怪盗消失 (ショートミステリー)

 世紀の怪盗百面倒に、世界一高価な宝石「フェアリーの涙」をまんまと盗まれてしまった大富豪、金田舞次郎はどうしようもない失意の中にあった。

「大丈夫です、私が取り返して見せますよ」

 矢部警部が力強く言ったが、金田は悪夢の中にいるようである。

「君は知らないだろうが、怪盗百面倒は人間じゃない。あいつは超能力者だったんだよ」

「失礼ですが、あなたは怪盗百面倒に直接会ったのですか?」

「私があるホテルで食事をしていたときに横から声をかけてきたのが怪盗百面倒だった。一見普通の紳士のように見えたがね。彼は私の耳元で、私の持っているフェア

リーの涙を今すぐ盗んでみせると言った。しかもその方法を教えてやると……」

「なんという大胆なやつだ、で、その方法とは」

「瞬間移動だよ。超能力で一瞬のうちに宝石の場所まで飛んでいくんだと。私は百面倒に連れられてホテルの中にあるホールに行った。そこはいつもは結婚式に使う巨大なホールで、そのときはテーブルも椅子も片付けてあってがらんどうだった。もちろん私たち以外には誰もいない」

「何のためにそんなところへ」

 矢部は訝った。

「やつの超能力を見せるためだよ。百面倒は何もないホールの真ん中に、突然傘を開くようにテントのようなものを出した。すぐにその中に入ると、あっという間にそのテントが炎に包まれて消失してしまったんだ。もちろん、中に入った百面倒も一緒にだよ。最後に、これからあなたの宝石をいただきに行きます、という言葉だけを残してね」

 それからしばらくして、矢部刑事と金田舞次郎は、百面倒が消えたというホテルのホールに立っていた。まったく何もない巨大な空間で、端から端まで50メートルはある。どこにも人間が隠れる場所はないではないか。

「どう考えても消えたとしか思えない。百面倒はこの空間の真ん中にいたんだからね」

「金田さん、あなたどこにいましたか?」

「ここだが……」

 なるほど、どこにいたとしてもホールの内部は隅から隅まで見渡せる。が、矢部はにやりと笑って見せた。

「このトリックの謎は、すべてまるっとお見通しだ!」

(人間瞬間移動、そんな超能力が現実に存在するのだろうか)


「70年代の初頭には、パリのエッフェル塔が大衆の面前で消えたこともある。これはマジックでは有名な消失トリックにすぎませんよ。日本ではそうですね、ミラクルというマジシャンが有名でしょうか」

「トリックだと、でもどこにやつが隠れたというんだ」

「よく見てください、あなたの目の前に何がありますか」

「テントの焼け焦げた跡」

「その向こう、ほら、ホールからの出口があるじゃないですか」

「まさか、あのドアから出たとでも? だか、ここから三十メートルはあるぞ。見えないはずはない、バカバカしい」

「いえ、見えませんよ。だって走って出口に向かう百面倒とあなたの間にはテントが

あって、その陰になっていたはず。あなた、そのときひとりではなかったですよね」

 金田は口ごもった。愛人と食事をしていたのである。そのとき、彼女は金田の横にいた。

「足元をご覧なさい、わずかに目印のようなチョークの跡がある。あなたと一緒にいた人物は、さりげなくあなたをこの場所に連れてきた。つまり、あなたの視点を固定したわけです」

 確かに愛人は、金田の腕にぶら下がるように絡み付いていた。

「その人物は共犯です」

「何てことだ」

「やつの消失に仰天したあなたは、とにかく宝石を確かめようとして一目散に屋敷に帰った。おそらく、百面倒はその車のトランクにでも忍んでいたのでしょう。慌てて保管場所に向かうあなたの後ろを、警備員かボディガードのような振りをしてついていったのです。もちろん、屋敷の警備員たちの目をごまかすためにね」

「私のすぐ後ろに百面倒がいたのか……」

 

 種明かしを聞いて、さらに落胆するしかない金田舞次郎だった。

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