埠頭
男は猿ぐつわをかまされ、両手両足をロープで括られて、まるで丸太のように転がされていた。その周りを数人の組員が取り囲んでニヤニヤ笑っている。親分格が、あごをしゃくって彼らに指示を与えた。
子分たちは、男の自由を奪っているロープの端に、さらにコンクリートの塊を括りつけた。
「第三埠頭の端から、防波堤の端っこまで行って、そこから海に投げ込んでやる。幸い、今晩は嵐の夜だ。人に見られることはない。おい、もう一つ、オモリをつけておけ」
「親分、これ以上オモリをつけたら埠頭まで運ぶのが大変ですぜ」
「馬鹿やろう」
親分は、叱りつけながらも、うれしそうにいった。
「俺はなあ、これまで何人もあの海の中に人間を放りこんでるんだ。お前たちに教えておいてやるが、海の底に沈んだ人間の体は、何日かすると腐敗ガスがたまり、風船みたいにパンパンに膨れ上がる。そうなると、あっという間に浮かび上がってきて、少々のオモリじゃ役にたたねえ。いいから、もう一つ分オモリをつけときな。ブタバコに入りたくなけりゃなあ」
折からの暴風雨が、アジトにあるたったひとつの小さな窓ガラスを、激しく打ちつづけている。
「この嵐じゃ、海の底はさぞかし沸き立っていることだろう。お前の死体も底を這って沖のほうに流されていく。未来永劫見つかりやしないよ」
オモリの男はうめき声をあげることもできなかった。
絶望の中で男の意識が遠のいていく。
まさに絶体絶命!
もう二度と目を覚ますことはないだろう。
意識が再び戻ったとき、男は防波堤の上で大の字にころがっていた。
台風一過。抜けるような青空の下である。
もちろん、両手と両足に括りつけられたオモリが重く、自由に立ち上がることはできない。
どうやら沖に流されて骸になっているのは、あの晩、荒れ狂う大波にあっという間に洗い流された組員たちの方らしい。
この男がなぜオモリに繋がれたのかわからないが、そのおかげで命拾いしたのは確かなようである。
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