初めての別行動2

「買い取り代金をご確認下さい」

「ああ、ありがとう」


 俺達の会話を無かったことの様に言い放つ、買い取り担当の男に笑いかけながら俺は支払い書に署名し、金貨をマジックバッグに入れた。


「ヴィオさんこの後は?」

「まずは依頼書の見方だな。説明だけじゃ分からないだろ。ほらあれが依頼書だ」

「依頼書」


 受付や買い取りの担当は他に冒険者が自分のところに来なくて暇なのか、俺達をさりげなく見ている。

 昼間のこの時間、ギルドにいる冒険者は少ない。

 今も数人、部屋の角に固まって話ているだけだ。


「説明があったと思うが、依頼は冒険者の星の数で受けられるものが決まっているんだ。だから依頼書は難易度を分けて貼られている。入り口付近が星の数が多い奴らが受けられる依頼書だ」

「星、ヴィオさんは?」

「俺は星三だ。つまり中級だな」

「星三、見習いが終わったら星十から始まると聞きました、ヴィオさんは星三……」


 ユーナが言うのは、当たり前の冒険者の始まりだった。

 冒険者登録をし見習いになる。そこから依頼を受けやっと下級の下の冒険者になる、最初は星十からだ。


「そうだな、ユーナは例えるなら卵の殻を被った雛だな」

「むぅ。卵の殻はいりません」


 少し頬を膨らませ、ユーナは俺を見上げながら睨む。

 身長差があるから仕方ないが、ユーナの視線は常に俺を見上げている。


「でもついてるぞ、ほら頭に卵の殻」

「え」


 クククと笑いながらそう言えば、ユーナは焦った様に両手で頭に触れる。


「あるわけないだろ」

「ヴィオさん揶揄うなんて酷いです! もうっいいです、私依頼見ますから。見習いは登録してから十日以内に三回受けないといけないんですよね」

「そうだな、この町にいる内に受けておいた方がいいな」


 見習いは迷宮に入れない。

 見習い向けの依頼は、町中の雑用かギルド内での雑用だ。

 ギルド内の雑用は薬草等の下処理か、魔物解体の廃棄物の処理やギルド内の掃除等だ。

 俺がユーナの身分証明書替わりに登録したのと同じ考えで、冒険者ギルドに登録する奴は多いらしく見習いから下級になっても最低限の依頼は受けなければならない決まりがある。

 もっともそれは、大抵の人間が経験している薬草採取しただけでこなせてしまう簡単なものだ。


「ええと、ギルド内の資料室整理手伝い? 条件文字が読める。作業時間半日で銀貨一枚。成程」

「受けてみるか?」


 冒険者は文字が読めない者、苦手な者が多く依頼書を受付嬢に読んで貰うかそもそも依頼書を見ずに自分の星の数で出来そうなものを教えて貰うものもいる。 

 

「受けてみたいです。今日から出来ますか」

「分からないところは依頼を受ける前に受付に確認するんだ。色々聞いて受付嬢が面倒じゃないかなんて遠慮するより、確認せずに依頼を受けて失敗する方が問題だ。だから最初にちゃんと聞いた方がいい」


 依頼書は、ギルドが内容を省略して書いている場合がある。

 依頼者の希望で依頼を受ける冒険者以外に詳しい内容を周知しないようにしている場合もあるが、見習い向けの依頼書の場合は依頼書を読んで不足している情報を確認出来るかどうかの練習を考えて書かれている。

 ユーナが見つけた資料室整理手伝いの場合は、読み書きでは無く読めるだけでいいのか、何か知識は必要か、何時から着手するのか、作業に必要な道具等は自分で用意するのか、等だろうか。

 ギルド内の依頼は特に情報が無い上面倒くさいものが多いから、俺は外の依頼ばかり受けていたが、資料室の整理ならユーナを長時間一人にしていても安心できるから俺にとってはありがたい依頼だ。

 

