能力の確認をしようか

「あの、この鞄も使ってはいけないものなんでしょうか。目立つのは……」


 目立ってはいけないというだけの説明じゃ足りなかったんだろう、ユーナは不安そうな顔でテーブルの上に出した鞄に触れている。


 彼女がこの世界で初めて食事したのは馬車の中での昼飯だったらしいから、多分今日この世界に来たばかりなのだろう。

 自分の住んでいた場所から急にこの世界に飛ばされて、混乱している最中に柄の悪い男達に追いかけられ、そいつらがいた町から逃れてやっと落ち着いたと思えば、自分が着ていた服はこの世界じゃ娼婦に間違われる様なものだと言われるし、その上出会ったばかりの男と二人部屋に泊らなければならない。

 ただでさえ精神的に負担が大きかったところに、俺が無神経な言い方をしたんだから、ユーナに追い打ちを掛けたようなものだ。


 それって冒険者なりたてでまともに剣も使えない奴が、町の外に出た途端ゴブリンに襲われ、なんとか逃げたと思ったら今度はコボルトに襲われ、それでも頑張って逃げたのに最後にオークが出てきた様なもんだろう。って、例えが変か。

 ちょっと俺も動揺してるのかもしれない。


「この鞄が悪いんじゃない。少し珍しい素材だが王都の様な場所なら使ってもいいと思う。ここはさ、ほら田舎だから珍しい素材で出来た鞄は高く売れると思われて盗まれる可能性があるんだ。鞄の中に何も入れていなかったとしても盗まれるのは嫌だろう?」

「そうなんですね。盗まれるのは嫌です、困ります。これお母さんが作ってくれたものなんです」


 田舎だろうと王都だろうと、盗まれるものは盗まれる。こんなのただの誤魔化しだ。

 だが、それを信じたユーナは、手提げ鞄を両手でぎゅっと抱きしめる様に持つと、俺から視線を外し目を閉じた。

 辛そうなその顔にどうしたらいいのかと途方に暮れる。

 俺、無神経過ぎたかな。

 どうしたらいいんだ。


「大事なものなんだな。それなら尚の事ユーナの収納に入れておこう。王都には俺の知り合いの付与師がいる。あいつならその手提げ鞄に劣化防止や盗難防止を付与できる筈だ」


 盗難防止、出来ただろうか。

 確か出来た筈だ、それをすればユーナが大切な物を奪われて嘆かなくてすむ。

 今俺が出来るのは、それが出来ると教えるだけだ。


「劣化防止? 盗難防止?」


 意味が分からないのか、ユーナは鞄を抱きしめながら首を傾げている。


「ああ、そうすれば使っても傷んだりしなくなるし、盗まれる心配も無くなる。それまでは大切にしまっておいた方がいい。どうだ?」

「……ありがとうございます。でも、ヴィオさん、王都? に行く予定があるんですか? 確か切符を買う時フォラボラ行きの馬車について聞いてましたよね、王都という場所がそのフォラボラなんでしょうか」


 そう聞かれて、その辺りの話を何もしていなかったと気がついた。


「いや、フォラボラは王都じゃない親父の墓参りに一度生まれた村に帰ってみようかと考えていたんだが、今母親は別な町で暮らしているから墓参りは機会があったら程度なんだ。フォラボラに比べたら、今母親の住んでいる町の方がどちらか言えば王都寄りかな」


 はっきり言ってしまえば迷宮攻略から脱落して、何も目的が無かったから墓参りを思いついたに過ぎない。

 ポール達と別れてというよりあの町の迷宮から逃げ出しただけなのに、悲観的になりすぎてたんだな。


「じゃあ王都は」

「俺は冒険者なんだが、分かるか冒険者」

「海を渡って新大陸を探したり、遺跡に行って宝物を探したり?」


 新大陸を探すと言われて首を傾げる。

 ユーナの世界の冒険者は、そういうものなのかだろうか、でもリナは確か魔物を倒して素材を取るんだと最初から理解していたような覚えがあるんだが。


「ユーナは魔物は分かるか」

「魔物、あのもしかして体が草みたいな色で変な鳴き声……」


 ユーナの顔が青ざめて、持ったままの手提げ鞄をギュウゥッと抱きしめる。

 ちょっと待て、震えてないか。


「あの、わ、分かります。他に額の辺りに角みたいなのがある兎とか、大きくて丸々してて半透明なものとか?」

「無理に思い出さなくていい、見たのか?」


 多分ゴブリンと角兎とスライムだろう。

 スライムはこちらから何かしなければ襲ってこないが、ゴブリンと角兎と出会ったのだとしたら、無事だったのが不思議な程だ。

 出会った時に履いてたサンダルで、ゴブリンから逃げ切れる程走れるとは思えないが、あれから逃げたのなら、かなり怖かっただろう。


「あの、草色のと半透明なのは持って来なかったのですが、兎は持ってます」

「持ってる?」

「出したほうが早いですね」


 そう言ってユーナが、鞄を仕舞った後に出したのは傷がどこにもない、角兎だった。

 これで死んでるなんて、どうやって倒したのか分からない。

 俺は角兎なら石を投げつけて狩る事もあるが、それでも頭に傷がついているというのにそれすら見つからない。


「これ、魔物ですか」


 手に持って全体を確認すると、頭のテッペンに焼け焦げた様な小さな傷痕があった。

 これが致命傷になってるのか? こんな注意しなければ見落としそうな傷が?


