ギルの精霊ともう一人の精霊

「あの! ギルこんな奴だし、若干腹黒いけどね悪い人じゃないから、ギルにあの子の魔法の先生をやらせてあげてくれないかなっ! お願い、お願い、お願いっ!」


 姿を現した途端精霊は、俺の前に飛んできて早口で捲し立てた。

 チャールズといいこの精霊といい、ギルの近くに居る奴はこんなのしかいないんだろうか。

 それにしても悪い人ではない、というのは褒め言葉に一応は入るんだったろうか。

 人は突然自分の理解を超えると、現実から逃避してしまうらしい。

 自分が精霊を見る日が来るとは思わなかったからなあ。


「大丈夫? もしかして眠っちゃったの?」


 精霊の勢いに現実逃避していた俺の顔の前で、精霊の小さな手が横に振られた。


「起きてるよ。驚いただけだ。はじめましてギルの精霊、俺はヴィオ冒険者だ」

「ヴィオ、あたしはねギルの精霊よ。名前はラウレーリンって言うの。可愛い名前でしょう。褒めてくれていいのよ」

「ラウレーリンか、確かに可愛い名前だな。よろしくなリラウレーリン」


 小さな手を差し出してきたから、人差し指をそっと近づけると両手でブンブンと横に振り始めた。羽

 見た目は人と同じだが、背中に蝶みたいな形の透明な羽が付いていてパタパタと羽ばたいている。

 大きな目で瞳は緑、髪は長くてこちらは薄い緑色だ。


「で、なんでラウレーリンはユーナに魔法を教えたいんだ。魔力量が多いからなんて、本当にそれだけなのか?」

「え、えーと、魔法を沢山覚えてるんだもん、使えなきゃ勿体無いよぉ」


 なんだか怪しいように思うのは俺だけなんだろうか、俺とラウレーリンのやり取りをギルはニヤニヤと笑いながら見ているだけだ。

 なんだか嫌な感じがして、俺は試す様に言葉を選ぶ。


「急いで使える様にしなくても、適性があってあんなに覚えられてるんだその内使える様になるだろう。別にユーナを迷宮に潜らせるつもりもないし」

「えっ、ないんですか?」

「無いな。旅をするから出来れば魔法は使えたほうがいいか、程度だ。だから急いで魔法を使える必要も無い」


 俺の返事に驚いたのはギルの方だ。

 急いで魔法を使えるようにしたいというのは無く、ユーナの能力安全地帯の効果で魔物を狩ってしまった時の言い訳として魔法を覚えて貰っただけだ。

 マジックバッグに死蔵していた魔導書を有効活用したともいう。

 それに、これはギルに言うつもりはないが、ユーナは魔力の量が多いとしても収納の能力があるから他の魔法はそんなに使えないかもしれない。


「それなら今回は余計な話でしたかね」

「そんなあっ。それじゃ困るっ。あっ!」


 慌てたようにラウレーリンが自分の口を両手で塞ぐ。


「何か隠してるのか?」

「か、隠してなんかいないわよぉ。やだなあ、勘ぐるおじさんは若い女の子に嫌われちゃうんだよぉ」


 おじさん。

 自分で自覚があっても、こういう言われ方は癇に障るんだが。


「分かった。ギルに魔法を習うのは止める」


 ギルだけならいいが、何かを隠して自分の都合が良いように物事を進めようとしている精霊がユーナの側にいるのはマズイ様な気がする。


「な、なんでよ! ちょっとギル、こいつムカつくんですけどっ!」

「彼は彼女の保護者ですからね、保護者の許可が無いのであれば無理強いは出来ませんよ」


 精霊の悪戯という言葉がある。

 精霊は気分屋で、自分がしたいことしかしないのが基本だ。

 それの気分屋の精霊を魔法で使役するのが、エルフの精霊魔法だという。

 嘘は言っていないのかもしれないが、話していない部分がありそうなこの精霊がユーナに何かしようとしているのは確かだろう。

 それが何か分からないが、精霊の悪戯は本当に質が悪いのだ。

 自分が気にいった赤ん坊を精霊の国に連れていくとか、幻の村を旅人の前に作り幻の祭りで永遠の時を踊らせるとかは良く聞く話だ。

 俺の目の前でユーナの話をしているから、そこまで酷い事はしないだろうがそれでも警戒してしすぎという事はないだろう。