「確認、何を聞いても大丈夫なんですか?」

「いつまでたっても知識が身につかないのは問題だが、見習いや下級にわざと冷たくするような人達じゃない。彼女達は優秀だ依頼については勿論だが魔物について冒険者以上に勉強している、だから安心して頼ればいい」


 ギルドの職員達がこちらの会話に聞き耳を立てられているのは分かっているから、わざと小さな声でユーナに教える。

 数日間このギルドに世話になるだけだとしても、受ける依頼全部ギルド内のものにするなら職員の心象は良くしておいた方がいい。


「さっきも丁寧に教えてくれましたけど、そういう知識を沢山持ってるって凄いですね」


 ユーナは素直に受付嬢を褒める。俺の言葉の意図を察してなのかどうか、この分だと本心から言ってるんだろうな。


「じゃあ、午後から出来るか聞いて来ます」

「ああ、午後から出来るなら昼飯食って戻ってくればいい。俺はユーナが依頼をやっている間に用事をすませてくるから」

「はい、じゃあ聞いてきますね」


 ユーナは依頼書を手にさっきの受付嬢の元へ歩いていく。

 物怖じせず行動出来るのはユーナのいいところだが、昨夜の件もあるから平気そうだからすべて本人任せで放っておくのは止めた方がいいんだろうなぁと、華奢な背中を見ながら思う。

 昨日の事を反省はするものの、俺はそういう心配りは得意ではないから困る。


「俺が受けられそうな依頼は、無いか」


 悩んでいても仕方ない事は頭の隅に押しやって、貼られている依頼書を見たが目ぼしいものは無かった。

 下級迷宮がある町や村は、難易度が高い依頼が出ることはほぼない。

 この町の周辺に出る魔物は、せいぜいオーク程度だから仕方ない。

 こういう町だからこそ、さっきの買い取り担当も中級迷宮産に反応したんだろうが、依頼は難易度が低い物だと下の奴らの仕事の横取りになってしまうから、暗黙の了解で俺は受けられなくなる。


「迷宮、半日あれば十層はいけるかな」


 ずっとポール達と一緒に活動していたから、単独の依頼は殆ど受けていなかった。

 迷宮に一人で入るのは、練習で守りの魔物を狩る時ぐらいのものだった。

 守りの魔物は出てくる位置も出てくる魔物も分かり切っているから、慣れれば狩るのは楽だが他の層は違う。どこから何体の魔物が出てくるか分からないし罠もあるところもあるから気が抜けないのだ。それでも仲間がいたからどうにかなっていた。

 衰えを感じていても仲間が助けてくれていたから、実際自分がどれだけ駄目になっているのか、まだどの程度動けるのか正確には把握できてはいないんだ。


「ヴィオさん、お待たせしました」

「無事に受け付けて貰えたか」

「はい、今日の午後からでも大丈夫だそうです。色々質問しちゃいましたけど、ヴィオさんの言うとおりですね、何でもすぐに答えてくれるんですよ、凄いですよね」

「そうか、良かったな。じゃあ飯に行くか」

 

 安心した様子のユーナは俺に頷いた後、受付嬢に会釈して外へ出た。


※※※※※※※※※(おまけ:買い取り係の独り言)


 暇だったから、のんびり薬草の仕分けをしてたんだよねぇ。

 俺の職場冒険者ギルドなんだけどさ、昼間って殆ど冒険者が来ないんだ。

 俺、買い取り担当だから余計に昼間は暇。その分冒険者達が戻ってくる夕方からは忙しいんだけどね。

 昼飯休憩までにのんびり薬草仕分けやって時間潰してればいいかぁ、なんて思いながら仕事してたらさあ、突然高そうな装備の男性が俺のところにやってきたんだよ。

 下級冒険者が殆どのこの町で、こんな装備してる人なんかいない。

 いや、たまにはいるけど実際に間近に見るとビックリだよね。

 あの剣を売ったら、俺五年は遊んで暮らせそうだよなあ。

 この人なんでこんな町に来たんだろって考えてたら、ギルドの悩みの熊の手を七つも買い取りに出してくれたんだよ。


 何この人、神様なの?


