さて、どうする。

「元気になって良かったですね。羽根がふわふわしていて可愛い」


 ユーナは無邪気に喜んでいるが、問題はこれからだ。

 ユーナにはちゃんと教えていないから、今までの話を聞いて察しているかどうか分からないが、こいつはユーナと精霊契約をしたがっている。


 こんな弱々しい見た目でも、これは精霊だ。

 精霊が存在していなかった世界から来たユーナには、訳が分からない存在に見えているかもしれない存在とこれから一緒にいるという契約をするかどうか。

 今にも消えそうな精霊にユーナの魔力を与えたのは良いとして、今後どうするつもりなのか真剣に考えなくてはいけない。


 精霊と契約出来るのはエルフだけ、これがこの世界の常識だ。

 もしもユーナがこの精霊を受け入れ契約したら、大きな看板を背負って歩いている様にならないか、ただでさえ目立つ容姿をしているユーナに今まで以上に目立つ要因を加えるのは悪手といえないだろうか。


「ヴィオ」

「なんだ」

「あなたが何を考えているか、私は何となく理解できます。これでも長い時間を生きていますから」


 にこやかに言うこの顔は、単純に信じてはいけない顔だと思う。


「ユーナの魔力は特殊です。それは短時間一緒にいただけの私にも分かるものです。ラウレーリンが狂うのも分かる。この世に存在しているのが奇跡な程、純粋で清らかで優しい魔力、それがユーナの魔力です」


 純粋で清らか、そして優しいそれがユーナの魔力。

 思わずユーナの顔を見つめて、そう言えば背中を支えたままだったと気が付いた。


「体が怠いのはどうだ、手を放しても平気か」

「……怠いのは変わりませんが、大丈夫です。ありがとうございます」

「そうか」


 純粋で清らかな魔力。

 それはユーナを見ていると、魔力なんてものが見えない俺にも理解出来る気がする。

 ゆっくりと手を放した後、ユーナの手に乗ったままの精霊に触れる。

 ふわふわとした羽根の感触は伝わるけれど、温度は感じない不思議な感触だ。

 見た目は鳥なのに、違うものなのだ。

 

「お前はユーナの魔力に惹かれたのか」

「ひかれる、うん、ユーナの魔力好き。いっしょにいたい、よ」


 そう言うものの、ラウリーレンの様な強引さはない。

 ただ、願いを口にしてユーナの顔を見つめているだけだ。


「一緒に? 私と?」

「ユーナ、いや? ヴィオも、いや?」

「俺か」


 なんで俺にまで聞いてくるんだろう。

 人を騙す程の頭は無いとギルは言っていたが、今までユーナの側にいたのなら俺がユーナと一緒に旅をすると約束しているのも理解しているんだろうか。


「あの、この子と一緒にいるというのは」

「精霊は気に入った人間に勝手に付いてくる時がありますが、この精霊が言っているのはそういう意味ではなく、あなたの精霊になりたいと望んでいるのです」

「私の精霊?」

「精霊は誰とも契約しない野良精霊と契約者を持つ者と別れます。契約者を持つ精霊というのはあそこにいる馬鹿の様に人の形をしているものが多いのです。何故かと言えば、人の形をしていない精霊は精霊以外と会話が出来ないものが殆どだからです。そういう者達は、生まれてから漂う様に生き、そうしてある程度の年月を過ごして自然に溶けて消えていきます」


 ギルの話からすると、一般的に言われている精霊はラウリーレンの様な人の形をしている精霊を言うのだろう。

 あれが一般的な精霊だとすれば、精霊はその時の気分で赤ん坊を攫ったり悪戯したりするというのも良く分かる話だ。あいつは自分の欲望に忠実過ぎる。


「精霊は不思議な存在なんですね」

「そうですね。精霊の殆どは形すら定まらないものです、エルフの私でも意思疎通が難しいものもいます。この子の様に何かの形を取れるものはそれなりに会話出来る場合がありますが、魔力が少なくなると会話も拙くなっていきます」


 それでさっきギルは魔力回復薬を使ったのか。

 でも魔力が少なくなって会話が出来なくなる理由が分からないが。


「魔力というのは、精霊の存在を維持する為に必要なものなのです。魔力が少ないという事は存在を維持するだけで精一杯ということです。ですから会話が出来るまでの魔力を割けないのです」

「ああ、お腹がすくと頭が回らなくなりますもんね。この子にとって魔力は食事と同じ大切なものなんですね」


 ユーナが納得したような声を上げる。

 それを聞いて、ラウレーリンは魔力を食べたいと言っていたなと思い出す。

 

「その野良精霊は、魔力をどうやって集めるんだ」

「この世は魔力、正確には魔素というものになりますが、それで満ちています。生まれてすぐの精霊には出来ませんが、ある程度育つと魔素を吸収して自分の魔力に変えられる様になります。そうして自分を生かすのです。魔素は人やエルフ等も自然と体内に吸収して力にしているという説もありますが、実際には分かっていません。確実に言えるのは魔素が濃い場所は魔物も多く存在しているという点です。その最たるものが迷宮ですね」

