初めての別行動3
「さてと、久しぶりの迷宮だな」
昼飯を食った後ユーナをギルドに送ってから、この町の下級迷宮にやって来た。
パーティーを抜けてからまだ一ヶ月は過ぎていないのに、迷宮の入り口に立つと懐かしい感じすらしてしまう。
下級、中級関係なく迷宮の入り口は独特の気配がある。慣れ親しんだ迷宮の気配に俺は目を細め、口角が自然と上がる。
迷宮の魔物は狩ると迷宮に吸収されて、素材や肉を落とす不思議な場所だ。
迷宮により出る魔物は違うし、下級中級で出てくる魔物の強さも違う。
「迷宮攻略でしょうか」
「ああ、転移の門は空いてるか」
迷宮の入り口を守る門番に声を掛けると、なぜか不思議そうな顔をされた。
時間帯によっては転移の門は順番待ちの列が出来ていることがある。
この迷宮は三十層までしかないが、階層が多い迷宮は攻略中のパーティーが多いから混むのは当たり前の話だ。
「ええと、この迷宮の転移の門はあまり使われていませんからいつでも空いてますよ。この町の迷宮は初めてですか」
「初めてではないが、以前来たのはだいぶ前だな」
苦笑しつつ答えるのは、門番の質問がおかしかったからだ。そもそも初めてなら転移の門は使えないのに初めてですかは無いだろう。
迷宮の攻略した層まで転移の門は使えるが、十層毎にしか転移出来ない。十九層まで攻略していても転移の門からは十層にしか転移出来ないし、ここの迷宮を完全攻略していても、他の迷宮の転移の門は使えないんだ。
「そうですか、あのまさか今からお一人で?」
「ああ」
「あの、それは無謀では。迷宮はパーティーで攻略するものですよ」
顔をしかめて苦言する様子に内心そりゃそうだろうなと思いながら、ギルドカードを提示する。
「ここは名無しの下級だし、今日は様子見で二十層から行くだけだから問題ないさ」
「二、十? え、一人でですか、え、星三」
「通っていいか」
「は、はいっ」
勢いよく首を縦に振る門番を残し、中へと入る。転移の門は確か右手の通路を入った奥だった筈と歩みを見覚えのある道を進めながら、結構記憶に残ってるもんだなと自分に感心した。
「名無しの下級位は問題ないさ」
攻略が夢だった天空の迷宮やこの間までポール達と攻略を進めていた森林の迷宮やもう一つの中級深海の迷宮は、名持ちの迷宮と言われている。この国にある上級迷宮の名持ちは天空の迷宮だけ、中級は森林と深海の二つだけだ。
その他の迷宮はすべて町の名前で呼ばれていて、難易度は名持ちよりも低い。
下級迷宮は名持ちも多いが、この町のは名無しだ。難易度は高くない。
森林の迷宮の守りの魔物を六十は無理でも五十までは単独で狩れるのだから、こんな下級の魔物なんて恐れるるに足りない。
それでもなんだか不安になるのは、今の自分に自信がないからだ。
「これくらいは……な」
見栄で言ったつもりはないし自信はあるつもりだが、もしかしたらという不安は心の隅にある。
これが三年前なら、門番にもっと余裕を見せられただろう。
今は自信はあると思いながら、不安もあって余裕がある振りをしていただけだ。
「情けないな」
転移の門といいながら、あるのは地面に書かれた魔法陣だ。
それに乗ると頭の中に転移可能な階層が浮かぶから、剣をいつでも抜けるように準備しながら二十層を選択した。
「グギャアーーッ!」
体がふわんと浮いた感覚は、何度やっても慣れない。それが治まった途端現れる魔物に一瞬身構えて、すぐに剣を振るう。
「そうだった、二十層はオークキングだ」
十層、二十層と守りの魔物がいて、それを倒せばその階層の転移の門が開放される。
だが転移の門が開放されて使えるようになっても、転移した途端にその守りの魔物との戦闘が始まるのだから、それなりの実力がないとキツイんだ。
二十層を開放したんだから、転移先は二十一層とならないところが迷宮の意地が悪いところだと思う。
「オークキングも久しぶりだなぁ」
オークの時も感じたが、こんなにあっさり狩れそうな魔物だっただろか。こいつの動きってこんなに遅かったのか?
「遅いぞ、手ぇ抜いてんのかっ!」
いつもは盾役のニックが使っていた挑発の能力を発動し、相手の怒りを煽る。
オークキングは叫び声を上げながら棍棒を振り回しこちらを踏みつけようと動くが、その様子はただ間抜けなだけだ。
巨体ではあるから踏まれたら致命傷にはなるが、動きが遅いし踏みつけようと上げた足は無防備過ぎて、ひらりと攻撃を躱した後は簡単にそれを切れてしまう。
「グァアッ! グァアアッ!」
片足を失ったオークキングは棍棒を支えに転ぶのを回避するものの、そうしたら戦えはしないから、ふらついている体に飛びかかり心臓辺りを一突きする。
「グアアアアアッ」
オークキングは悲鳴と共に倒れ、すぐにその巨体は迷宮に吸収された。
残ったのは、オークキングの棍棒と魔石だった。それを拾い上げマジックバッグに仕舞い奥へと進み階段に向う。
名無しの下級迷宮に出てくる魔物の弱さに、森林の迷宮の魔物の強さと比べて虚しくなりながら目的は一つ目熊だと気持ちを切り替える。
若い頃に攻略した迷宮の二十層の守りの魔物に苦戦したら、情けないどころか惨め過ぎだ。
狩れたと喜ぶ相手でもない。
「お前たちどうした、怪我か?」
ため息を付きながら歩いていくと、階段の前にある帰還の魔法陣の近くに、数人座り込んでいた。
「え、一人? 他はもしかして死……」
俺の問いかけには答えずに座り込んでいた一人が話し始めた。
見たところ怪我はしていない様だが、何やってるんだろう。
「おいおい、勝手に殺すなよ。俺は元々一人で入ったんだよ。それより、怪我してるんじゃなさそうだが何してるんだ?」
「あの、二十層の魔物を倒したのは良いんですが、ポーションとか尽きてしまって。戻ろうかどうしようかと」
「休んでたら魔力が少しは回復するから、そしたら私も回復魔法使えるので、進めるかなって思って」
俺の問いに今度は理由を話し始めた二人の答えには、なんていうか呆れてしまう。
下級って、無謀な奴多すぎないか?
