惑星からの脱出
オメガ星探索隊の基地ドームの生命維持室が、突然、天にも届くほどの火柱を上げて爆発した。
原因はわからないが、あと一時間もすればドーム内の酸素が切れ、重力も制御できなくなる。もっともその前にドーム全体が炎に包まれてしまっていることだろう。類焼の火の手を止めることは到底できないように見えた。
さらに、地球との往復用ロケットバスの格納庫があっという間に炎上してしまった。地球からの救援が到着するには少なくとも四時間はかかる。ロケットバスをすべて失なってしまっては、ここから逃げ出す手だてがまったくない。もはや探索隊の全滅は避けられない状況であった。
だが、幸運なことに、ミニロケットが一台だけドームの外に停留してあった。わずか三人乗りのロケットで、地球まで帰ることはできないが、中間地点の宇宙ステーションまでは十分たどり着くことができる。
数人の男性隊員たちと、一人の女性隊員が、コントロールルームの一箇所に集まった。この探索隊の総勢である。
リーダーが重い口を開いた。
「皆も知っているように外に三人乗りのミニロケットがある。はっきり言うが、この中の三人は助かることができても、全員ではないということを、まず認識して欲しい」
それぞれが陰鬱な顔をしてうなずいた。
「しかし、このような不慮の事故で我々がこの星で得てきた貴重な研究資料やサンプル、学術文献などをすべて失ってしまうことは非常に残念である」
その思いはすべての隊員に共通していた。ここでそれらを失ってしまったら、人類のオメガ星開拓史は明らかに百年は遅れてしまうことだろう。すでに環境破壊によって疲弊しきった地球にとって、そのような悠長な時間が許されるとは考えられない。
「そこで提案がある」とリーダーが絞り出すような声で続けた。「皆の中から三人の生き残りを選ぶことは私には到底できない。ならば、ここの全員が、宇宙史上の英雄になるという選択肢はどうだろうか。人類の未来のために、私たちがこの星で得た研究の成果を、少しでも多く地球に送ってやろうと思うのだが」
それを聞いて否と答える隊員は一人もいなかった。自分の任務に誇りと責任を持った優秀な隊員たちである。リーダーは、決意に満ちたその顔を一人づつ確認して、満足そうに話を続けた。
「三人乗りのロケットには、250キロという重量制限がある。さらに、これに予備重量の30キロを加えて、280キロになる。これは、この星の重力と大気を振り払って宇宙へ飛び出すためにコンピューターが計算したぎりぎりの数字だ」
「では、満杯280キロ分の資料やサンプルを積み込めるというわけですね」
「いや、我々は英雄であるが、紳士でもありたい。皆の許しが得られるなら、彼女だけにはこのロケットに乗ってもらおうと思っている」
男たちは口々に賛成と叫んだ。唯一の女性隊員は、感動のために涙を我慢することができなかった。
「あなたたちの事は一生忘れません。あなたたちの勇気は人類の宇宙史の中で、永久に語り継がれることでしょう」
「ありがとう。事は急を要する。しかも正確を期さなければならない。すぐに体重を計って報告してくれたまえ。それから、帰還の準備だ。口紅ぐらいはポケットに入れていってもいいだろう」
リーダーの品のいい冗談に皆の顔が一様に和んだ。これから時間との闘いになる。さっそく女性隊員が別室で体重を計ってきてリーダーに報告した。
「今、彼女の体重が45キロと判明した。幸いなことに実にスマートな女性である。よって、積みこみに許される重量は、5キロの余裕を残して、230キロという事になる。重量分担の内訳をそれぞれが確認したら、皆、作業の開始だ。さあ、行きたまえ。一刻も速く我らの女神を地球に送り返すんだ」
全員が一斉にそれぞれの研究室に走った。
女性隊員を含めて、正確に計算された荷物がロケットに運び込まれた。
「愁嘆場を演じる時間はない。すぐに発射だ」
「わかりました」
全隊員が見守る中、彼らのすべてを託した小さなロケットが力強い噴煙を残して大空に飛び出した。宇宙に向かって赤い航跡を残しながら、キリのようにぐんぐん登って行く。
ところが、突然、コントロールルームに警音が鳴り響き、エラーランプが点滅を始めた。
「どうしたんだ!」
室内は騒然となった。
「おかしい。ロケットの重量オーバーです」
「そんなバカな。何度も計りなおして慎重を期したはずだぞ」
「しかし、エラーチェックではそうなっているのです」
「リーダー!」
その時、一人の隊員が慌てふためいてコントロールルームに飛びこんできた。
「彼女の測量記録を見てみたんですが、体重は58キロになっています」
「なんだって!どう言う事だ。13キロもオーバーじゃないか」
その間にロケットは見る見るうちに失速し、力尽きて、勝手な方向に落ちていってしまった。
「なんてことだ。なんで、こんな時に体重のサバを読むんだ」
結局、女心の不思議は、男たちには永久に分からないという事であろう。
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