違和感
朝から、頭が薄ぼんやりしている。
霧の中を泳いでいるような感じで、まるで自分の体が自分のものではないようだ。やはり、昨夜の酒がまだ残っているのだろうか。どうやって、家に帰ってきたのか判らないほど、ぐでんぐでんに酔っ払った。久しぶりのことである。
顔を洗っても、歯を磨いても、すっきりしない。
食卓につくと、妻が不思議そうな顔をして私の顔を見ている。
「あなた、なんだか今朝はおかしいわ」
「おかしいって、何がだい?」
「なんていうか……、何だか、別の人が座っているみたい」
そういわれてみると、目が覚めてから、まるで他人の体にでも入りこんだような感覚がずっとしている。しかし、私は私に違いないのだ。
それにしても、そういう妻の顔が変にぐにゃりと曲がって見える。おかしな薬を飲んだというわけでもない。なんだというのだろう、この違和感は……。
その時、子供が目の前を慌しく走ってきた。ふと、立ち止まる。私の顔を見るが怪訝そうに首をかしげて、すぐに何事もなかったように部屋から出ていった。
いったいどうしたというんだ。本当におかしい。そんな子供の顔がのっぺらぼうのようにしか見えないのだ。
「もう、会社に行くよ」
「だいじょうぶ? 気をつけてね」
「ああ」
妻はとても心配そうな声で繰り返す。
「やっぱり、何か違っているわ。今朝のあなたは」
愛車に乗って、自宅からいつもの通勤路に出た。狭いくせに、朝は通勤ラッシュで混雑し、日ごろから事故の多い危険な路である。
ところが、なぜかその道路も空気に溶けるようにかすんで見える。すれ違う対向車は、黒い塊にしか見えない。脳みそが麻痺してしまったのだろうか。わけがわからない、この違和感。不快感。
どうしてしまったのだろう。私はいったい……。
その瞬間だ。
空間を真っ二つに切り裂くような、激しい音。
クラクションと、タイヤのきしむ音だった。目の前のゆがんだ景色が暗転した。
激痛が全身を駈け抜けたが、それも一瞬。まるで脱皮でもするように、私の魂が宙に放り出された。
正面衝突だった。いつの間にか反対車線を走っていたのだ。
私は、天に吸い上げられながらうめき声をあげた。地面に叩きつけられて、ボロ雑巾のように転がっている自分の姿を上から眺めて、初めて今までの違和感の正体に気がついたのである。
それにしても、本当に気づかなかったのだろうか、妻や子供たちまで……。
ああ、なんてこと。
朝起きて、ずっとめがねをかけ忘れていたなんて。
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