町についた二人は
「少し顔色戻ったか、吐き気はないか?」
「はい、あの。さっき頂いた葉っぱをずっと噛んでたら良くなりました。ありがとうございます」
強張っている顔で、ユーナは広場に設置されていた丸太を適当な高さに切っただけの椅子に座っている。
馬車に乗るのは生まれてはじめてだというユーナは、馬車が走り始めて半刻も経たないうちに顔色が悪くなってきた。
馬車酔いに効く薬草の葉を噛んでいる様に勧め、どうしても駄目なら途中で降りて歩くしかないかと様子を見ていたが、ユーナは目的地の町まで弱音を吐くことなく耐えていた。
「あの葉っぱ、凄い効き目ですね」
「ああ、二日酔いとか食べ過ぎた時に飲む薬に使われるものなんだが、味を我慢して噛んでるだけでそれなりの効果があるし、お茶代わりに飲んでもいい」
味は結構強烈だし、おまけに口の中がスースーとしてひんやり冷たい感じになるから苦手だという者もいる。
だが、どこの森でも生えているし、乾燥してお湯を注ぐだけで簡単に薬の効果を得られるから使い勝手のいい薬草だった。
「私は味も嫌いじゃないですよ。ミントみたいでさっぱりしますし」
「ミント?」
「そういう植物があるんです」
「そうか」
話しているうちに、ユーナの表情もマシになってきた様に感じるが、それでもかなり疲れている様だ。
ユーナは少し早足で歩いただけで息を切らす程だから、体力が無いのかもしれないな。
「歩けるか」
ユーナ自身が運が良いと自分で言うのも納得というくらいの運の良さで、道中無事に進んだ馬車は予定通りヤロヨーズから三つ離れた町に辿り付くと、東門を入ってすぐの広場で俺達を下ろした。
それは良かったんだがユーナはだいぶ疲れが見える。ここから宿がある通りまでは少し歩くんだが、大丈夫だろうか。
「宿空いてるといいんだが」
予定通り到着はしたものの、もう夕方というより夜に近い時間だった。
普通は無理せず町に入ることなく野宿するかもう一つ前の町で停まるもんなんだが、急ぐ理由でもあったのか御者は強引に馬車を飛ばしこの町に着いたのだ。
それから馬車組合の建物に向かう御者達とは別れ、俺たちは広場で休憩していた。
「この後はどうするんですか」
「今日はこの町に泊まる。宿で食事が出来そうになかったら、部屋を確保した後で外に出るしかないかな」
ヤロヨーズより少し小さなこの町は、安い宿屋が多いし、多分ヤロヨーズの方が栄えていると思う。
かなり昔だがリナと一緒にこの町の迷宮を攻略した事がある、その頃は鶏料理が得意な『春の木漏れ日亭』と、魔物肉の料理が有名な『冒険者の星亭』が人気の宿だったが今はどうだろう? 今も同じく人気なら部屋が取れないかもしれない。
そこが駄目なら、もう少し高い宿にするしかないが、そちらはいつも空いてるから大丈夫だろう。
よいしょと掛け声付きで立ち上がったユーナの手首を掴み、町の中へと歩きだす。
ユーナはまだフードを被ったままだ。
もう布を外してもいいんだが、用心しているのかもしれない。
「宿に泊まるんですね」
珍しそうに辺りを見渡しながら歩くユーナの姿は、幼い子供のようだ。
人の多さに驚いているというより、珍しいものを見て興奮しているように見える。
「ああ、馬車に乗りっぱなしで疲れただろ」
「ええ。早くお風呂に入りたいです」
ため息を付きながら言われて、ああと思い出す。
そういや、向こうの世界の人は風呂が好きなんだっけ……と思い出した。
「ユーナ」
「はい」
「風呂はないんだ」
「え」
驚いた顔でユーナは立ち止まってしまった。
相変わらずユーナの手首を掴んで歩いていた俺は、立ち止まってしまったユーナに仕方無しに説明する。
「宿の部屋はベッド、後は小さなテーブルと椅子があるだけだ」
「素泊まりの宿なんですね」
「いや、大抵の宿がそんな感じなんだ。貴族向けの宿か、温泉が出る地域は別だがそうでなきゃどこに行っても宿に風呂なんてない」