「そうだな、もう仕舞っていい」

「はい」

「お茶貰ってくるか? そうだ俺確か甘い焼き菓子を持ってた筈だ。夕食前だが少しなら。その前に、浄化」


 テーブルの上の角兎を見た瞬間、ユーナの顔色が馬車を降りた後の様に悪くなってきたのを見た俺はユーナが角兎を収納に仕舞うなり、テーブルを浄化し、マジックバッグから屋台で買った焼き菓子を取り出した。


「ふふふ、ヴィオさん大丈夫ですよ。お菓子は仕舞って下さい。夕食入らなくなってしまいますから。ちょっと草色の魔物が飛びかかって来た光景を思い出してしまっただけです」

「そ、そうか」


 この世界は子供でも魔物の死体を見慣れていて、角兎ならそれこそ皮を剥いだ状態で市場で売られているから、こんな傷のない状態で顔色を変えられるとこっちが焦るんだよ。


「思い出させてすまないが、あれはユーナが倒したのか? 何か攻撃魔法が使えるとか?」

「攻撃魔法なのか分からないですけど、安全地帯という能力なのかなって」

「安全地帯?」

「私は気がつくと森の近くに一人で立ってました。友達と海の近くに旅行に行く予定で、大きな荷物を持ってたのに何もありませんでした」


 安全地帯の能力について尋ねたつもりだったが、ユーナはこの世界に来たところから話し始めた。

 角兎を見て動揺してるみたいだから、順を追った方が説明しやすいのかもしれない。


「そこは一人だった?」

「はい、私は駅のホームに立っていて、電車がホームに入って来るところだった。そこまでははっきり覚えています」

「電車?」

「あ、ええと。大きな馬車みたいな乗り物です」

「そうか、それで?」

「一人で、見たことない場所で、周囲を見ても人なんか一人もいなくて」

「うん」

「パニックになって、走っても仕方ないのに逃げなきゃって走り出したら転んでしまって」


 ガクガクとユーナの体が震えだし、俺は慌てて立ち上がるとユーナを抱きしめて声を掛けた。


「辛いならもう話さなくていいんだぞ」

「だ、大丈夫です。でも、あの」

「ん?」

「ちょっとだけ、話してる間だけこうしてていいですか」


 こうしてて? あれ、俺何してるんだ?

 咄嗟に立ち上がったのはいいとして、俺はなんでユーナを抱きしめてるんだ?

 慌てたにしても、限度があるだろう何やってんだ俺。


「転んで顔を上げたら、目の前に草色の体の何かが私を見下ろしていて、怖くて悲鳴を上げたら、その途端それが倒れたんです」

「倒れた?」


 ユーナがいたのがあの町のそばの森だったとしたら、草色の何かはやっぱりゴブリンだろう。ゴブリンは弱いが武器すら持ってない女性が倒せる魔物じゃないんだが、なんで倒れるんだ?


「五、六体それが出てきて、私腰が抜けてしまってそこから動けなくて、でも私の直ぐ側まで来ると倒れちゃうんです」


 ユーナは小さく震えながら、それでも話し続けている。


「怖くて、何がなんだか分からないし、それでも何とか立ち上がって走ったら今度は半透明の何かと兎が追い掛けてきて、でも私の傍までくるとまた動かなくなったんです。それが何回か繰り返してるうちに塀が見えてきて、ホッとしたら兎に追いつかれたんです」

「それがさっきの奴か」

「兎や他のものがどうして倒れたのか、それが分かったのはその時でした。感電したんです」

「感電? それはどういう」

「え、あ、そうですね。雷は分かりますか?」


 もぞりと動いてユーナが顔を上げた。

 近い距離で目が合って、思わず手を離す。


「もう、大丈夫か」

「は、はい」


 俺達は何をやっているんだろう。

 何となく遠くなった体温に未練を感じているのは、なんなんだろう。

 動揺しながら体を離し、答える。


「雷は勿論知っている」

「小さな雷が落ちたみたいな状態になったと言えば分かりますか」

「雷属性の魔法か」


 雷属性の魔法なら獲物に傷が少ないのも理解できると考えながら、椅子に座る。

 でも雷属性の攻撃の傷跡はもう少し大きい筈だ。


「雷属性? それは分かりませんがそれが安全地帯の効果なんだと思います」


 そんな魔法は聞いたことがない。

 だがそれがユーナを守ったのは間違いなさそうだった。

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