清算

「先生、何かお悩みでも……」

 衆議院議員、権田原健三は苦虫を噛み潰したような顔で、小指を一本立てた。

「これが簡単に別れてくれないんだ。マスコミがわしのスキャンダルを探して一日中張り付いていると言うのに、困ったものだ」

「愛人ですか? 確かに、この時点で先生の女性問題は命取りですね」

「法案の成立まであと少しだ。わしは、この大仕事を引退の花道にしてもいいと考えてもいる」

「何をおっしゃいますか、先生には、これから少なくとも十年は、国政を引っ張っていってもらわなければいけません。あなたは総理大臣になれる人だ」

「そう思うかね」

「もちろんです、ご安心ください。この問題は私が綺麗に解決して見せます」

「しかし、金だけで清算できる問題じゃない」

「裏稼業の人間に任せるとしましょう。人間、金や名誉よりも、命が一番大切ですから」

「こ、殺すのか……」

 権田原は動揺した。が、秘書は不敵な笑顔を見せた。

「いえ、少し脅かすだけですよ、長ドスのマサといって、その世界では有名な脅し屋がいます。数え切れないほどの刃傷沙汰を起こして、ドスを扱わせたら右に出るものがいないと言うほどの男なんですがね。一度、逢ってもらえませんか。裏で片付けなければならない仕事にはうってつけの奴ですよ」

 数日後、秘書が用意したマンションの一室で、権田原は長ドスのマサと対面した。

 なるほど、闇の仕事に精通した男らしく、その狂相は、悪徳政治家でさえ怖気づくほどの迫力である。

「権田原先生ですね」

「いかにも」

「ご依頼の仕事は何でしょう?」

 権田原は小指を立てて見せた。

「これだ。すぱっと手を切りたい……」


 ――と、いい終わる間もなく、自らのドスさばきに陶酔するように瞼を閉じたマサの蒼白の顔面に、権田原の返り血が彩りを加えた。

 一瞬のうちに、権田原の小指が根元を離れたのである。 

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