命の薬

世の中には、病気に苦しんでいる人がいっぱいいる。健康は金では買えないが、もしそれができるなら、金額の多寡など問題ではないだろう。

 ここに詐欺師の兄弟がいた。

彼らは病人の不幸に付け込み、ただのビタミン剤を、ガン特効薬などと称して売り続けてきたのである。

 だが、いま兄は、辛い現実を受け入れなければならなくなった。

 人生とは本当に皮肉なものだ。まさか病人を食い物にしてきた詐欺師が、不治の病にかかってしまうとは……。

 なすすべもなく、ただ死を受け入れようとする兄に対して、弟にできることは、神に祈ることぐらいしかなかった。とうてい叶わない願いだとわかってはいながらも。


 ――ところが、神さまは実在したのだ。

 兄にとって最後の延命手術になる日の前日、もはや絶望するしかない弟の枕もとに神さまは現れた。

「お前の兄の命を助けてやろう」

 と、神さまは言った。一目で神さまとわかる格好をしていたので疑いようもない。

「俺たちのような罪深い者でも、助けてくれるとおっしゃるのですか」

「そのために祈っていたのだろう? お前たちがこれまでしてきたことは、確かに人を騙す悪行であった。しかし、騙されたまま薬を飲み、信じる力で命を吹き返した人々がいることも真実なのだよ。嘘が人を助け、詐欺が善行に変わることもあるのだ」

「俺たちのやったことが人助けになったと……」

 弟は首を傾げた。

「その通り。ここに人の生命を呼び戻す薬がある。これをお前にあげよう。この薬を飲ませて兄を救ってやるがよい」

 信じられない事だったが、試してみる価値はある。

 弟はもらった薬を手にすると、神さまにお礼の言葉も言い忘れて、一目散に病院へ駆け込んだ。


 が、思った通り兄はまるで信用しようとはしなかった。これまで自分たちのやってきた事を考えると、当たり前のことだ。

「ひょっとして、独り立ちするための練習か? バカバカしい」

「兄貴、頼むよ。騙されたと思って……」

「人を騙すことを家業としている者が、簡単に騙されると思っているのか」

 弟はしばらく困ったような顔をしていたが、突然、「見ていろ!」と叫んだ。懐から短刀を取り出して、あっという間に自分の腹に突き立てた。

 弟の腹の隙間から大量の血が流れ、床を赤く染めるのを見て、兄は唖然とするばかりだ。弟はその兄のために命を賭けた。

「これでも信じないか、兄貴」

 言いながら、弟が手に持っていた錠剤を飲み干すと、たちまち出血が止まった。弟の青ざめた顔色に見る見る赤みが注した。

 兄は目を剥いた。奇蹟が起きたのである。


 兄の体調が回復し、病院を退院するまで一ヶ月もかからなかった。彼が弟に心から感謝したのは言うまでもない。しかも弟と一緒にもとの詐欺師が出来るまでになった。

 兄は、ある日弟に問いかけた。

「なあ、あの薬は、いったいどんな薬なんだ。本当に神さまからもらったのか?」

「いや、実はただのビタミン剤だったんだよ」

 と、弟は答えにくそうに言った。


「神さまにもらった薬は、ひとり分しかなかったもので……」

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