だるま食堂殺人事件 (ショートミステリー)
「だるま食堂のオヤジが厨房で刺殺されたのが午後二時だとすると、あの男が犯人だとは思えんよ。もちろん、彼が高利貸しで、オヤジが多額の借金をしていて貸金のトラブルがあったということも調べがついている。だが、動機は充分でも、物理的に不可能じゃないか」
金台地警部が眉間に皺をつくって、番田院に詰め寄った。
「死体が倒れると同時に、棚に寄りかかって落とした置時計がちょうど二時を指したまま止まっています。殺人があったのはその時間に間違いはないでしょう」
「だから矛盾している。だるま食堂に三時ごろやってきた郵便配達員が、あの男がカウンターにすわってカレーライスを食べているのを目撃しているのだ。君の言う事がもし真実だとしたら、そのカレーは死者が作った事になる」
「しかし、その時目撃者は食堂のオヤジを見たわけではないんでしょ?」
「その通り、はがきを置いてすぐ帰ったらしい。しかし、あのカレーを作れるのは、ここのオヤジだけだ。だるま食堂名物のカレーだそうだ」
番田院は、ふん、と鼻先で笑ったような顔をした。金台地警部は、その表情を見逃さない。
癪に障る素人探偵だが、不思議と警察内部でも信任を得ている。が、今回ばかりは言っていることがちぐはぐだ。この事件で、これまでの実績がまぐれだったということを暴いてやる、と金台地は心の底でそう思っていた。
話をしながら歩いていると、二人はいつの間にか現場に着いたようだ。だるま食堂である。
番田院は、お先に、と暖簾を掻き分けて食堂へ入った。
現場はまだ証拠保全した状態のままである。素人に荒らされてしまっては堪らない。金台地警部は慌てて後を追いかけた。
しかし、勢い込んで中に飛び込んだため、金台地は急に立ち止まった番田院の背中に鼻をぶつけてしまった。振り返った番田院の顔が笑っている。
「金台地さん、やはり思ったとおりだ。このショーケースを見てください」
「別に何のことはないが…」
金台地はまだ気づかない。
「金台地さん。このショーケースからなくなっているもの。この食堂の一番の人気商品ですよ」
「…ということは…」
「そうです。あの男は、突然入ってきた客に慌てて、場を取り繕うために商品見本のカレーを食べていたのです。蝋でできてるんですよね、あれって」
「…」
そのカレーの味を想像すると、犯人に対して一抹の同情を感じざるを得ない金台地警部だった。
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