記憶合金カップ

「見てください。これこそ、全世界驚愕の大発明です」

 その研究員が手にしているのは、ただのマグカップである。

「これが新発明?別にこれといって変わったところはないが……」

 スポンサーは不思議そうに顔をしかめた。担がれているのではないか、と思っている。

「このマグカップは陶器製じゃないんです。新合金なんですよ」と、研究員はうれしそうに答えた。「このお皿もそうです。この研究室にある食器は全部その合金で作ってあるんですよ」

「落としても割れない食器か? でもそんな発明はありふれているよ……」

「そうではありません、これはつまり記憶合金なんです。合金自体が最初の形を覚えていて、もとのように戻るんです」

「何を大げさに騒いでいるのかと思ったら、バカバカしい」とスポンサーはうんざりしたように言った。「それもよくある話。最近では、洗濯してもしわが出来ない形状記憶の背広も出回っているよ。君、研究費を無駄にするのはよしたまえ。これでは投資も何もあったもんじゃない。だいたい、なんで食器に記憶合金なんだ?」

「いや、ですから……」

 研究員はスポンサーの思ってもみなかった反応に動揺した。スポンサーは、不快感をあらわにしていた。

「ですから、もう一度順をおって説明しますと……」

「説明といわれてもねえ。記憶合金でカップが膨らんだり縮んだりするとでも言うのかね。もちろん、それも容易だろう。だが、そんなものを商品化する企業家はひとりもいないよ」

 スポンサーは投げつけるように言いながら、研究室のドアから出て行こうとした。帰ろうとしているのだ。

 研究員は一生懸命説明をしようと追いすがったが、相手はもはや聞く耳を持たない様子である。

「もう、君には投資できない」

 そういい捨てて、出て行ってしまった。


 がっくりと肩を落とした研究員が再びテーブルに戻ると、そこに置いてあったはずのマグカップやお皿がない。

 すでにその食器たちは最初の記憶どおり、ちゃんと元の食器棚に戻っていたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る