユーナは、じいっと俺の顔を見上げる。
「どうした」
「ヴィオさんと出会ったばかりなのに、頼りきりなのは駄目だって分かってるけど」
マントを掴んでいる手が震えている。
「ユーナ」
「ごめんなさい、本当は嘘なんです。不安で仕方なかったんです。ヴィオさんが帰ってこなかったらどうしよう。私といるの面倒だなって思ってたらどうしようって」
「馬鹿だなあ」
ユーナがなんでこんなに不安になっているのか、理由が分からない。
俺が決心できていないのが伝わっているんだろうか、俺と一緒に旅するよりもなんて考えてた気持ちが。
「私魔物は恐いし、体力も無いです」
「体力は旅をしてたら自然とついてくるさ」
「旅の邪魔にもなっちゃうと思います」
「邪魔なんかじゃない。一人より二人の方が旅は楽しいものなんだぞ」
「それでも私頑張りますから、薬草だって魔法だって覚えます。虫は苦手だけど克服出来るようになりますから、だから一緒にいさせてください」
こんな風に言われて、嫌なんて言える奴いないだろ。まあ、元々嫌だとは思っていないんだが。
「ユーナはもう少し俺を信用した方がいいな」
「信用、ですか」
「ユーナを置いて消えたりしない。ユーナが俺と離れたいって言わない限り、側にいるから」
ポンと小さな頭に手を置いてそう言えば、ユーナは小さく頷いたんだ。
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