「理由をちゃんと話さない相手を信用なんて出来ないからな、この話は無しだ」

「そんなの困るっ! 美味しそうな魔力分けてもらおう約束なのにっ! あっ!」


 精霊は馬鹿なのか、それともこれも演技なのか分からないが、とりあえずこれの主であるはずのギルを睨む。


「ユーナを面倒に巻き込むつもりなら、俺は明日ユーナを連れてこの町を出るがいいか」


 元々熊の手を集めて売ろうなんて思ってすらいなかったんだから、ユーナの度の準備が終わりさえすればいつ町を出ていい。

 王宮の迷宮攻略も、熊の手がこれ以上集められないと分かれば今までの石化解除薬でなんとかしのぐだろう。


「それは困りますね。何をすればいいですか」

「ユーナの魔力を食料扱いするのを止めさせるのは」

「それは出来ますが、ラウレーリン一体誰とそんな約束をしたんですか。ユーナさんとあなたは会話出来ないのですから彼女ではありませんよね」

「言わなきゃ駄目?」


 パタパタと羽根をはばたかせ、ギルのところに飛んでいくと聞き分けが悪い子供の様に駄々をこねる。


「駄目ですね。私の問いにすら答えないのであれば私にも考えがありますよ」

「わわわ、駄目よ、駄目っ。ギルの魔力貰えなくなるのは駄目なの!」


 俺とラウリーレンの会話を面白そうに見ていたギルは、俺が取って来る筈の熊の手の数を思い出したのか途端に俺に協力的になった。


「それなら何をすればいいか分かりますね。ラウレーリン」

「ユーナ、彼女の魔力に惹かれた精霊の子供がいるのよ。でも彼女が精霊魔法を使えないからギルから彼女に精霊魔法を教えて貰って、彼女とあの子を結び付けて欲しかったの。それが出来るなら自分はユーナから貰える魔力は少なくなってもいいから、お礼にユーナの魔力をあたしにくれるって」


 精霊同士なら当たり前の話なのかもしれないが、ユーナの魔力の譲渡を勝手に精霊同士が約束するってどうなんだろう。

 俺だったら絶対にこんな身勝手な奴らと親しくなるのはごめんだが、ユーナはその辺りどう思うか分からない。


「彼女はこの町に長くはいませんよ」

「えええっ。そうなの、それじゃあたし働き損じゃない! 痛っ」


 ゴンと音が鳴りそうな勢いで、ギルはラウレーリンの頭に拳固を落とした。


「痛いのは当たり前です。痛いようにしたのですからね。ラウレーリン私以外の魔力が欲しいのならいますぐに私との繋がりを切りましょうか。野良の精霊となり好きな様に好きな者の魔力を盗めばいい」


 冷ややかな声、冷ややかな視線。

 ギルは自分の精霊に凍り付きそうな視線を向けた後、視線をそらし何かを探す様に視線を空に向けた。


「ああ、いますね。余程彼女が気に入ったらしい」

「分かるのか」

「契約していない精霊はこちらが意識しなければ探せませんが、確かに資料室の辺りに小さな精霊がいるようですね」

「ユーナに何したりは」

「あの子はかなり小さいですから、人に何か干渉するにはその対象者と契約するしか方法はありませんね。私が力を貸せば姿を現し話すことは可能ですが、どうしますか」


 どうしますかとギルに聞かれ、俺は意識して顔をしかめ考え込む振りをする。

 ギルの近くを飛び回りながら、期待した顔でちらちらとこちらを見ているラウリーレンを喜ばせるのが何となく面白くないってのもある。


「自分の魔力を勝手に貰う相談してるような奴に、普通会いたいとか仲良くなりたいと思う奴なんていると思うか?」

「えええっ。精霊と契約出来るのよ。嬉しいに決まってるじゃない!」

「そうか、俺はお前みたいな自分勝手な奴と親しくなんかなりたくないぞ」

「あんなみたいなおじさん、あたしだって嫌よ!」


 ユーナの近くにいるという精霊の子供が、ラウリーレンみたいな性格だったら嫌だけどユーナはどう思うんだろうな。

 ギャンギャン騒ぐラウリーレンと静かに怒りながら微笑んでいるギルを部屋に残し、俺はユーナと話をするため資料室へと向かうのだった。

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