初めての別行動4

 こんな疲れる迷宮攻略は初めてだ。

 多分一人の方が楽だ、多分じゃなく絶対だ。

 全く動きがなってない五人に、さっき安易に同行しようと持ちかけてしまった自分自身を怒鳴りつけたい衝動を抑え込みながら、俺は次の階層に続く階段を目指し歩いていた。


「ヴィオさんっ! 早すぎますっ。ちょっと休憩しませんか」

「休憩って、まだこの層に上がったばかりだぞ必要か? さっきみたいにゴブリンにすらあんなに苦戦するなら、まだこの層はお前達には早すぎるってことだ。今ならまだ階段から近い、戻ったらどうだ」


 立ち止まり最終判断をさせる。

 なんであの腕で、この階層まで来られたのか首をひねる。 

 確かにこの迷宮は二十一層から魔物が強くなる。下層にいたゴブリンに比べたら倍の強さにはなっているだろう。それでも守りの魔物を狩れる腕があるなら余裕な筈なんだ。だがこいつらは、本当にこれまでの魔物を狩れて来たのか怪しいくらいの腕しか無かった。いいや、本当なら下層も下層、五層辺りをウロチョロしている程度の力しかない様にすら見える。

 つまり、守りの魔物を狩れるのだから、俺が付いていれば余裕だろうと考えたさっきの俺の判断は誤りだったってことだ。


「まだ早いなんてそんなことありませんっ。苦戦する理由は魔力が尽きてしまって、攻撃力向上が掛けられないからです。そうじゃなきゃ余裕です!」

「まさか、これまでずっと掛けて来たのか?」

「十五層位からは全員に掛けていました。そんなに魔力多くないのでずっとは無理だけど、効果切れに気を付けて早めに掛け直せば余裕で狩れたんです!」


 肩で息をしながら歩く魔法使いは、言う事だけは勢いがあるが攻撃力向上を掛けていたという発言に、ひくりと俺の頬が引きつった。

 

「ここのパーティーはお前が攻撃魔力と回復両方やってるって言ってなかったか?」


 攻撃力向上は使えるなら使いたいありがたい補助魔法だ、だが魔力に余裕がない状況で進むなら、そんなものを使うならその魔力を攻撃に使ったほうがいい。

 

「ヴィオさん、後ろっ」

「分かってる」


 剣を抜きながら振り返る。

 守りの魔物だったオークキングよりは小さめな大きさのそれは、俺が振り向きざまに放った衝撃波で真っ二つになり魔石に変わった。


「すげえ」

「すげえじゃない、ゴブリンが一体近づいて来てるぞ」

「えっ」

 

 気配が分からないのは仕方がないとして、盾役はすでにフラフラで魔法使いは魔力切れ、残りの弓使いの二人も矢の残りが少ないらしく今はナイフで戦っている。

 これで進もうとしていたのだから、若さゆえの無謀じゃなくてただの馬鹿なんじゃないかとさえ思う。

 そして、俺も馬鹿だこんな状態の奴らと同行しようと判断するなんて、久しぶりの迷宮に浮かれていたとしか思えない。


「うわ、ええと、あのっ」

 

 こいつらにしたら突然現れた風に見えているだろうゴブリンに動揺した魔法使いが、杖を両手で握りしめ何故か前に出ようとする。


「なんでお前が前に出るんだ、下がれっ」


 咄嗟のことに動けない残り四人に舌打ちし、ゴブリンの剣に切られそうになっていた魔法使いを庇いながらゴブリンを切り捨てた。


「す、すみません。皆が動けないから」

「だからって、腕力もない奴が勝手に前に出るな。お前が勝手に動いたせいで仲間が死ぬかもしれないんだぞ!」


 判断を誤った。

 上がってこずに帰らせるべきだった。

 後悔しても仕方が無いが、本当に判断を完全に誤った。

 放っておいたら帰らずにこの層に来てしまうだろう、なんて思わずに無理矢理帰還の魔法陣に乗せてしまえば良かったんだ。


「す、すみませんっ。でも、でもっ」

「でもじゃない。戦えないなら周囲の警戒をお前がして四人をなるべく休ませるんだ。疲れてくれば感覚は鈍る」

「はい、でも」

「でもじゃない。だいたい、攻撃力向上を使わなきゃ魔物を狩れないお前達が、上に来るのが無謀なんだ。補助魔法を使えるなら使った方が使った方がいい場合は勿論あるが、それはただこうやって階層を歩いている時じゃない。このパーティーは回復役が別にいるわけじゃないし、ポーションを買う余裕すらないんなら、魔法で回復出来る余力は残しておかなきゃ駄目だ」