今まで住んでいた場所と差がありすぎる環境に放り出されて、素直に全部受け入れるなんて無理な話だろうことは、リナと過ごした過去があるから理解できる。
拠点にしている家に風呂があるのは、リナが望んだからだ。
お陰で同じ大きさの他の家よりかなり高くなったが、今では皆風呂好きになったからあれは必要経費だったと思う。
「あの、どうやって体を洗うんでしょうか」
「大抵は浄化で済ませる。あとは湯を貰って体を拭く程度かな」
「浄化、ヴィオさん部屋がとれたら浄化を私に掛けて貰えますか? 何から何までお手数掛けまくりで申し訳ないですが」
予想よりも冷静なユーナに感心しながら「勿論だ」と返事を返す。
リナの時はかなり大騒ぎしていた覚えがあるのが、なんだか懐かしい。
「それでいいのか」
悪いと言われても無いものはどうしようもないが、あっさりと言われると無理に言わせたかと心配になる。
「ヴィオさんが面倒でないのなら、私大丈夫ですよ。郷に入っては郷に従えと言いますし、そのうち慣れます。少なくとも清潔を保てる魔法があるんですから何とでもなります」
「なんだそれ、ごうに、なんだ?」
「こちらには無い言葉ですか、あれ、ええと言葉は聞き取れました?」
立ち止まってる時間が惜しいから、頷いて歩き始める。
「意味は、知らない土地に行ったらその地の習慣に合わせるべきという感じでしょうか。他の国に行った時はやっちゃいけないこととかを最初に確認しておいた方がいいんだって子供の頃親に教わりました。良い行いをした時よりも悪い行いをした時の方が目立つし記憶に残るんだからって」
「そうか」
話を聞いて納得する。
それで着替えも化粧や髪のも、俺の指示に従ったっていう訳だ。
ユーナの親は大事なことを教えていたもんだな、それがなけりゃ騒いであいつらに見つかった可能性がある。
素直に従ってくれて助かったのは事実だ。
「もしかして私の服装も駄目でした?」
「なんでそう思う」
「馬車に乗っていた女性も、今歩いている女性も皆足首までのスカートだし、季節がらなのかもしれませんが皆長袖だから、そうなのかなって」
ユーナ疑問とその疑問を感じた理由に内心驚いた。
ユーナはよく見ている、それに冷静だと思う
「これは大事なことだから、覚えておいた方がいい」
「はい」
「女性、特に成人した女性は足が見える服を着たりはしない」
「やっぱりそうなんですね。宗教上の理由とかでしょうか」
「宗教? 最初はそうだったのかどうか、俺は学がないから分からないが、そういう服装で外を歩くのはな、ええと、その……自分は身売りしてるって言ってるのと同じだ」
なるべく淡々と説明したつもりだが、やっと成人したような若い女性にする話じゃない。
「え! あ、あの私違います、そんなんじゃ」
「分かってる、安心しろ。だけど俺以外にあの姿で否定しても誰も本気にはしないだろう。だから自分の身を守る為にもあの服は外で着ないほうがいい」
予想通りの動揺に、やっぱり誰か女性がいないと辛いと内心困惑しながら、声を落として話す。
手を振り払われないだけマシだか、こんな話聞かされる方も話す方も、どちらにしても嫌がらせに近い。
「ヴィオさん、信じてくれるんですか」
「信じてなきゃ、さっきの町であいつらに渡してる。面倒事は嫌いなんだ、その方が楽だろ」
「私を、面倒事だと思わないんですか」
ユーナの顔は不安そのものだ。
まあ、否定はしないがそれを口にするのはさすがに出来ない。
そもそも俺がユーナを助けると決めて、この町まで連れて来たんだ。
本当に面倒事を避けたいと思うなら、着替えさせてさっきの説明をした後でいくらかの金を渡してそれで別れていただろう。
それをしなかったのは、放っておけないと思ったからだ。
「ユーナは料理は出来るか」
「え? この国の人の口に合うか分かりませんが料理は好きです」
