宿をとった二人は

「迷宮に潜る予定はないが。そうだな、三、四泊位だな」


 俺が装備している防具を見てなぜ迷宮に入るか聞かれたのか首を傾げながら、使い込まれた木のカウンターの中に座る女将の台帳を見つめる。

 この宿の台帳は、びっしりと名前らしい文字で埋まっている。

 成程、女将の言葉通り部屋は殆ど埋まっているらしい。


「多分どこの宿も部屋は空いてないだろうから、うちで連泊したほうがいいだろうねぇ」


 女将は何か情報があるのか、台帳を見ながら考え込んでいる。

 この町の祭りは秋だから今はまだ時期じゃないだろうし、他に人が集まりそうな話があるんだろうか。


「何かあるのか」

「東門から少し行ったところに下級の迷宮があるのは知ってるかい? あそこで採れる獲物で一つ目熊ってのがいるらしいんだけど、それがたまに落とす熊の手が大量に必要らしくてね」


 女将の話に目を見開く。

 この町の東門の近くにある迷宮は下級冒険者から入れる下級迷宮で、見習いから下級に上がったばかりの奴でも入れる位だから、攻撃力が強い魔物は殆ど出ない。

 一応、上の方はオークキングとかそれなりに強くはなるが、だがそれなりでしかない。

 高い素材が落ちない下級迷宮の中でも、ここのは全然珍しい物は落ちないし宝箱に入っている武器や防具も安いものばかりだから人気はない筈だ。

 下級でも少し攻撃に自信がある冒険者は、この辺りならヤロヨーズの下級迷宮の方に行くのが普通だ。

 だが、あの迷宮で落ちる熊の手が大量に必要なんて、そんな話今まで聞いたことがないんだが。


「大量に必要らしいって、あの熊はそこの迷宮の最後の層にいるやつだろ」


 迷宮が変化してなければ、迷宮の最後の層の魔物が一つ目熊だ。

 迷宮は十層毎に守りの魔物というのが出て来るが、その最後の守りの魔物が一つ目熊なんだ。

 熊の手は確かにあいつが落とすが、毎回じゃない。いくつ必要なのか知らないが、数をそれなりに揃えたいならかなりの日数を迷宮に通うの覚悟を込めて挑まないといけないだろう。

 熊の手は薬の材料の一つだった筈だが、何の薬だったかな。

 

「そうなんだよ。だからそれを狙って、この町を拠点にしてない冒険者が近くの町から集まって来てるのさ」

「そうか」


 困ったなと頭を掻く。

 旅を一緒にするならその辺は妥協して貰わないといけないが、まさか初日から同室というのは、どうなんだろう。

 

「ヴィオさん、私大丈夫ですよ」


 悩む俺に、ユーナはあっさりと前向きな事を言い出した。


「いいのか」

「これから一緒に旅するんですから、同室くらい平気です」


 潔く言うユーナの気持ちが心配になる。

 俺がさっき選択肢に出したのは、俺といるかリナといるかの二択だ。

 この世界に初めて来たユーナに知り合いなんてもんがいるわけがなく、俺だってさっき会ったばかりで、リナは同郷かもしれないというだけの会ったこともない人物だし、リナは仲間と住んでいる。

 俺がいくらいい奴だと言っても、そこを手紙一通持って尋ねるのは勇気がいるだろう。つまりユーナにとって、今は俺の言う事をなんでも受け入れるしかない状況って奴なんじゃないのか。