ヤロヨーズの町で別れたトニー達を思い出しながら呆れ顔で見下ろせば、トニー達とそう変らない装備にやっぱり無謀だと確信した。
「ポーションが無いなら戻ればいいだろう、二十層を開放したんだ。準備しなおしてそこから始めればいい」
「む、無理ですよぉ。二十層に転移したらあのオークキングが出てくるんですよ」
「転移はそういうもんだからなら、大丈夫一度狩れたんだから、次は余裕だろ」
下級は人数が増えたら魔物が増えるというのは無いから、見たところ五人いるわけだしそんなに難しくはないだろう。
「無茶言わないで下さい! 余裕なわけないじゃないですかっ!」
「ちょっと待って、もしかして転移の門使って来たんですか? 嘘でしょ」
こいつらここまで来られたんだから、それなりに戦えるんじゃないかと思ったんだが違うんだろうか。
「俺のことはどうでもいいが、お前たちオークキングが難しい相手ならポーションも無しにこの先進んだら死ぬぞ。二十一層には普通にオークキングが出るんだぞ」
「え、でも、守りの魔物よりは弱いんじゃ」
「弱いが、お前オークキングにその剣通ったのか?」
どうみても安物の剣な上、まともに手入れもされてないし、刃こぼれしていていつ折れてもおかしくない感じだ。
「いいえ、殆ど駄目でした」
「だろうな。お前の剣いつ折れてもおかしくないんだが、予備のはないのか」
マジックバッグを持っている様子なんてないんだから、予備の剣もないだろうと分かっていながらも尋ねる。
「ありません。剣が折れても買う金も無いんです」
「ここまで来たならそれなりに魔物を狩ったただろ、それの素材はどうしたんだ」
話しているうちに気が付いた。このパーティー、荷物が少なすぎる。
背負い鞄を持ってるのは一人なのか?
「持ってた背負い鞄、十九層の魔物に取られちゃって」
「取られた? あぁ、盜み猿か」
「はい」
「俺の背負い鞄に素材とか魔石全部入れてたから、このまま帰るとさっきのオークキングの魔石だけになっちゃうんです。ポーションをギルドにツケで買ったから、完全に赤字なんです」
「あれは盗まれる前に倒さないと、狩ったら盗まれたものも消えるからな」
防御力も攻撃力も無いし出るのは一匹だけだが、盗み猿はマジックバッグを持たない冒険者には厄介な魔物で、鞄や袋の中身だけを盗むなんて器用なこともする。
マジックバッグは本体も何故か盗まないし、中身も盗めないから、大切なものはマジックバッグの中に入れておけばいい。装備なども何故か盗まない。
だけど、普通の鞄は盗み放題なんだよな。
「狩る前に逃げられました」
「ポーションもあそこには何本か入ってたのに」
そんな事情、俺にはどうでもいいんだが、これで死なれるのはなあ。
俺が置いていったとして、こいつらが戻るとは思えないし。こんな剣じゃ確実に次の層で折れるだろう。
こんなところで時間を使うのも勿体無いし、後味が悪いのも嫌だから仕方がないか。
「次の層だけで帰るって約束出来るなら、次の層だけ付き合ってやる。ゴブリンの魔石だけでもそれなりになるだろ」
「え」
「二十一層に出るのはオークキングとゴブリンと騎士ゴブリンだ。騎士ゴブリンは上手くすれば剣を落とす。古びた剣だがお前のよりはマシだ」
とはいうものの、俺にしてみたら売るのも恥ずかしい屑剣だ。
俺にとっては売らずにある程度数が纏まったらギルドに寄付するものだが、下級のこいつらには貴重な収入源だし、貴重な武器だ。
「いいんですか? 俺達迷惑なんじゃ」
「ここで見捨てて死なれる方が迷惑だからな」
俺も人が良すぎるな。
「ただしパーティーは組まない。オークキングは俺がやるからゴブリンは自分達でなんとかしろ、その程度なら怪我もしないだろ。それが出来ないならここで帰れ」
帰ってくれた方が楽なんだが、無理なんだろうな。
「素材は倒した奴のものだ。いいか?」
「はい」
「よし、じゃあいくぞ」
一層だけなら、そんなに時間も掛からないだろう。
それにどうせ通る道だ、おまけがいてもそう変らない。
誰にしてるのか分からない言い訳をして、俺は階段を上り始めたんだ。
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