悪の宴

「しっかし、今年は運がいいなあ」

 ひとりの男が人ごみを掻き分けながら、招待状に書いてある場所を探していた。その風貌は、誰も近づきたがらない種類の男のようである。

 桜は満開、それを囲む人々の宴はどうやらたけなわだった。

「よお、ここだ、ここだ」

 呼ばれて振り向くと、ひときわ大きな桜の木下にすでに数人が輪になってくつろいでいる。

「あれ、親分もいらっしゃったのですか」

タケゾウは、サングラスをはずしながら、驚いたような声を出した。

「花見だと聞いたら、出てこないわけにはいくまい。早よ、こっちゃ来い」

「へえ」

 タケゾウは「ご予約席」と書いたプラカードをまたいで、ござの上にすわった。

「お久しぶりです、兄貴。まあ、駆けつけ三杯といきやしょう」

 すぐ横から弟分にコップを手渡されると、次から次にビールを注がれた。それらを拒むでもなく一気に飲み干すと、周りからほうっというため息がもれた。

「いい男っぷりだねえ。兄い」

「そうか」

 タケゾウもそういわれるとまんざらでもない。

「それにしても、いつもサツの連中を煙に巻く兄貴の活躍はほれぼれしますぜ」

「ははは、サツの堅物とは頭のできが違うからな」

 それからあっという間に、ござの上はむさくるしい男達で一杯になった。見渡すと、タカクラ組の組員が総勢で酒を飲んでいる。若い者は、数え唄などを歌いだし、みんな赤い顔をして手拍子を打った。

 親分はすでに出来上がっているのか、若い者に囲まれてただニコニコしている。タケゾウはそちらへ進みよって、親分のおちょこに日本酒を注いだ。

「タケゾウ、今唄うたっている若いの、へたすぎじゃ。後で指つめて、簀巻きにしておけ」

「は、はあ」

 さすが、組長。相変わらず、容赦のない貫禄である。

「しかし花見にはもってこいの天気じゃの。タケゾウ上出来じゃ」

「え?」

「お前の采配じゃろ。組うちでこんな気の聞いた事をするヤツはお前しかおらんからな」

 …といわれても、合点がいかない。今は世の中から姿を隠している身である。花見の場所取りをするような余裕はない。

「それにしても、花見には一等地ですぜ。兄貴」

「何言ってやがる、俺がお前達を呼んだわけじゃないぞ」

 側にいた鉄砲玉もずれた事を言っている。

「でも、これ…」と、横から差し出しされたはがきは、花見の招待状である。タケゾウが持っているのと同じだった。タケゾウのそれは、愛人のところに来たものである。しかも、ビール三本分がサービスでついていると書いてあった。タケゾウは愛人に進められるままにここへ来てみただけの話である。


 ふと、冷たいものが背中を伝った。

「やばい!」と、タケゾウが叫んだと同時である。

 ござが跳ね上がり、組員全員を包むような格好で束ねられた。タケゾウらは団子のようになって、桜の木に吊るし上げられてしまったのである。

「おお、指名手配の凶悪犯までいる。これこそ、一網打尽というやつだ」

 その声は、丸暴の金台地警部のものである。彼は、高笑いをしながら、丸まったござを無邪気に警棒で突いて回った。

 タケゾウはござの中で歯軋りをしながら、金台地の声を聞いていた。

「アメリカの警察がスーパーボールの招待券で凶悪犯をおびき出したという話を聞いて、半信半疑で試してみたが、こんなにうまくいくとは…!悪党とはいえ、やはり日本人。気候がよくなって花見と聞くと、そぞろ我慢ができなくなるようだな」

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