話題をそらすために聞いてみてすぐ、ここで誤魔化しても仕方ないと思い直した。
「選択肢としては、俺と一緒に旅をする。もう一つは俺が書いた手紙を持って、多分ユーナと同じところから来たリナって女性のところに行くってのがあるが、どっちを選ぶ?」
リナ達はとばっちりだが、俺のお勧めはそっちだ。
繊細そうなユーナに旅は厳しいだろう、体力も無さそうだし自分で身を守るのも難しそうに見える。
定住出来るならその方がいい。
「ヴィオさんは、……私がヴィオさんと旅をしたいって言ったらどうするんですか」
内心の動揺を誤魔化す様になんとなく早足になってきた俺に引っ張られる様に歩きながら、ユーナは必死についてくる。
「旅の間は歩きになるし、この世界は魔物が出るから絶対に安全とは言えない」
リナは魔物が苦手だった、多分未だに苦手だと思う。
それでも冒険者になったのは、そうしないと俺達と一緒に居られないと考えたからだろう。でもリナは結局冒険者として上を目指す事を止めて、俺達を補助する立場になった。
リナは拠点であるあの町の家を居心地よく整えてくれて、美味い食事を作って俺達の健康を守ってくれていた。
それは勿論有難かったけれど、一緒に迷宮に入り続ける事を選ばなかった事が、俺には少しだけ寂しくもあった。
「魔物、はい」
「リナは一応町に住んでるし、住んでる家はそれなりに環境が整ってるし風呂もある。リナと一緒に住んでる奴らも皆気のいい奴らだ、きっと歓迎してくれる」
「……はい」
あぁまずい。
ユーナの声がどんどん暗くなっていく。
こんなんじゃ、リナのところへ行けなんて言えない。
「その生活ではなく、体力的に大変な旅続きでもいいなら、俺と来るか? 俺と一緒に旅をするのは体力的にも精神的にもキツイ時が多いと思うが、それでもユーナは俺と旅する方を選ぶか」
これだけ言っても俺と一緒の方を選ぶなら、俺も腹をくくるしかないだろう。
なんて、俺の心はとっくに決まっている、ただユーナの気持ちがどちらにあるか分からない。
「いいんですか」
「条件は飯を作ってくれることだ」
冒険者になって魔物を狩れる様になるというのは、条件にはしなかった。
旅をするには、身分証明が簡単な冒険者になった方が移動は楽になるが、それは別に登録して見習い程度の仕事を受けるだけで十分だ。
定住しないなら仕事を探すのは難しいし、それはユーナがこの世界に慣れてから考えればいいだろう。
「そんな事でいいんですか、私面倒じゃ」
「生きてりゃ面倒なことなんかいくらでもあるさ、実際面倒でもまあいいかって思うこともある。ユーナの事情なんてその程度の話さ」
何を言ってるのか分からなくなってきたな。
ちらりと顔を盗み見たら泣きそうな顔で俺を見上げていて、そんなの見たら考えなんかまとまるもんじゃない。
「ありがとうございます。私美味しいご飯作りますから」
ごはんというのは、リナも良く使う言い方だ。
ごはんは、食事の意味だと言っていた。
こういう言葉を聞くと、本当にリナと同じところから来たんだって分かる。
「ああ、頼むよ。話してる内に着いたな。ここが春の木漏れ日亭だ」
夕食までそれぞれの部屋に入り落ち着いて考えたら、やっぱりリナの方がいいという気持ちになるかもしれない。
それならそれで安全に町まで行ける様に、この町で護衛を雇ってユーナを向こうに送り届けて貰える手筈を整えればいい。
宿の看板に救われた気持ちになりながら、俺はユーナと共に中へと入ったんだ。
「一人部屋ないのか?」
「悪いねえ、もう残ってるのは一番上の階にある二人部屋と四人部屋だけなんだよ。お客さん何泊する予定だい? 迷宮狙いじゃないんだろう?」
恰幅のいい女将さんは、台帳をめくりながら困った事を言い始めたんだ。
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