 攻撃、回復魔法の使いすぎなら仕方がないが、補助魔法の使いすぎで魔力が無くなるなんて、冗談でも笑えない。


「でも、攻撃力が上がれば……」

「お前、歩き効力が切れたらすぐに掛け直していたと言っていなかったか?」

「それは、はい」


 その行いに何の疑問も持っていない様子に頭が痛くなる。魔物に遭遇するのが少ない下層で、そんな事を繰り返すのなんざ計画性がなさ過ぎる。


「魔法の発動が遅いからそうしてるのかもしれないが、それじゃ肝心な時に魔法が使えなくなって当たり前だ。大物を狩る時以外は補助魔法を使わないとか、どうしても補助魔法に頼りたいなら、回復魔法は使わなくてすむようにポーションを多めに持つとかしないと駄目だ」


 この階層でさえこうやって話をする余裕がある程の魔物の遭遇率なのだから、周囲を警戒しながら歩いて魔物を見つけたら詠唱を始める位でいいのだ。


「そもそも攻撃力向上を掛け続けていなければ魔物を狩れないのであれば、それはまだお前達にその階層が早いんだ。魔力回復のポーションを好きなだけ使えるのならいいだろうが、ギルドに借金してポーションを買ってるんだろ。だとしたら極力ポーションを使わなくてすむ様に攻略を進めなければ、迷宮攻略が進んでも赤字にしかならなくなるぞ」


 俺のキツイ言い方に、五人は俯いてしまう。

 下級冒険者にありがちな、能力が劣るから怪我をしやすくなりポーションに頼る。魔力が少ないから魔力回復ポーションに頼る。そうやっていると当然使うポーションの量が増え、結果収入よりも支出が多くなってしまうんだ。


「でも、上の階層で活動すればその分取れる魔石や素材も高くなります」

「そう思うか?」

「はい。俺達間違ってますか」

「お前達、迷宮攻略の度に収入と支出は確認しているのか。さっきこのまま戻れば赤字だと言っていたが、いつもはどうなんだ」


 それなりの収入があるのなら、つけ払いでポーションを買ったりしないだろう。

 その予想は当たっていたらしく、五人は口をつぐんだままだ。


「早く上に行きたいと焦る気持ちも分かる。上に行けば収入も上がるだろう、だから早くと焦ってるんだろうが、下級の内は自分の能力を向上させるのが重要なんだ。早く上の階層に上がれたら凄いわけじゃないんだよ」


 そうは言っても、早く上にと思う気持ちは分からなくもない。

 でもこいつらの無謀は、死に急いでるとしか言えないんだからここで考えを変えさせなければ本当にすぐ死んでしまうだろう。


「疲れてる仲間を守ろうという気持ちは大切だから、お前のそういう気持ちは間違ってはいない。だが迷宮は少しの油断が命取りになる場所だ。それは忘れるな」

「はい、ヴィオさん」


 涙目で何度も頷くのは、出来たら外でやって欲しい。

 それにどう見ても納得が言っていない顔で、ただ頷かれても虚しいだけだ。


「分かったら構えろ、右手からゴブリン一体が来てるぞ」


 言いながら俺は、左手に出たオークキングを屠る。

 遭遇率はゴブリンよりもオークキングの方が多い気がする。


「きゃああ、剣が!」

「来るな、来るなっ!」


 魔石を拾い、あいつらの方へ視線を向けると折れた剣を振り回している剣士の姿が視界に入った。


「あいつら、なんで見てるだけなんだ」


 魔法使いは悲鳴を上げるだけ、弓使いの二人はナイフを手に右往左往しているだけで誰も剣士を助けようとしない。


「ちっ」


 やっぱり俺が判断を誤ったんだ。

 あいつらに、この階層は早すぎる。

 後悔と自分への腹立ちに苛々しながら、俺はゴブリン目掛けて剣を振るったんだ。


 

 


 


 


 


 

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