この先を考える

「それで角兎を倒せたんだな」

「はい、倒れた理由がわかったのと、近くにもう怖そうな生き物ががいないって、周囲を見渡して確認出来たので近づいてみたんです。本当に動かないのかしゃがみ込んで見てたら、角があるだけで顔は怖く無いし兎みたいにフワフワした毛なんだって思ってつい触れちゃったんです。そしたら姿が消えて……」


 死んでるかどうか分からないというのに、しゃがみ込んで魔物を見るっていうのは油断しすぎだがユーナは冒険者ではないんだから仕方がないのかなと考える。

 ユーナの能力の安全地帯、その雷魔法みたいなものの発動条件が分かればいいんだが今は確認のしようがない。

 まあ旅に出てから確認していけばいいだろう、それまでは俺が守ればいいだけの話だ。

 いまのところは全く自身を守る術がないという状態より、一つでも自分を守れるものがあるらしいと考えればいいだろう。

 戦う力も自己防衛する能力も無いと考えるよりは、百倍マシだ。


「パッと姿が見えなくなって、でもすぐに分かったんです。私の収納に入ってるって」


 ユーナが収納を使おうと思わなくても角兎を仕舞えたってことか? マジックバッグは入れると思わなければはいらないんだが、収納は違うのか?

 安全地帯と違って収納は能力を持っている魔法使いが少ないだけで、剣士の俺でも知っている魔法だ。だが、ユーナのはなんか違う気がする。


「頭の中に収納の一覧みたいなものが浮かんできて、その中に元々持っていた荷物もあったんです。試しに飲みかけだった冷たいお茶を取り出したら冷たいままでした」

「そうか」


 収納っていうのは不思議なものなんだな。

 そういえば自分が持っているマジックバッグが時間停止がついてるから気にしていなかったが、収納も同じなのか?


「冷たいまま、それは今もか」

「ええと、はい。冷たいです」


 すっとユーナの手の中に瓶が現れる。

 緑色が鮮やかで異世界の文字なんだろう物が書いてある。

 瓶の上の方だけ色がついていないというのは、俺は初めて見るがユーナの世界では当たり前なんだろうか。

 

「ガラス?」


 薄くて透明な、でもガラスより柔らかそうな何かでその瓶は作られているように見える。

 鞄といいこの瓶といい、異世界の素材は不思議なものが多い。


「ガラスじゃありません。ペットボトルって言うんですよ。触ってみてください、本当に冷たいですよ」


 ユーナの言葉に手を伸ばすと瓶、ペットボトルに触れさせてくれた。

 中には瓶の半分程度液体が入っているが、確かに冷たい。

 お茶と言っていたが、冷やして飲むのか。お茶は熱いものって思っていたが、こういうのもこの世界とユーナの世界の違いなんだろうな。

 ペットボトルは少し力を入れると、ペコンとへこむのに指を離すと元に戻る。

 なんとも不思議な素材で出来ている様だ。


「時間停止してるんだな」

「え、時間停止。あぁ、そうかもしれません」


 それにしても不思議な子だ。

 魔物を怖がってるくせに、角兎を収納したままなんて。売れると分かってのことなんだろうか。

 でも、魔物が怖くても近くで見てみようと考える位は出来るってことか。

 それなら大丈夫かな。


「なあ、ユーナ」

「はい」

「俺は冒険者だって話をしたよな」

「はい」


 俺の考えを話したら、ユーナは泣いて嫌がるだろうか。そう考えてすぐに否定する。

 この人は多分冷静に考えられる人だ。

 だから泣かずに理由を聞いて、無理だと内心思っていても必要なら受け入れるだろう。


「普通は町や村に自分を住民として登録し税を納めるが、冒険者は流民扱いになるからどこの民でもない扱いになる。このギルドの登録カードで身分証明出来る。この辺りの町では門番はいてもカードの確認等はしていないし、こういうもので証明が出来ない場合は保証金を払うなんてのもないが、大きな町はギルドカードが無いと入れない。ギルドは冒険者以外に商業とか薬師とかあるんだが、そういうギルドに登録していても同じように身分証明になる。旅をするならどこかのギルドのカードがある方が便利だ」

「ギルドに入っていない人は、旅をする時どうするんですか」

「町に定住している奴が大きな町、例えば王都だな。そういう所に行く時は領主、もしくは代官が発行した証明書が必要になる。『〇〇町のヴィオ、犯罪歴無し』程度の証明書らしいが、それが無いと身分確認される度に犯罪歴等が無いか有料で検査されるんだ」

