無手勝流口伝

「義弟の敵。覚悟されよ」

「覚悟とはなんじゃ。では何か、拙者はおぬしに斬られねばならぬのか?手向かいはできんのか?」

「これは勝負でござる。ご随意に」

「では、なんの覚悟じゃ」

「心を決めよと申しておる」

「されば、そう申せばよかろう」

「ええい、是非もなし。早く、抜かれよ」

「……」

「…って、こんなところで帯を解いてどうする」

「いや、今、脱がれよ、と…」

「なんであだ討ちをするのに、裸にならねばならぬのだ」

「拙者も怪訝でござったが、相撲勝負をお望みかと…」

「刀を抜けと申しておるのだ」

「その口調は怒っておられるのか?」

「これはしたり、義弟の敵、と申したろう」

「も、申し訳ござらん!」

「な、何のまねだ。突然土下座など…」

「これこの通り、心から謝っておる。許してもらえぬか」

「たわけた事を、この場で謝られても…。とにかく、これは主命でもある。お命頂戴いたす」

「頂戴とはなんじゃ。では何か、拙者はおぬしに斬られねばならぬのか?手向かいはできんのか?」

「これは勝負でござる。ご随意にかかってこられよ」

「では、なんで頂戴じゃ。拙者は命などあげたくはござらん。それに、おぬしには武士の情けはないのか。拙者はこれこの通り、謝っておるのだ」

「だいたい、ごめんなさいと謝ってすむ問題ではなかろう」

「何を申される、命よりも心の傷の方が重い事もある。おぬしが拙者に与えた心の傷は、命を救われて余りあるぞ」

「何をいう。わしがおぬしの心にどんな傷をつけたというのだ」

「では、この手紙はなんじゃ」

「果たし状だが…」

「拙者のことを早漏、早漏と非道極まる言いがかり」

「そ、それは、候文なり」

「こやつ、まだ言うか。何を根拠に拙者を愚弄する。拙者、早漏ではござらん」

「いや、だから…。それは…」


 塚原○伝、絶対負けない無手勝流の達人である。

 あきれて立ち去る者の背中を、たまに刀でそっと突くこともあったりする。

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