 しかも鑑定したら中級迷宮産だった。

 やっぱり神様? なんて思いながら俺は慌ててギルマスのところに駆け込んで、渋るギルマスに依頼扱いにした上得点を増やして貰えるように交渉したんだよ。

 というかさぁ、依頼品と違うからって依頼扱いにせず買い取りだけしてこっそり依頼品として収めようとかって、ギルマスセコすぎるよねぇ?

 本当は買い取り額は兎も角、得点はもう少し増やせればよかったんだけどなぁ。

 俺には力がなさ過ぎるよね。とほほ。


 そんでもって、手続きの為にギルドカードを受け取って、更に驚いたよ。

 だって星三だよ。

 しかも上級の迷宮に入らないなら、冒険者資格は星一でもいい位のギルド得点だからビックリだよね。

 ギルド職員と本人だけが見られる情報なんだけど、こんなギルド得点見たの俺初めてなんですけど。星三ってこんな凄いのか。

 そして、買い取り額は金貨四十九枚。俺の月給を軽く超える額、このギルドじゃパーティーでも一度にこんなに買い取り出るのは珍しいんだけどなぁ。

 複雑な気持ちで買い取り手続きを終えると、ギルドの救世主星三のヴィオさんは可愛め美人の子と一緒に出ていったんだ。

 あの子可愛かったなあ。目の保養っていうか癒やしだよね。高い位置で髪を結ってるからこそ見えるうなじとか、時々ヴィオさんを不安そうに見てる姿がもう、くうぅ中級冒険者ってズルいと妬ましくなっちゃったよ。


「ねえ今の人格好良過ぎない? 少し年上っぽいけど、その分落ち着きがあっていいわぁ。装備も高そうだし。優しそうだし。いいなぁ、私が担当したかったぁ」


 ヴィオさんが出ていった直後、受付担当のアリアが騒ぎ始めたんだ。

 強い冒険者ってだけでこの町じゃ十分モテるから、騒ぎたくなるのは分かるよ。

 でも、ヴィオさんって格好良いっていうよりも、包容力でモテそうな感じだよなあ。

 いや、顔が悪いって言うんじゃなくてさ、良いか悪いかで言えば良い方なんだけどさ、顔よりも何ていうの? 俺一回話しただけだけど、あの美人ちゃんに接してるのを見てるとさあ、モテるのって顔じゃないんだなあって何か思っちゃったんだよねぇ。


「うふふ、私なんて優しくて知識豊富って褒められたわ」


 ヴィオさんと一緒にいた子の登録を担当したターニャが自慢してるけど、そんなに褒めてなかったよね。それにターニャを褒めたんじゃなくて、あの子が質問しやすいように言ったんじゃないのかなぁ。

 俺、自分が可愛いから指摘したりしないけどさ。

 なんて呑気にしていた俺はその日の夕方、星三冒険者の実力を侮っていたと痛感したんだよぉっ。

 なんなの、星三ってさぁ。

 はあっ。


※※※※※※※

レビューありがとうございます。

タイトル回収はだいぶ先です。

何せ、まだユーナと出会って二日目……。


一人になって寂しいなあと思ってたところに可愛いユーナと出会って(自分では気がついていませんが)ちょっと浮かれてるおっさんのヴィオと、知らない世界で怖いこと沢山あったけど優しいおじさんが助けてくれて良かったなあと思ってるユーナ←いまここです。


ヴィオ、筋肉あり長身190位、顔はそれなり。(立派な装備で実力あり、堂々としてるので雰囲気イケメンに入るのか?)

ユーナ、可愛いよりの美人。華奢な割に体型は色っぽい感じ身長は160あるかないか。父と兄に甘やかされて育っているので、ヴィオが優しいのもそんなものかと思ってる。

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