「犯罪歴の確認、ですか。あのそんなに簡単に分かるんですか」


 不思議そうな顔のユーナに聞かれて、思いあたる。

 そういえばリナも最初戸惑っていた。ユーナとリナの世界には無い物なんだっけ。

 それを考えると、リナと一緒に過ごした経験は今生きてるんだな。

 リナとのそういう経験がなければ当たり前と思っているものを聞かれても、何で知らないんだと思うだけで終わりそうだ。

 ついでに、リナは俺といてかなり苦労していたんだろうなと、反省する。

 リナは思っていることを遠慮せずに話せる人だったから、俺なんかといても何とかなっていたのかもしれない。


「ああ、分かる。そういうのが調べられる魔道具というものがあるんだ。仕組みは俺には分からないが、魔道具というのは魔法を使える道具と覚えておけばいい。一つでなんでも出来たりはしないが、色々な物があるんだ」

「魔道具。凄いんですね」

「初めて見ると驚くかもな。そうだ、これから知らないものは沢山出てくると思うが、遠慮無く聞いてくれていい。面倒かなとか考えなくていいから」

「え、沢山聞いちゃうかもしれませんよ」

「俺は学がないから、答えられないものもあるとは思うがその時は一緒に調べよう。我慢と遠慮は禁止だ。いいか、約束だ。分からないことがあれば聞く、腹が減ったとか疲れたとかも隠したり我慢したりは無しだぞ。これから旅をするんだから、無理してたら体がもたない」

「はい。ヴィオさんありがとうございます。ふふふ、ヴィオさんて優しいですね」


 なんで笑われたのか分からないが、泣いてるよりはいいかと思いなおす。


「話を続けるぞ、冒険者の仕事は魔物を狩って素材や魔石を採取する。ギルドに堕された依頼を受ける。迷宮に入って魔物を狩りながら迷宮攻略をするってのが主な仕事だ」

「魔物、さっきのですね」

「ユーナが言っていたのは、草色のがゴブリン、半透明なのがスライム、兎は角兎っていう魔物だ。冒険者初心者が狩れる魔物だな」

「もっと凄い魔物もいる?」

「いる」


 魔物は基本的に見た目が良くない。

 ゴブリンに怯えているユーナなら、気絶しそうな魔物だろう。

 

「それがこの世界の当たり前なんですね」


 諦めた様な声は酷く弱々しくて、さっき抱きしめた体の細さを思い出させる。

 子供でも強かで、生きることに貪欲なこの世界とは違うところから来たのだと、ユーナの言動で分かってしまう。


「そうだ。怖くても当たり前だと受け入れていかないといけない。魔物が怖いと怯えているだけならすぐに死んじまう。ある程度の覚悟が無ければ町からも出られない」

「覚悟」

「そうだ。魔物を狩れない人間なんて沢山いるし、魔物は誰でも怖い。その為に冒険者や兵士がいる。怖いと思うのは恥ずかしいことじゃない。だが、怖いなら怖いなりに自分の身をどうやったら守れるか考えないと駄目だ」

「はい」


 ユーナは何をして生計を立てていきたいか、なんてそんなことすぐには決められないだろう。

 元のところに帰りたいと、リナはずっと願っていて帰る方法を探していた。

 探して探して、どれだけ探しても見つからなくて結局諦めてしまった。

 数年この世界で暮したリナと違って、来たばかりのユーナに帰る方法は無いから諦めろとは言えない。

 出会ってすぐその話をした覚えはあるが、実感はないだろう。

 だけど絶対に帰る方法を見つけてやるからとも言えない。

 探せるところを全部探しても、見つからなかったと知っているからだ。


「当たり前なんですね」

「そうだ、あれは狩れればただの飯のタネ、実力に合った獲物なら怖くも何ともない」

「実力に合えば怖くない」

「だってユーナは蟻が怖いか?」

「蟻は普通に蟻ですか? 凄く大きかったりしませんか?」


 巨大な蟻の魔物は存在する。

 昆虫の蟻と同じ見た目、ただ恐ろしくデカくて人の二倍の身長がある。

 だけど今は余計なことは言わない。


「普通の蟻だ」 

「蟻は大丈夫です。蛾とかナメクジとかゴキブリは無理です。虫は苦手なんです、でもカエルは大丈夫です。食べたこともあります」

「……そうか」


 虫が苦手で旅。

 魔物よりもそっちの方が慣れるのは難しいんじゃないか、そんなことは言えないなと内心思いながら話を続けたんだ。



※※※※※※

レビューありがとうございます。

遅筆なりに頑張ります!

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