「ユーナ」

「女将さん、私すっごくお腹空いてるんですが食事ってすぐ食べられますか」

「え、ああ。こちらのお勧めでよければすぐに食べて貰えるよ。部屋に持って行くかい」

「ヴィオさん」

「ああ、それでいい。二人分。鶏料理か」

「勿論、うちはそれが売りだからね」

「楽しみにしてるよ。宿はそうだな。とりあえず四日、もしかしたら延長するかもしれない。いくらだ」


 熊の手はいくつか持っている。

 明日はユーナの旅の準備をして、食料も買い込むそこまでは考えていたが、これからの事を考えると、この町でユーナの冒険者登録もしておいた方が旅は楽になる。


「二人部屋は一部屋銀貨三枚これは人数関係なくこの価格だよ、四日だから銀貨十二枚だね」

「食事は」

「ああ食事はその都度だね。朝は銅貨三枚、昼が必要ならこちらも銅貨三枚、夜はだいたい銀貨一枚だよ」


 俺が拠点にしていた町ではパン一個が半銅貨五枚だった。

 それを考えると銅貨三枚の朝食はそれなりの値段だし、銀貨一枚の夕食はかなりなものだ。


「分かったじゃあ、部屋代四日分だ確認してくれ」


 懐から銀貨十二枚を取り出し払うと、引き換えに女将は鍵を手渡してくれる。

 古びた鍵には木札が革紐で結びつけられていて、五十二と書いてある。


「ユーナ五階だ、もうひと踏ん張りだな」


 さすがにここで挫折するなら、体力増加を真剣に考えなければならない。

 歩いて旅をすれば体力はそれなりに増えるが、それにしても基本ってもんがある。

 俺の心配を理解したのか、ユーナは苦笑いの顔で頷いた。


「へえ、これが異世界の宿の部屋。え、ベッドひとつ?」


 息を切らしながら階段を登りきったユーナは、扉を開け部屋の中を覗き込んだ途端戸惑いの声を上げた。


「あぁ、そういう部屋か」

「え」

「夫婦用だなこの部屋、しまったな」


 この可能性を考えていなかったのは、リナと二人だけの時こういう部屋を勧められた事が無かったせいだ。

 夫婦用の二人で使う大きさのベッドを見て困惑しているユーナに、同じ部屋で眠るんだから、一人用のベッドだろうが二人用のだろうが変わらない。なんて言えるわけはないし、さすがに初日にこれは無いだろう。


「夫婦」

「悪い、こうなる場合があるのを忘れていた。四人部屋空いてるって言ってたから変えてもらってくる。女将も勘違いしたもんだな、年齢差を考えたら分かりそうなもんだが」


 二人部屋で戸惑っていたのは女将も気がついていただろうに、なんでこの部屋なんだ。

 内心苦々しく思いながら、なるべく感情を声に出さずに変えてもらって当然と言う顔で言えばユーナは「大丈夫です」と首を横に振った。


「一緒に旅するんですから、こんなの雑魚寝だと思えばいいんです!」


 何故か早口だし、何故か大声だし、ユーナの顔は赤いし。

 全然、良くないだろう。無理してるの丸分かりなんだが。


「後でお返しするつもりですけど、今私お金が無いですし色々迷惑かけてますし、これ以上無駄な出費は駄目です。四人部屋を二人で使っても四人分の料金になるんじゃないですか?」

