首無し事件 (ショートミステリー)
異常な殺人事件だった。
首のない死体が発見されたのは、被害者の居所、高層マンションの一室だった。さらに数時間後、現場から数キロはなれた山中で、ガソリンをかけられて骨になるまで焼き尽くされた頭部が見つかった。
「不思議だ」
と、桐田警部は何度も首をかしげた。
「現金にも手をつけていませんから、物取りではありえません。これは、猟奇殺人ですね。犯人の動機には理解しがたいものがあります」
部下の多田が口を挟んだが、桐田はどうも釈然としない。
「いや、猟奇殺人だと簡単に決めつけるわけにはいかないよ。明らかに犯人は被害者の部屋で数時間を過ごした痕跡があるし、首を切り落とした作業も周到に計画されたもののような節がある。問題はなぜ死体から首を切り落とす必要があったのか、だ。それがわかれば事件は一気に解決するような気がするんだが……」
「死体から首を切り落とす理由は、たとえば探偵小説なら一人二役トリック。でも、事はそんなに複雑ではないでしょうし、現実的ではありませんよね。一番ありうることは被害者の身元を隠蔽するためでしょうが、今回の場合、身元ははっきりしています。焼かれた頭部も本人のものだと確認されていますし。やはり、猟奇殺人の線が強いですね」
実際、死体は人より毛深い手足、痣の位置、第三者の確認している肉体的特長はすべてそなえていて、司法解剖を待つまでもなく、この部屋の住人、本人であることに間違いはない。
推理小説の読書量だけは所轄内でも一二を争うと公言している多田はさらに続けた。
「ネクロフィリア(屍愛好者)とか、肉体の一部に偏執して死体からそれを切り取り、持ち歩くという異常者は現に存在していますよ」
「もちろんそれはわかる。なら、なぜ、死体から切り取った頭をすぐに処分したんだ。頭に愛着を持っていたのなら、あっさりと焼き尽くすようなことをするだろうか」
「気が変わったのでしょうか」
「まさか。偏向した異常な精神が、そんなにあっという間に変質しはしないよ」
事件の動機について、その他に怨恨の筋はまったく浮かんでこなかった。しかし、被害者は結婚を目前にしていたという事実がわかっている。そこで、彼の女性関係についてさらに深く調査されたが、これも徒労に終わった。
ただ、被害者は几帳面な性格だったらしく、男でありながらもこまめに家計簿をつけていたため、彼の月々の出費の中から使途の不明な金銭が存在することが判明したのである。定期的に出費し、それも小額ではなかった。
「脅迫されていた可能性がありますね」
と、多田が桐田警部に報告した。
すると、しばらく黙っていた桐田の顔色が見る見る紅潮した。
「わかったよ、すべてが。あえて推理とはいわないが、私の想像に間違いなければ、犯人は被害者のフィアンセだ。多田君、すぐに重要参考人として手配してくれたまえ」
「し、しかし、なぜ?」
「首を切り取ったことにはちゃんと意味がある。なぜなら、それが殺人の動機に密接にかかわっているからだ。彼女がどうしても首を処分しなければならなかったのは、それが事件の真相のすべてだからだよ」
多田にはさっぱりわからない。
「いいかい、被害者がなぜ、月々これほどの出費をしていたのか。それは被害者自身の秘密を守るためだったのだ。だが、結婚を間近にして、それを打ち明けられたフィアンセにとってはどうしても我慢できないものだった。彼女は被害者を強く謗ったことだろう。詐欺師とわめいたかもしれない。ただ、その気持ちは当事者にしか理解できないものかもしれないね」
桐田は思わず自分の頭をたたいた。多田は、それが少しずれたような気がしたが、見てみぬふりをしている。
「メイクヘアのメンテナンスだ。あれは結構金がかかるんだよ」
「被害者ははげ頭だったと!」
多田が思わず叫ぶと、桐田は唇に人差し指をあててうなずいた。それから、呟くような声を出した。
「誰にも知られてはならない秘密だ。そういう秘密には、えてして悪魔が潜んでいるものなんだよ」
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