気球
ヨットに乗って太平洋を横断していた冒険家たちが思わぬ嵐にあって遭難した。 救援隊が繰り出されたが、彼らの行方はようとして知れない。長い月日が流れ、いつの間にか誰も彼らの生存を期待する者はいなくなってしまった。
ところが、彼らは生きていた。なんと無人島に流れ着き、そこで過酷なサバイバル生活を送っていたのである。
国中がこの冒険者たちの奇跡の生還に沸き返った。何よりも、無人島からの脱出方法が奇想天外なものだった。
彼らは、一個のガス気球に乗って戻ってきたのである。
気球は完全な手作りだった。ゴンドラはヨットの残骸を組み合わせ、気球を結ぶ綱はジャングルのツタを撚りあわせたものだった。そして、もっとも大きな奇跡は無人島にヘリウムガスのボンベが流れ着いたことであった。
後になって分かったことだが、海を挟んだ隣国の海洋研究所が同じ嵐の犠牲になって、その設備一切を海に流してしまったということである。ヘリウムガスのボンベもそこから流れきたものだろうと思われた。
記者会見の場で過酷な漂流と、無人島生活にやつれきった男たちが現れた。しかし彼らの目は、生きて再び故郷の土を踏んだことの喜びにあふれていたし、困難な状況を克服した達成感に輝いて見えた。
ただ、残念ながら、最初は三名だったクルーは二人に減っていた。
「手放しで喜ぶわけにもいきません」
報道のひとりがそのことに触れると、二人の冒険家は悲痛な顔になった。
「我々は一人の犠牲者を出してしまいました」
彼らを取り囲むマスコミはそれ以上の質問をためらった。ひとりが話題を変えようと別の質問をした。
「気球を作って無人島を脱出するとはすばらしいアイデアでしたね。見たところ、すべて手作りということで、綱やゴンドラの材料はわかりましたが…」
その時である。
同じ会見場に展示されてあった、帰還に使用した気球に近づくひとりの男がいた。その行為は気球を一目見ようという好奇心から出たことだったが、実際近づいてみると、彼には別の疑問が沸きおこってきたのである。
気球の表面に産毛のようなものがある。
運の悪いことに、さらによく見ようとした男のくわえ煙草が、気球に触れて穴を開けてしまった。
一瞬にして、気球は大音響とともに爆裂した。天から霧雨のようなものが、その場にいた全員の頭上に降り注いだ。
なんとその雨は、彼らを見る見る赤く染め上げていったのである
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