「そんなに変わらないぞ」


 女将は二人部屋は一部屋銀貨三枚人数関係無しと言っていたから、四人部屋も人数関係無しの金額で設定しているだろう。

 倍まではいかないが、この部屋よりは高いのは当然だ。


「変わらなくても無駄ですよ! 十分寝られる部屋があるのに私の我儘で贅沢したら駄目です。お金は計画的に使わないと駄目なんですよヴィオさん」

「……それでいいなら、このままにするが」


 なんで俺が押し切られてるんだ? 納得いかないものを感じながら、入り口で騒いでいても仕方ないから部屋の中へと入る。


 部屋はありふれた造りだった。

 二人用のベッドにテーブルと二脚の椅子、造り付けの箪笥。

 壁には灯り用の魔道具が付いている。

 窓には高級宿にあるガラス窓なんかじゃなく、ただ小さな木の扉がついているだけだ。


「服はほら、そこに扉があるだろそこに掛けられる」

「はい」


 小さな扉を開くと現れる服を仕舞う空間に、ユーナはマントを仕舞うと扉を閉め、髪を隠していた布を外した。

 ふるふると長い髪を揺らした後で、手櫛で髪を整える。

 それだけで元の真っ直ぐな髪に戻るのだから、やっぱり手入れがいいんだろう。


「疲れただろ。椅子に座ってろ、夕飯がそのうち届く」

「はい」

「浄化、するか?」

「お願い出来ますか」

「勿論」


 肩を落とし椅子に座るユーナに浄化を掛け、自分にも掛けてからマントと防具を外すと、マジックバッグに仕舞う。


「ヴィオさんも収納できるんですね」

「収納? これはマジックバッグだ」


 ユーナの収納の言葉に、俺は首を傾げた。

 収納というのは、魔法使いの能力の一つでかなりの魔力を使うと聞いたことがある。


「ユーナは魔法使いなのか?」

「魔法は使えるか分かりませんがこの世界に来てすぐに、色々確認したら収納というものが使えるって分かりました」


 ユーナの説明に首を傾げる。

 能力が分かるってどういう事だろう、今まで魔法の無い世界に暮らしていたというのに、この世界に来てすぐそれが分かるなんてあるのか。

 

「分かる?」

「はい、ええと私が使えるのは収納と安全地帯と料理みたいです」

「ユーナは鑑定も使えるのか?」


 自分で自分の能力が分かるのって、確か鑑定が使える奴だけだった筈だ。勿論他人を鑑定すれば相手の能力も分かる。

 鑑定の他は神殿か冒険者ギルドの魔道具でも調べられるが、こっちは有料だ。


「鑑定というもの良く分かりませんが、多分使えないと思います。ただ私これが出来るなって分かっただけです」

「そうなのか」

「最初は持っていた筈の荷物が何もなくて、どうしようって思っていたら持ち物の名前が頭の中に浮かんできて、それが取り出せるって分かって実際に、ほら」


 何もないところからユーナの手のひらに、銀色の細い鎖が出てきた。


「これ、こうして手首につけるんですよ」

「腕輪って事か、随分細かい細工だな」


 細い鎖に小さな飾りが付いていて、手首を動かすとゆらゆらと揺れる。

 見たことのない意匠だ。


「こっちは首につける物です。これは耳」


 金色の鎖には、小さな緑色の石がついている。耳飾りはこちらにあるものと同じ、耳に穴を開けて金具をその穴に通すものの様だ。


「これ、あといくつか持っていますが売れませんか?」

「売る?」

「はい、元々旅行に行く予定で食べ物とか着替えとか持っていましたが、売れそうな物はこういう物かなって」


 後で相談したいと言っていたのは、これのことだったのかと分かったが、そんなに簡単に売ってしまっていいのか?


「細工が綺麗だから売れるだろうが、この辺りの町で売ってもそんなに金にはならないだろうな」

「そうですか、後売れそうな物何かあったかしら」


 何でもないように、さらりと出した装飾品をユーナはまたあっさりとどこかに仕舞う。

 マジックバッグを初めて見た時、その収納量に驚いたものだが、ユーナの収納はそれを超える気がする。

 何せ何もないところから物が出て、消えるのだ。

 そりゃ収納は魔力をかなり使うと言われるのも納得だ。


「ユーナ、何か小さなものでもいいが鞄のようなものは持ってないのか」

「鞄ですか、こういうのならありますけど」


 テーブルの上に出てきたのは、見たことのない艶のある素材で出来た肩掛け鞄と、鮮やかな糸で編んである手提げ袋だった。


「これはちょっと目立つから駄目だな」

「売り物になりませんか」

「売り物じゃなく、ユーナが使うんだ。収納の能力は目立ちそうだからな」

「目立つ?」


 首を傾げるユーナは、自分の能力について何も分かっていないようだった。




 

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