亡者
幽霊に取りつかれたと言う男が、ひとりの高名な祈祷師を訪れて泣きついた。
「助けてください。幽霊が夜な夜な枕元に現われて、私を取り殺そうとするのです。恐怖のために、すでに数日間眠ることができませんでした」
祈祷師は、ほとんど事務的な口調で尋ねた。
「その幽霊に心当たりはあるのかね」
「はい、株の売買で大損して、先日自殺した男の幽霊です。私は証券会社の社員ですが、私のアドバイスがすべての原因だと思っているのです」
「金の亡者だな」
「そうです。耳元で毎晩『金を返せ。金を返せ』と同じ事ばかり繰り返されては堪ったものではありません。たくさんの霊能者やお坊さんにお願いして御払いをしてもらったり、幽霊が入ってこないように家の隙間にお札を貼ってもらったりしましたが、いっこうに効果がないのです。これを見て下さい」
男はそこに御札を何枚も並べた。
御札に書かれた曲がりくねった毛筆文字がどんなおまじないなのか、男にはさっぱりわからない。だが結局意味はないのだ。なぜなら、どれも見事に真中から二つに破られているのだから。
「どの御札もみんなこの通りです。ぜんぜん効果がないのです」
「ふうむ、すごい怨念だな」
祈祷師は破られた御札の数々をじっと見て、突然にやりと笑った。
「こんな御札では金の亡者には効かないよ。あしたから私の出す御札を使いなさい。ドアや戸の隙間に張りつけておくんだ。もったいなくて今までのように簡単に破ることはできないだろう」
「そんなによく効く御札なんですか?」
「そのかわりちょっと値が張るよ。一枚が一万五千円だ」
「少しぐらい高くてもかまいません。あの幽霊から逃れられるのなら……」
差し出された御札はどう見てもただの一万円札だった。
結局、この男は幽霊に取り殺されてしまったと言う事である。
どうやら、一万円の御札を使うのがもったいなくて、千円札を家中に張りつけていたらしい。
こうなると、どちらが本物の金の亡者か、よくわからなくなってくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます