食事中
家族団らんの食事中のことである。
父親が、ふと壁の時計を見上げて呟いた。
「おい、あの時計、七時十五分で止まっていないか」
「あら、本当ね。動いていないわ」
「今何時だ? 夜勤に出る時間がわからないよ」
「あなた腕時計は?」
父親が高校生の息子に指示して、二階の部屋から持ってこさせた。
「オヤジ、この時計も止まっているぞ」
「あれ?」
やはり、七時十五分で止まっている。不思議な事もあるものだ。
「洗面所の前の壁時計を見て来い」
言われて母親が食卓を立ち廊下へ出た。帰ってきたときは、青ざめた顔になっている。
「おかしいわ、洗面所の時計も同じ時間で止まっている」
「なんだって!」
家族はそれぞれが顔を見合わせた。息子が深刻な顔をして言った。
「これはタイムスリップだ。俺たち家族はきっと時間の狭間に迷い込んだんだ」
「どういうことなの?」
「周りの時間が全部止まっていると言う事?」
と、その時である。
無精ひげを生やした大男が突然、家族のいる居間に乱入してきた。
「な、何者だ!」
父親が叫んだ。あまりのことに無様に取り乱している。
が、男は申し訳なさそうに、ぺこぺこ頭を下げた。
「なんで、ここに知らない人が入ってくるの?」
「いったい何の用なのだ」
「すみません。今何時ですか? 俺の時計止まっているみたいで……」
男が差し出した腕時計は、なんと七時十五分で止まっていた。
「残念ながら、うちの時計も全部止まっているんだよ。だから時間はわからない。
ところで、君はどうやってここまで入ってきたんだね」
「実は……」
と、男がむさくるしい頭を掻きながら言った。
「トラックの運転中に、腕時計を見ていたら時計が止まっていたんです。どうも時間が気になって、たまたま、目の前にあったこのお宅に尋ねに入ったと言うわけなのですが……」
食事中の家庭にトラックが突っ込み、全員死亡するという大惨事が起きたのは、その日、七時十五分の事である。
原因は、運転手のよそ見による過失とされたが、そのとき、彼が何に注意を奪われていたのかは、もはや知りようがない。
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