「あぁ、迷宮の空気がそれか」


 迷宮の独特な空気の理由はそれなんだな。

 感覚では何となく分かっていても、こうして説明されると違った感覚になるもんだな。


「話がそれましたね。この精霊は先程二人に回復して頂きましたから、自力で魔素を集められる様になるまで生きるのは可能です」

「でも、私といたい?」


 ユーナの問いに、ギルは頷き答える。


「精霊と契約出来るのはエルフだけと言われていますが、それはエルフが精霊を見る目を持っているからです。精霊を見ることすら出来ない人が。精霊と契約したいと望んでも話をすることすら出来ません。でもそれは精霊も同じなのです。自分を見えない人に話しかけても意思疎通は出来ませんから」


 それを知ってしまえば、この精霊が俺にユーナの存在を知らせることが出来たのがどれだけ凄いことなのか理解できる。

 

「あの、今話せているのはどうして?」

「私の魔法で姿を見せているだけです。魔法を解いてしまえば、もう二度とあなたがこの精霊を見ることはありません」

「それでもこの子は、私の近くに居続けるかもしれない?」


 今度はギルの反応は無かった。

 ユーナの魔力に惹かれ、自分の命よりユーナを助けることを選んだ(その時にその判断が出来ていたのか分からないが)この精霊が、ユーナと話すことすら出来なくても、離れていくとは思えない。


「ヴィオさん」

「ユーナの思う通りでいいんだぞ」


 そうは言うものの、自分を助けてくれた相手を無下にするなんて出来ないだろう。

 あれ? 自分を助けた相手? それ、俺も同じじゃないか?

 もしかして、この精霊に感じているような恩を俺にも感じているのか? 俺勝手に保護者の様な気持ちで接していたがそれって実は……。

 今考えるのはよそう。


「私の思う通り、あの。精霊と契約するってつまりはどういう」

「簡単に言えば、契約者が精霊に魔力を与え、その対価として精霊は契約者に使役される関係です。契約中に契約者が死ねば精霊も一緒に命を終えます」

「使役?」

「精霊により使える能力は異なります。この子はそうですね、今は使えませんが防御系の魔法は使えるようになるかもしれません。そうなったらあなたの守りを強化出来るでしょう」

「守り……そうですか」


 今は役に立たなくても将来ユーナを守れる様になるかもしれないなら、契約しても害にはならないのか?

 この姿を他の奴が見えないのなら、問題にもならないのだし。いや。


「なあ、精霊と契約ってギルド魔道具や鑑定に出てくるものなのか」

「精霊を鑑定すれば出てきますね。契約者はその者の潜在能力にもよりますが従魔士か精霊魔法師等になるみたいですね。勿論従魔士と出たら魔物も従魔に出来るようになりますし、精霊魔法師なら精霊魔法が使えるようになります」


 精霊魔法なんて使えるのはエルフ位だって思うんだが、それがもし出たらマズイだろう。


「精霊魔法師は隠蔽という魔法を覚えられますので、もしそうなったら特別に教えて差し上げましょう」


 にやりとギルが笑う。

 さっきから胡散臭い顔しているのが気になるんだよな。


「何をさせたいんだ」

「こんな愚かな精霊の望みを叶えてあげたいのが一点、もう一点は熊の手と皮ですね」

「明日出ていくのは止める」

「もう一声」

「どのくらい取ればいいんだ?」

「熊の手を二千、皮は百でいいです」

「買取額はさっきと同じだろうな」

「勿論」


 ギルの思惑通りなのは面白くないが、隠蔽の魔法はユーナには必要かもしれないから、ここで覚えられるならそれはこっちにも都合がいいんだろう。いいんだろうけど、ため息が出る。


「あの、私のことでもしかして」

「そういうんじゃない、どうするユーナ契約する、でいいのか」

「はい。……出来たらそうしたいです」

「なら決まりだな」


 何となくしょんぼりとしているユーナの頭をポンポンと撫でて、はっと我にかえる。

 さっき保護者的な感情は、と反省したのになんで俺は無意識にこんなことしてるんだ。


「旅の仲間が増えるな。俺とも仲良くしてくれよ」

「……ナカマ? ユーナとヴィオとナカマ!」

「それでは契約をします。ユーナさんはまずこの子の名前を決めて下さい。その後血を額に付けて名前を授けてあげてください」

「名前」

「まだ名前は呼ばないでくださいね。では右手をこちらに、少し痛みますよ」

「はい」


 ギルが何か聞き取れない言葉を低い声で呟きながら、ユーナの指に長い針の様な物を突き刺した。


「はい、あなたの名前はポポよ。これから私達とずっと一緒にいてね」


 何かを唱えながらギルは視線でユーナを促した。

 ポポの額にユーナが指先を触れさせると、額についた血は光とともにポポの中に消えていった様に、俺には見えた。


「ポポ、ポポはポポなの。ユーナとヴィオの精霊に、なった、よ!」


 ところどころ怪しい口調で、ポポはそう宣言した。

 人でも本当に契約出来るんだなと、感心していると何か引っかかる言葉にギルを見る。


「ユーナと俺ってどういうことだ」

「この子は、ユーナの私達とずっと一緒にという言葉に応えた様ですね。こんな契約は私も長く生きていますが初めてです」


 さすがのギルも、そこまでは考えていなかったらしい。

 驚いた顔のギルに俺は何も言えなかったんだ。


※※※※※※※


初めてギフト頂いてしまいました。

作品を読んで頂けるだけでもありがたいというのに……。

ありがとうございます。

ギフトとかサポーターとか、自分には遠い話だと思っていたので、お礼的なものを何も準備していなかったのですが、何か考えたいと思います。

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